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6│返事
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「……俺は」
自分の唇が震える。たとえ嘘でも、思わせぶりな態度をするよりも、相手が俺の事を諦めるように、はっきり言ってやる。
「俺は、お前のことが嫌いだ」
チェシアは一瞬目を見開いた。そして、ふわりと笑みを浮かべる。
「──そっか。うん、そうだね。僕も、多分殿下のことが好きじゃない」
チェシアは俯いて、小さな声で囁く。
「僕、殿下のこと、好きになりたくない」
「──ああ、その通りだ」
俺たちの間に沈黙が落ちた。チェシアは俺の方を見ることはなく、部屋から出て行った。
俺はチェシアが出て行くまでずっと彼を見つめ続けた。彼の背中は少し寂しげだった。
「殿下、よろしかったのですか?」
チェシアが出ていった後、俺とゼロは並んで廊下を歩いていた。心なしかゼロの声は少し嬉しそうに弾んでいた。
「なんだ、聞こえていたのか」
「ええ」
「まあ、仕方がないだろ。お前が気にすることではない」
ゼロの横顔を見ると、ゼロは相も変わらず無表情だがどこか誇らしそうな雰囲気を感じた。「あいつには、俺よりも良い相手が見つかるさ」
俺は小さく呟き、窓の外を見た。チェシアは今頃何をしているのだろうか。
それから数週間後、チェシアの姿を見ることはなくなった。
──そう、チェシアは俺の前に姿を現すことは無くなった。
◇
コンコンコン、と軽快なノックが静かな公爵家内に響く。
「入れ」
扉の向こうから冷たく、それでいて鈴の音のような綺麗な声がした。
「失礼します」
僕は一礼して部屋の中へと足を踏み入れる。
「父上──、ペンドラ公爵様」
ペンドラ公爵は僕の父だが、僕のことを息子だと認めていないようで僕には敬称をつけさせる。
ペンドラ公爵は公爵しか座れない椅子に腰掛け、書類にサインをしていた。
「何か用か?」
「はい。誕生日の欲しいものが出来ました」
「ほう……何だ?」
「第三皇子殿下です。彼を生きたまま僕にくれれば、僕は公爵家の後継者として相応しいように過ごしてみせます」
ペンドラ公爵の眉間のシワが深くなる。僕は余裕綽々と微笑んでみせる。公爵は自信がある人が好きな傾向があるから、そうすればきっと願いを叶えてくれる。
「見た目を楽しむなら薬漬けにすることも可能だが、あの皇子は、きっと他の玩具よりも脆いぞ?」
「いえ、殿下はそのようなことしなくても大丈夫ですよ。だって、薬に頼らなくとも、きっとついてきてくれるはず」
「──お前は相変わらずだ。この公爵家に合いすぎている」
ペンドラ公爵はため息をついた。
「いいだろう。あれはお前のものだ。好きにするといい。お前が次期当主になるなら私も安心できる」
「ありがとうございます」
僕は口角を上げた。
これで僕の計画は成就する。殿下を手に入れられる。僕のものに出来る。
僕の手の中で殿下がどのような反応をするのか、考えただけでぞくぞくする。
僕は自室に戻りながらこれからのことを考え始めた。
公爵は小さくはにかむと、認めるように優しく僕の頭を撫でくれた。だから、僕は──。
◆
噂によると、チェシアは突然学校を退学し魔道士を育てる専門学校に通うことになったらしい。まぁ、俺と顔を合わせるのもきっと気まずいし、そういうこともあるのだろう。
あんなことから数ヶ月たった今は、後期試験も終わり、俺たち一年生も二年生として進級する時期になってきた。学校には学科が大きくわけて三つあり、魔法科、剣術科、普通科。この学校では魔法科・剣術科のどちらかに所属している生徒は普通科に新学年前まで移っても良いことになっているのだが、俺は特に興味がないためそのまま剣術科の二年に進級する。
