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幕間Ⅰ 姉妹の物語
ACT65
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撮影も残すは一日。今日でクランクアップを迎える。
キャスト・スタッフにとって最高の一日なるはずだった。
なのになぜか私は監督とプロデューサーから呼び出しを喰らっていた。
後ついでに共演者の太刀川君も一緒に。
太刀川君が言うには台本が流出したらしい。
その台本が私と太刀川君の物だったということのようだ。心当たりがないわけでもない。
以前、広報の人に台本の訂正があるとかなんとか言われて台本を渡したことがあった。広報の人が台本訂正の件で動くことは無いと頭を過りはしたのだが深く考えることなく台本を渡してしまった。10分もしないうちに台本は手元に戻ってきたから問題ないと思っていたのだけれど。問題があったらしい。
どうも私は面倒事が苦手だ。
それが露骨に表情に出てしまう。今回で言えば、めんどくさい。
何かプロデューサーがすごい剣幕でいろいろと捲し立てているが、私は適当に「はいはい」と相槌を打っていた。
何故か黙り込んで俯いていただけの太刀川君が先に解放され、私は未だに解放されていない。何故だ!?
そろそろ立っていることにも疲れた。
重心を右足から左足へと移す。
両足に均等に体重をかけていたら疲れるから。至極正当な理由だと思うのだけれどプロデューサーは「フラフラするな」と激昂。
意味が解らない。
軍人でもあるまいし終始直立不動でいられるはずないじゃない。
文句を言っている自分だってここ数十秒の間に頬杖をつく腕を2回も入れ替えているではないか。
だったら自分も今右腕でついている頬杖を崩すなよ。
そう心の中で愚痴った瞬間、また組み替えやがった。
やってられねぇ。
きっと露骨に嫌な顔をしているのだろう。プロデューサーの額には青筋が浮かぶ。
王子監督は苦笑いを浮かべている。
コンコン――
小さなノックと共に部屋の中に誰かが入ってくる。
「何しに来たの?」
私は張り詰めた空気を破った来訪者に尋ねた。
来訪者は微笑みを浮かべ、言った。
「その辺にしておきませんかプロデューサー」
浮かべた笑みに対して彼女の瞳は決して笑っていなかった。
「なんだ! 君は!!」と感情が高ぶったままのプロデューサーは指をさす。
「ほんとに失礼な人が多いわね、この国は」
開いた口がふさがらないとでも言いたいのだろうか、あんぐりと開けられた口から盛大な溜息が零れる――零している。
わなわなと体が震えだすプロデューサー。隣に座る王子監督も心境穏やかではないだろう。
「何があったのか存じ上げませんが、今回の件、許してただけませんでしょうか?」
「ふざけるな!!」
プロデューサーからその言葉が出るよりも早く、
「わかった」と一言。王子晴信がプロデューサーの言葉を遮った。
承服しかねるといった様子のプロデューサーに一言。
「俺がいいと言ってる」
渋々引き下がった形のプロデューサーの顔は晴れない。
タダという訳にはいかないと王子監督。
「見返りがいると?」
問いには無言を返す。
その無言こそが肯定を意味していた。
この場合の見返りとはプロデューサー(制作会社等)に対してのものだ。
「わかりました。私の名前を使っていただいて結構です」
そう口にしたのは無名の新人女優でもハリウッド女優でもない、ただの私の妹だった。
王子監督の耳打ちにみるみる顔色を変え、歓喜の笑みを浮かべ妹に握手を求める。
現金な男である。
こうして私は解放されたわけだが、助けてもらった手前強くものを言えなくなってしまった。
「ほんとお姉ちゃんはバカだよね」
「はぁ!?」
この減らず口がッ! と喧嘩に発展したのは言うまでもない。
妹の減らず口が優しさだと言う事は判っている。だからその優しさに甘えて喧嘩をしておくことにした。
♢ ♢ ♢
私の妹は優しい。優しすぎる。
私が昔に言った一言が妹を縛り付けてしまったことは知っている。
なんと言ったのか記憶は定かではない。その時、妹がわんわん泣きじゃくっていたのを覚えている。
だから私もそんな妹の為に手段を選ばなくなった。
結衣と仲が悪いのもそのことが理由だった。
12年前のCM撮影初日。私はお菓子が嫌いと駄々をこねた。その本当の理由が結衣が嫌いだと言う事が判るように。
この時は結衣との演技ができないと判れば代役を立てるしかなくなり、妹がその代役に選ばれると思っていた。
結果としてその策は失敗に終わった訳だけど、その時の――つまりはお互いの第一印象(最悪)のまま12年が経過した結果、今のお世辞にも仲がいいとは言えない関係が出来上がった。
まあ、今更この関係性を変えようとは思ってないけどね。
だから今回の映画がクランクアップしても私と結衣の関係は変わらない。
その証拠に、私は打ち上げに結衣が出席することを理由に参加を辞退した。
キャスト・スタッフにとって最高の一日なるはずだった。
なのになぜか私は監督とプロデューサーから呼び出しを喰らっていた。
後ついでに共演者の太刀川君も一緒に。
太刀川君が言うには台本が流出したらしい。
その台本が私と太刀川君の物だったということのようだ。心当たりがないわけでもない。
以前、広報の人に台本の訂正があるとかなんとか言われて台本を渡したことがあった。広報の人が台本訂正の件で動くことは無いと頭を過りはしたのだが深く考えることなく台本を渡してしまった。10分もしないうちに台本は手元に戻ってきたから問題ないと思っていたのだけれど。問題があったらしい。
どうも私は面倒事が苦手だ。
それが露骨に表情に出てしまう。今回で言えば、めんどくさい。
何かプロデューサーがすごい剣幕でいろいろと捲し立てているが、私は適当に「はいはい」と相槌を打っていた。
何故か黙り込んで俯いていただけの太刀川君が先に解放され、私は未だに解放されていない。何故だ!?
