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XXXII 少女たちの苦悩
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「………。」
「幽子、そんなに暗い顔をしないで下さい。私たちは生還しました、それだけで良いでしょう?」
怪我の治療を終えていつも通り過ごす紫音だったが、そんな紫音に幽子はここ数日ずっと暗い顔をしてついて歩いていた。
「幽子…。」
紫音は俯いている幽子の頭を優しく撫でる。
「紫音…ボク、自分が情けないよ……。」
幽子はすっかり元気をなくし、最近はイタズラもすることがなくなっていた。あまりにも行動を始めないためシエルにどうしたのかと逆に心配されるほどだった。
「ボク…あの時紫音をすぐに助けたかった。同盟の増援が来た時も、すぐに銃を構えようとしたんだよ…でも、でも…。」
幽子はあの時のことを思い出す。
一瞬、たった一瞬。あの赤い瞳の少女は、目にかかった前髪を退けるようにただ首を振っただけだった。しかしその時、確かに幽子と少女は目線が合った。
「あの子の視線が…不思議なくらい怖くて、よく分かんないけどボクの体は…。蛇に睨まれたカエルっていうかさ…ボク、動けなくなっちゃったの。」
紫音は幽子が今にも涙が溢れそうな顔をしていることに気づく。
「紫音が無理するときはそばにいるって決めたのに…ボクは動けなかった。キミを守らなきゃと思ったのに、何もできなくて…。」
「幽子、良いんです。私はこうして生還できた…あなたも生還できた。」
「でも…。」
紫音は幽子の肩に手を乗せ、幽子と目を瞑って額を重ねる。
「幽子。私は…以前から自分を疫病神のようだと感じているんです。」
「紫音……。」
「私と関わった人はみんな、魔人によって殺されました。財閥の人たちも、地元の人たちも…家族も。」
幽子は紫音の目をじっと見つめる。涙は浮かんでいなかったが、その瞳は悲しみに満ちていた。しかし幽子を見つめ返すその奥には、希望のような光も宿っていた。
「父も母もあの偽神に殺されて…弟の死体も発見されず…誰に言われるまでもなく、その復讐のために私は魔法少女となった。家族の復讐を遂げるために…あの神を殺すために私は戦士になった。」
幽子は悲しみに満ちた瞳をする紫音を抱きしめる。紫音は小さく微笑み幽子の頭を撫でる。
「でも、貴方だけはずっといなくならないですよね。」
「……。」
幽子は紫音に見えないように顔を伏せ、目元を拭って顔を上げる。
「当たり前だよ、ボクは紫音とずっと一緒にいるって決めてんだから…キミはほっといたらすぐ1人で抱えるんだもん、ボクがキミの潤滑油になってあげないとね…!」
幽子はまだ潤んだ瞳で紫音の目を見つめ返す。
「ふふ、ありがとうございます、幽子。」
「…にひひっ。」
幽子はいつも通りの笑顔を取り戻し、紫音に笑いかけた。紫音もそれに応えるように微笑んだ。
「…………。」
「………。」
幽子は紫音と抱きしめあってる状況に気づき、顔を赤らめ始める。そして魔法で霊体となって脱出する。
「あれ…幽子、どうしたんですか?」
「いやちょっと、恥ずかしくなってきて…。」
「あら…幽子でも恥ずかしがるんですね、いつも距離近いのに。」
「いーじゃん別に~!ボクだって乙女だもん!」
「…ふふっ。」
「あ!?今笑った!?紫音、今笑ったでしょ!失礼すぎない!?」
「い、いえ幽子の口から乙女って言葉が出るのはちょっと意外で…つい。」
「ついってなんだよぉ!もぉ~!!」
───────────────────
「盗み聞きは感心しないですよ、凛泉?」
「んー?…別にそんなつもりはなかったんだけどね。」
2人のやりとりを、壁の角に隠れて凛泉が聞いていた。それを見て志真が声をかける。
「盗み聞きしてたんじゃなくてあの2人の話し声が大きいってだけでしょうよ、私ゃ悪くないよ。」
「そんなこと言って、帰ってきてからずっと暗い顔してた幽子ちゃんのこと心配してたんでしょう?凛泉は変なところで素直じゃないですからね。」
「なんでもハッキリ言う志真さん的には嫌かね。」
「別にそんなことはないですよ。貴方なりのやり方でやっているのは知ってますし。」
凛泉は微笑む志真の顔を見てため息をつく。
「ま…あっちはあっちで大丈夫そうだから良いとして…問題はこっちだよな。」
凛泉は携帯でネットニュースの一面を開く。そこには薔薇の芽神同盟のあの動画が掲載されていた。
「財閥の連中も奴らがこんな目立つ方法で情報を開示するなんてのは予想外だったみたいだし、すぐさま対処できなかったのが痛手になってる。SNSの中じゃ『財閥派』、人類存続派と『同盟派』こと人類滅亡派で大きく別れ始めてる。」
「それ自体で暴動が起きるとかそう言ったわけではなさそうだけど…少なくとも今後、同盟側の思想に賛同する人たちが増えること自体は良いことではないですね。」
凛泉は舌打ちをして携帯をしまい込む。
「こんなくっだらねえことしてなんになるってんだ連中は?今の今まで表立って行動なんざして来なかったくせに…。」
「文字通り、宣戦布告なんでしょうかね。財閥に対するか…もしくは、人類に対する。」
「連中がなにを考えてるかなんて私にはわかんねえけど…こっちと本格的に戦ろうってんなら…本気でやるけどな。」
「ええ、もちろん。私もそのつもりですよ。」
───────────────────
「………。」
空は財閥の人工離島の港で風を受けながら海を眺めていた。今日は天気が良く、視線の先では日本の一角が見えていた。
「……。」
(娘よ、いつまでぼーっと海を眺めているんだ。)
「…私、人ってわかんないなって思った。」
空は両膝に顔をうずめながら波の流れを見つめる。目を逸らすことなく波を見ながら、空は言葉を続けた。
「私はまだここに来たばかりで、本当の自分のこともわからないけど…人って、あんなに命懸けで助けてくれてる魔法使い達になんであんなひどい言葉を投げかけられるんだろう…。」
(……人間とは、愚かなものなのだ娘よ。自身らが守られている立場であれば守ってくれている者を敬愛することはない。自分たちが危険に晒されればなぜ守ってくれないのかと怒る。他者より自身を愛し、自身の立場を守る…人間とは弱いが故に強いものにすがるが、強いが故に弱い者に虐げられるのだ。手足もなければ言葉も交わせない武器の私がいうのもなんだが。)
「弱くあれば強きを攻め、強ければ弱きを虐げる…。じゃあ私は…どっちを守れば良いんだろう…。」
(……娘?)