ちなみに、ゼロは剣術科のエースであり生徒会にも所属しているため、必然的に俺と会う機会が多くなる。俺の目の前で優雅に紅茶を飲んでいるのは、我が尊敬する兄の皇太子殿下である。
「ユディル、お前もそろそろ婚約者を決めるべきだ」
「……」
「おい、お前は本当に私の話を聞いていないんだな」
「聞いていますよ。兄上の話はいつもありがたく拝聴しています」
「その割に、最近お前はボーッとしていることが多い」
「そんなことはありません」
俺がそう言うと、皇太子専属侍女のルーナは俺のことをジト目で見つめてくる。
「それはひとまず置いておいて、ペンドラ公爵家が怪しい動きを見せている、心当たりはないか?」
「ないですね」
「そうか。もし何かあればすぐに言え」
「分かりました」
俺は素直にうなずいた。
どうやらチェシアが消えたことが関係しているのかもしれないが俺はそれについて調べるつもりはない。
「そうだ、お前宛の手紙を預かっている」
「俺に手紙ですか?」
俺は首を傾げた。誰だろうか。俺は交友関係が狭いので友人も少ない。
(まさか、チェシアから……? いや、ありえないな)
俺は封筒を受け取り、その場で封を切った。
『親愛なるユディル殿下へ』
そこには流麗な文字が並んでいた。
俺は嫌な予感を覚えつつ、手紙の内容を読み進める。
『僕はユディル様のためにティーパーティーを用意した。ぜひ、来て。僕と父上でユディル様の事を待っているから。君の恋人になりたいチェシアより』
「……」
俺は頭を抱えたくなった。チェシアはこんな堂々と俺を誘うはずがない。きっと、チェシアを振ったことでペンドラ公爵家の怒りを買ってしまったに違いない。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでも?」
俺は笑顔を貼り付けた。この兄は昔から何を考えているかよく分からない人だった。そして、この全てを見通しているという瞳も気に食わなかった。
「…ふっ、…俺はそろそろ帰る。見送りは要らん」
皇太子は俺の今の顔を鼻で笑うと、颯爽と帰って行った。
俺は手紙を握りつぶしそうになったがぐっと我慢をして鞄の中に仕舞った。
自分の唇が震える。たとえ嘘でも、思わせぶりな態度をするよりも、相手が俺の事を諦めるように、はっきり言ってやる。
「俺は、お前のことが嫌いだ」
チェシアは一瞬目を見開いた。そして、ふわりと笑みを浮かべる。
「──そっか。うん、そうだね。僕も、多分殿下のことが好きじゃない」
チェシアは俯いて、小さな声で囁く。
「僕、殿下のこと、好きになりたくない」
「──ああ、その通りだ」
俺たちの間に沈黙が落ちた。チェシアは俺の方を見ることはなく、部屋から出て行った。
俺はチェシアが出て行くまでずっと彼を見つめ続けた。彼の背中は少し寂しげだった。
「殿下、よろしかったのですか?」
チェシアが出ていった後、俺とゼロは並んで廊下を歩いていた。心なしかゼロの声は少し嬉しそうに弾んでいた。
「なんだ、聞こえていたのか」
「ええ」
「まあ、仕方がないだろ。お前が気にすることではない」
ゼロの横顔を見ると、ゼロは相も変わらず無表情だがどこか誇らしそうな雰囲気を感じた。「あいつには、俺よりも良い相手が見つかるさ」
俺は小さく呟き、窓の外を見た。チェシアは今頃何をしているのだろうか。
それから数週間後、チェシアの姿を見ることはなくなった。
──そう、チェシアは俺の前に姿を現すことは無くなった。
◇
コンコンコン、と軽快なノックが静かな公爵家内に響く。
「入れ」
扉の向こうから冷たく、それでいて鈴の音のような綺麗な声がした。
「失礼します」
僕は一礼して部屋の中へと足を踏み入れる。
「父上──、ペンドラ公爵様」
ペンドラ公爵は僕の父だが、僕のことを息子だと認めていないようで僕には敬称をつけさせる。
ペンドラ公爵は公爵しか座れない椅子に腰掛け、書類にサインをしていた。
「何か用か?」
「はい。誕生日の欲しいものが出来ました」
「ほう……何だ?」