そろそろ立っていることにも疲れた。
重心を右足から左足へと移す。
両足に均等に体重をかけていたら疲れるから。至極正当な理由だと思うのだけれどプロデューサーは「フラフラするな」と激昂。
意味が解らない。
軍人でもあるまいし終始直立不動でいられるはずないじゃない。
文句を言っている自分だってここ数十秒の間に頬杖をつく腕を2回も入れ替えているではないか。
だったら自分も今右腕でついている頬杖を崩すなよ。
そう心の中で愚痴った瞬間、また組み替えやがった。
やってられねぇ。
きっと露骨に嫌な顔をしているのだろう。プロデューサーの額には青筋が浮かぶ。
王子監督は苦笑いを浮かべている。
コンコン――
小さなノックと共に部屋の中に誰かが入ってくる。
「何しに来たの?」
私は張り詰めた空気を破った来訪者に尋ねた。
来訪者は微笑みを浮かべ、言った。
「その辺にしておきませんかプロデューサー」
浮かべた笑みに対して彼女の瞳は決して笑っていなかった。
「なんだ! 君は!!」と感情が高ぶったままのプロデューサーは指をさす。
「ほんとに失礼な人が多いわね、この国は」
開いた口がふさがらないとでも言いたいのだろうか、あんぐりと開けられた口から盛大な溜息が零れる――零している。
わなわなと体が震えだすプロデューサー。隣に座る王子監督も心境穏やかではないだろう。
「何があったのか存じ上げませんが、今回の件、許してただけませんでしょうか?」
「ふざけるな!!」
プロデューサーからその言葉が出るよりも早く、
「わかった」と一言。王子晴信がプロデューサーの言葉を遮った。
承服しかねるといった様子のプロデューサーに一言。
「俺がいいと言ってる」
渋々引き下がった形のプロデューサーの顔は晴れない。
タダという訳にはいかないと王子監督。
「見返りがいると?」
問いには無言を返す。
その無言こそが肯定を意味していた。
この場合の見返りとはプロデューサー(制作会社等)に対してのものだ。
「わかりました。私の名前を使っていただいて結構です」
そう口にしたのは無名の新人女優でもハリウッド女優でもない、ただの私の妹だった。
王子監督の耳打ちにみるみる顔色を変え、歓喜の笑みを浮かべ妹に握手を求める。
現金な男である。
こうして私は解放されたわけだが、助けてもらった手前強くものを言えなくなってしまった。
「ほんとお姉ちゃんはバカだよね」
「はぁ!?」
この減らず口がッ! と喧嘩に発展したのは言うまでもない。
妹の減らず口が優しさだと言う事は判っている。だからその優しさに甘えて喧嘩をしておくことにした。
♢ ♢ ♢
私の妹は優しい。優しすぎる。
私が昔に言った一言が妹を縛り付けてしまったことは知っている。
なんと言ったのか記憶は定かではない。その時、妹がわんわん泣きじゃくっていたのを覚えている。
だから私もそんな妹の為に手段を選ばなくなった。
結衣と仲が悪いのもそのことが理由だった。
12年前のCM撮影初日。私はお菓子が嫌いと駄々をこねた。その本当の理由が結衣が嫌いだと言う事が判るように。
この時は結衣との演技ができないと判れば代役を立てるしかなくなり、妹がその代役に選ばれると思っていた。
結果としてその策は失敗に終わった訳だけど、その時の――つまりはお互いの第一印象(最悪)のまま12年が経過した結果、今のお世辞にも仲がいいとは言えない関係が出来上がった。
まあ、今更この関係性を変えようとは思ってないけどね。
だから今回の映画がクランクアップしても私と結衣の関係は変わらない。
その証拠に、私は打ち上げに結衣が出席することを理由に参加を辞退した。
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