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XXXIII 北海道戦線

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 北海道、旭川市の一角。
 季節は夏後半に差し掛かるあたりなはずだが、旭川市は…いや、美しく白い雪に包み込まれていた。
「………。」
 ビルの立ち並ぶ街中で、一匹の生き物が歩みを進めていた。その生き物は全身の毛が白く、二足歩行で歩くオオカミだった。指は人間のように5本あり、人型に近い形をしている。しかし牙や爪の鋭さはまさしくオオカミのそれであり、何かを考えながら唸り声を漏らして雪を踏み締めていた。
「ヴォォ……。」
 怪物は道の真ん中に落ちているものを見て立ち止まる。それは自身と同じ白い毛に身を包んでいたが、首の傷から赤い血液を大量に流していた。
「アァァァ……ッ。」
 怪物は死体に近づいて匂いを嗅ぐ。死体は消滅しかけてはいるが、まだ新しいものだった。怪物は毛皮の一部を裂いて、肉を切り取って匂いを嗅ぎ始める。
「…。」
 死体に対する警戒を解いたのか、怪物はその死体を喰らい始めた。
「グ……?」
 死体を食べている最中に死体を仰向けにしようと死体を動かした怪物は、腹部に謎の亀裂が入っていることに気づいた。
「ッ!!」
 その瞬間、傷口から。その腕に握られたナイフが怪物の頬をかすめ、怪物は後ろに大きく飛び退いた。
「……やっぱ見えなきゃ当たんないか。」
 死体の中から現れたのは、下着姿の少女だった。身長は150cmほどで、全身が血で赤く染まっていた。
「ゴルルルルルルッ!!」
 怪物は少女に対し唸り声を上げる。少女は顔の血だけを拭き取りナイフを構える。
「来なよ。仲間の仇討ちなんて考えるような脳みそないだろうけど…血に濡れた僕を見て、食欲沸いてんだろ?」
「ガァァァァァァァァァッ!!」
 怪物は雄叫びを上げながら少女に飛び掛かる。しかし少女はギリギリで爪の攻撃を避け、その腕にもナイフで傷をつけた。
「ガァァァ…ッ!」
 怪物はさらに憎しみを込めた目で少女を睨みつける。
「…か。結構タフなタイプかな?」
 怪物は空に向けて大きな雄叫びをあげ、少女に向けて飛びかかった。そのままの勢いで少女の腹部に爪を立て、臓物を引き摺り出す。
「ァァァァァァァァァァァァッ!!」
 怪物は雄叫びを上げ少女の肉を貪り始めた。


「……。」
 少女は建物の中に置いていたコートを羽織り荷物を背負う。先ほどの怪物は少女に飛び掛かろうとしていた位置から動かず、それどころかその場で倒れて眠っていた。何かを咀嚼しているかのように口をもごもごとさせ、唾液を垂らしていた。
「僕のこと食ってる夢でも見てんのか、コイツ?まあいいか…さっきの雄叫びで他の奴らが寄ってきても困るし、さっさと殺すか。」
 少女は先ほども使用していたナイフを構え、怪物の首に突き刺した。頸動脈をナイフで引き裂き、怪物は眠ったまま絶命した。
「よし…これでこの辺の安全は確保っと…。」
 そこまで行って少女は体を震わせた。コートを着ているにしても、その下は血で濡れていたし、何より下着姿のままだ。死体に隠れている間は死体の温度でどうにか寒さを凌げていたが、死体から出た以上血は冷えていく一方である。
「今日はもう拠点に帰るか…。」
 少女は先ほどの熊のような怪物が消滅するのを目で確認すると、その場を立ち去った。