「第三皇子殿下です。彼を生きたまま僕にくれれば、僕は公爵家の後継者として相応しいように過ごしてみせます」
ペンドラ公爵の眉間のシワが深くなる。僕は余裕綽々と微笑んでみせる。公爵は自信がある人が好きな傾向があるから、そうすればきっと願いを叶えてくれる。
「見た目を楽しむなら薬漬けにすることも可能だが、あの皇子は、きっと他の玩具よりも脆いぞ?」
「いえ、殿下はそのようなことしなくても大丈夫ですよ。だって、薬に頼らなくとも、きっとついてきてくれるはず」
「──お前は相変わらずだ。この公爵家に合いすぎている」
ペンドラ公爵はため息をついた。
「いいだろう。あれはお前のものだ。好きにするといい。お前が次期当主になるなら私も安心できる」
「ありがとうございます」
僕は口角を上げた。
これで僕の計画は成就する。殿下を手に入れられる。僕のものに出来る。
僕の手の中で殿下がどのような反応をするのか、考えただけでぞくぞくする。
僕は自室に戻りながらこれからのことを考え始めた。
公爵は小さくはにかむと、認めるように優しく僕の頭を撫でくれた。だから、僕は──。
◆
噂によると、チェシアは突然学校を退学し魔道士を育てる専門学校に通うことになったらしい。まぁ、俺と顔を合わせるのもきっと気まずいし、そういうこともあるのだろう。
あんなことから数ヶ月たった今は、後期試験も終わり、俺たち一年生も二年生として進級する時期になってきた。学校には学科が大きくわけて三つあり、魔法科、剣術科、普通科。この学校では魔法科・剣術科のどちらかに所属している生徒は普通科に新学年前まで移っても良いことになっているのだが、俺は特に興味がないためそのまま剣術科の二年に進級する。
ちなみに、ゼロは剣術科のエースであり生徒会にも所属しているため、必然的に俺と会う機会が多くなる。俺の目の前で優雅に紅茶を飲んでいるのは、我が尊敬する兄の皇太子殿下である。
「ユディル、お前もそろそろ婚約者を決めるべきだ」
「……」
「おい、お前は本当に私の話を聞いていないんだな」
「聞いていますよ。兄上の話はいつもありがたく拝聴しています」
「その割に、最近お前はボーッとしていることが多い」
「そんなことはありません」
俺がそう言うと、皇太子専属侍女のルーナは俺のことをジト目で見つめてくる。
「それはひとまず置いておいて、ペンドラ公爵家が怪しい動きを見せている、心当たりはないか?」
「ないですね」
「そうか。もし何かあればすぐに言え」
「分かりました」
俺は素直にうなずいた。
どうやらチェシアが消えたことが関係しているのかもしれないが俺はそれについて調べるつもりはない。
「そうだ、お前宛の手紙を預かっている」
「俺に手紙ですか?」
俺は首を傾げた。誰だろうか。俺は交友関係が狭いので友人も少ない。
(まさか、チェシアから……? いや、ありえないな)
俺は封筒を受け取り、その場で封を切った。
『親愛なるユディル殿下へ』
そこには流麗な文字が並んでいた。
俺は嫌な予感を覚えつつ、手紙の内容を読み進める。
『僕はユディル様のためにティーパーティーを用意した。ぜひ、来て。僕と父上でユディル様の事を待っているから。君の恋人になりたいチェシアより』
「……」
俺は頭を抱えたくなった。チェシアはこんな堂々と俺を誘うはずがない。きっと、チェシアを振ったことでペンドラ公爵家の怒りを買ってしまったに違いない。
「どうかしたのか?」
「いえ、なんでも?」
俺は笑顔を貼り付けた。この兄は昔から何を考えているかよく分からない人だった。そして、この全てを見通しているという瞳も気に食わなかった。
「…ふっ、…俺はそろそろ帰る。見送りは要らん」
皇太子は俺の今の顔を鼻で笑うと、颯爽と帰って行った。
俺は手紙を握りつぶしそうになったがぐっと我慢をして鞄の中に仕舞った。
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