 北海道。そこは、白い獣の偽神フェイカーによって支配された巨大な孤島である。


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「わあ、なんだか今日は朝からみんな忙しそうだね…。」
 前回の[薔薇の芽神同盟]の襲撃から約1ヶ月が過ぎていた。空は定期的に財閥のメンバーと本格的な特訓を行い、千変万化による武器の使用などについても段々と上達を見せていた。もうすぐ暖かい季節も終わるという中で、財閥の中は騒がしさを増していた。
「前々から計画されてた討伐作戦がもうすぐ始まるんだよ。」
 周りを見渡す空に、紙パックのジュース片手に凛泉が後ろから声をかける。
「あ、凛泉ちゃんおはよう!…それ何?」
「変な味のジュースよく出してる会社の『卵かけご飯味』。飲む?不味いよ。」
「い、いらない…それより、討伐作戦って?」
 凛泉は空の向かいの座席に座る。
「3年前の2023年、北海道に現れた偽神がいた。まだ魔人やらの襲撃対策が行き届いてなかったってのもあるにはあるけど、何よりその強さに財閥もその段階での討伐を断念、避難を最優先とした。その偽神は魔法で北海道に雪を降らせて支配域とした。その白い獣のような偽神…[レタラ・ウェンカムイ]の討伐作戦ってわけ。」
 凛泉は飲んでいたジュースをテーブルに置いて椅子に座る。
「ちょうど空ちゃんが来る一~二週間前くらい?にはもう計画が始まっててね。現状の他の偽神の出現状態とかを見ても、今なら結構できると判断されたみたーい。」
「北海道の偽神の討伐作戦……。」
「ああ、今回はこれまで以上に多くの戦力魔法使いを導入する大規模な作戦だ。」
 久々に聞く声に空は嬉しそうに後ろに振り向く。
「碧射さん!」
「んだぁ碧射、生きてたのか?」
「人を勝手に殺すな。」
 閉鎖区域No.03の調査を行っていた碧射が帰還していた。空は嬉しそうに微笑む。
「お久しぶりです碧射さん!ジュラちゃんと戦ったカラスさんは見つかったんですか?」
「ああ。どうにか見つけることはできたんだが、あの野郎俺に興味すら示さねぇで…いや、むしろあれは俺らを煽ってるようにかな。そこら中飛び回っててな…取り逃しちまった。ジュラの治療は終わったんだが今はまだ安静にしてもらってる。それにこの作戦は前々から参加することも決まってたからな、急に抜けるわけにもいかなかった。」
「そ、そうですか…でも、碧射さんもジュラちゃんも無事なのが一番です!」
「そーのまんまアンタだけくたばってたら面白かったのにねー。」
 凛泉の悪態に碧射は呆れたような表情を見せる。
「凛泉は変わらずだな、安心感は…ないが。そっちの話はいくつか聞いてる。すまんな、同盟の連中が現れたってのに手ェ貸せなくて。」
「そんなこと…気にしないでください!私だってなにもできませんでしたし…。そういえば、杏奈さんは?」
 空は杏奈を探して周りを見渡す。
「杏奈も今回の作戦には参加するらしくてな、後から合流だ。元々閉鎖区域にいたのもこの作戦までの肩慣らしのためだったらしい。」
「ほーん、ある意味あの子らしいねー。」
 そのまま3人が話していると、財閥内にアナウンスが流れ始めた。それはシエルの声だった。
 〔財閥内にて滞在中の魔法使いの皆様は司令室から通達を行います、地下訓練室にお集まりください。〕
「あ、シエルちゃんの声…。」
 (よーし娘よ!さっさとそのナントカとかいう神を倒しに向かうぞ!)
「まずは説明を聞いてからだよ~センちゃん…。」
「ちょっと待って……。」
 凛泉が何やら真剣な表情を浮かべる。
「凛泉?」
「どうかしたの、凛泉ちゃん?」
「………これ飲み切らなきゃダメ?」
 凛泉はテーブルに置いたままのジュースを指差した。
「はよ飲め。」

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 司令棟1階、最も広い玄関ホールにて、多くの魔法少女、魔法戦士たちが集まっていた。空が顔も名前も知らぬ者たちが数人いて、空は身を縮こませていた。そんな中、ホールの正面に設置されたモニターが起動され、見覚えのある人物が映し出された。
『みんな、よく集まってくれた。改めて挨拶するね、僕がイザード財閥の現代表、「アデルバート・ルーズヴェルト」だ。』
「…あれ、あの人……あの時の……!」
 (関係者とは思っていたがまさか代表だったとは…というか娘も娘で調べようと思わなかったのか?)
「……機械ってよくわかんなくて…。」
 空は小さな声でそう呟いた。
『…3年前から北海道を支配する偽神[レタラ・ウェンカムイ]。我々はできる限りの最善を尽くし、奴等を北海道という大規模な土地に留めているが…このまま国の一部をあの怪物たちに明け渡しているわけにはいかない。君たちが何より危険な目にあっているのは理解している…後ろで指示を出すだけの僕が信用ならないというものもいるだろう。』
「よく分かってんじゃん。えらそうなヒゲヅごはっ!」
 凛泉のその呟きに、隣にいた志真が脇腹をどついて黙らせた。
『以前より計画していた、北海道上川郡かみかわぐん東川町ひがしかわちょう旭岳あさひだけに住むF-17…レタラの討伐作戦を本日より開始する。』
 空はその言葉を聞き、息を呑む。
「F、17……。」
 モニターに映し出されたその姿は、美しさすら感じる白い毛並みをしていた。しかし、その目と笑う口から見える牙からは、恐怖のみがひしひしと伝わってきた。

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「……。」
 一人の男性がテレビのニュースを見つめる。テレビでは、先ほどイザード財閥が北海道奪還のための作戦を開始したことを報道していた。ヘリや船が北海道へ向けて進行する姿を、彼はじっと見つめていた。
「…やはりおかしい、。」
 男性は手に持っていた完全栄養食と記載されたゼリー飲料を一気に飲み干した。そのままゴミを捨て、家の一室の扉を軽く叩く。
「………。」
 再び叩いても反応がなかったため、ため息をついて扉を開く。
「…壊子かこさん。」
「…ん?ああ、流河るかさん呼んどったん?ごめん。」
 そこには、武器の手入れをする壊子の姿があった。
「ここ数ヶ月、弱い魔人の始末ばかり依頼していましたが…我々も向かいますよ、北海道へ。」
 その発言に壊子は首を傾げる。
「…は?」
「現段階での北海道奪還作戦、何か違和感がある。おそらく彼女が……空さんが財閥に接触したから…もしくは彼女がはわかりませんが、何か異質なものを感じました。」
「…それを確かめるために、北海道に行くって?」
「えぇ。」
 流河は扉を閉め、タブレットを取り出して何か操作を始める。
「せやかて、どないな方法で行くんや?ここ東北やけど出入りする方法が制限されてる北海道になんて…。」
 そこまで話したところで、壊子は流河を睨みつける。
「聞いとります?」
「えぇ。その辺は抜かりありませんよ。」
 流河がそういうと、ポケットから何かの装置を取り出す。その装置は以前『切断』の魔法を会得した際に使用したものに酷似していた。
Aアカシック.Lレンディング.Dデバイス.。短時間ですが一時的に魔法を[全記録アカシックレコード]から貸与する携帯装置です。あまり量産できていないのが痛手ではありますがこの時ばかりは一つ、使用させていただきましょう。」
「サラッととんでもないもん開発しよって…どないしたらそんなん作れん…?」
「以前も説明した通り、A.I.S自体も私はほぼ無意識に作り出しました。それが[全記録]の意思なのか私の天性の才能なのかは不明ですが……。」
 流河の説明を聞きながら壊子は首を傾げる。
「ん?[全記録]は世界の記録存在やろ、なんてあるん?」
「……比喩というものですよ。それよりも、移動はいつでも可能です。準備が終わり次第向かいましょう。」
「お、おう…。」

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「あらあら。これはまた、おっきいことが起きそうな予感ねえ。」
 同時刻。大型テレビを見て一人の男性がそう呟く。それを聞いたオリエルが立ち上がりテレビを見る。
「北海道奪還作戦…ああ、[レタラ・ウェンカムイ]の旭岳に襲撃を仕掛ける気のようですね。いかがしますか、。」
「そうねぇ…オリエル、連絡をお願いできるかしら?」
 男のその一言で、オリエルは床に跪く。
「かしこまりました、何なりと。」
「オリエル、貴方はSLASHスラッシュQUEENクイーンSHADOWシャドウ…あとはそうね、 BREAKERブレイカーMOONムーン、そしてバシリアスの6人と共に北海道に向かいなさい。」
 オリエルは少し間を空けて顔を上げる。
「我々7人で、ですか?確かに財閥は相当な戦力を使うと考えられますが…何故そこまで?姐様は以前、「あの偽神は放置しておく」とご判断したと記憶にございますが…。」
「ふふ、どうせ財閥は作戦通り行くと思ってない…なら、さらなるイレギュラーで場を混乱させちゃいましょう。これもバシリアスの成長のためのよ。」
「……了解しました。」
 (少し見てみたいものもあるからね…。)
 心の中でそんなことを思った後、男は立ち上がりオリエルの頭を撫でる。
「安心しなさいシスター。今回は、。」
 その言葉を聞き、シスターは目を輝かせた。
「…了解しました!このシスター・オリエル、姐様のお力となるために全力を尽くします!!」
 オリエルはすぐに立ち上がり、仲間たちへ連絡をするために廊下を走った。改めてニュースに目を向けた男は紅茶を飲み、不敵に微笑んだ。
祭りパーティのメンバーは多い方が楽しいもの、ね?」


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 この回からアルファポリスの編集機能である字下げ機能を使用しています。
 キャラのセリフや文面の読みやすさなどに良い変化を感じれた場合、今後もこの機能を使用していきたいと考えています。未だ初心者から抜けられぬクオリティでの執筆となっていますが、今後も応援してくださると大変嬉しいです。
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