千変万化は空の目が一瞬暗く染まったことに気づいた。
「人というものは確かに愚かだ。しかし良くも悪くも強く生きるからこそこうして歴史は続いているんだよ。」
「え…?」
空が顔を上げると、いつの間にか隣には男性が立っていた。高齢の人物ではあるのだが、その全身から溢れる気品さはまるで本に出てくる貴族のようであった。
「君は確か、最近イザード財閥に入った子…だったかな?すまないね、君をここ数日で色々危険な目に合わせてしまったみたいで…。」
「え?あの…えっと、え?」
「隣、良いかい?」
「え!?あ、どうぞ…?」
空は困惑したまま男性の言葉にうなづくと、その男性は優しい笑顔を浮かべたまま空の横に腰掛けた。気品あふれるスーツに身を包んだ男性が体育座りしているという不思議な状況に空は混乱を隠せなかった。
「君はさっき、強いものと弱いもの、どちらを守れば良いのかと悩んでいたのかい?」
「え、えっと…そう…ですね…。私は強くないです。自分の過去も分からないですし…。でも弱くて苦しんでる人たちも、強くても苦しんでる人たちも…全部守れる自分でありたいって…。現在の私は思うんです。」
男性は綺麗に整えられた髭を手で撫でながらうーむと声を漏らす。
「それで良いんじゃないかな?君みたいな若い子はもっと、シンプルに物事を考えて良いと思うよ。」
「……シンプルに?」
「あぁ。「目の前で困っていた」「困ってると思った」それが強い者であれ弱い者であれ、君は助けたいだろう?きっと。」
「…はい。私は困ってる人を助けたい。困ってる人たちの役に立ちたいです。」
男性は再び優しい笑顔を浮かべる。空はその笑顔をじっと見つめていた。
「ならそれで良いんだ。君は誰より優しい、それで良いと思うよ。君はこれから先、困っている人ならたとえ自分にとって不利益でも無鉄砲に助けるだろう。それで良い、君の良いところだ。」
「私の…良いところ?」
「ああ、むしろ君はもっとワガママで良いんだ。相手がどんなに嫌いな相手でも、世界から嫌われてる存在でも。助けたいと思うなら全力で走ると良い。そんなまっすぐな子はこのご時世なかなかいないからね…あ、これだと魔法使いたちを悪く言ってるみたいになるか?後で謝罪して…いやでも知らないことで急に謝罪されたらみんな困るかな?ははっ。」
男性の言葉はまるで魔法のようで、その言葉を聞くと空は不思議と元気を取り戻していた。落ち着いた大人の雰囲気を纏っているのに、その言葉はまるで子供のように明るかった。
「…えっと、ありがとうございます。」
「ん?今、僕何かしたかな?」
「私の悩みを聞いてくれて…ありがとうございます。なんだか少し、気が楽になりました。」
「…そうかい。なら良かった。では私は仕事が残っているのでね…失礼するよ。」
男性は立ち上がると、腰を伸ばしながらやれやれと言葉を漏らしながら空に背を向けて財閥の日本本部に向けて歩き出す。
「あの…貴方のお名前…アレ…もう行っちゃった…。」
空が振り向いた頃にはすでに、男性は姿を消していた。幻でもみていたのかと思ったが、流石の空も見たこともない人物の幻覚を見るほどは疲れていないだろう。
(なんだったのだ、あの伊達者な男は…。)
「分かんないけど…どこかで見たような気がする…。」
空は立ち去った男性の顔を思い出そうとするが、どこで見たのか全く思い出せなかった。それと同時に、彼の口にしていた言葉を思い返す。
「私はもっと…わがままで、良いんだ。」
(ん、娘?)
空は小さく微笑むと、突然立ち上がった。そして走り出し、ちょうど財閥本部の扉から出てきた凛泉と志真に偶然出会った。
「ん、空ちゃんどしたの?」
「あ!凛泉ちゃん、志真さん!あの…!私、わがまま言っても良いですか!?」
凛泉と志真は不思議そうに顔を見合わせる。
「わがまま…?別に良いけれど、どうかしたの?」
空は千変万化を握りしめながら二人の目をまっすぐ見る。
「私、もっと強くなりたいんです!みんな守れるように強くなりたいんです!だから…特訓、お付き合いいただけませんか!?」
凛泉はその言葉に目を丸くした。志真は驚いたような表情を浮かべたがすぐに優しく微笑んだ。
「私たち二人に頼むってことは、二人がかりでってことかしら?」
「え?」
凛泉はその言葉を聞き、なにかを閃いたように不適な笑みを浮かべる。
「なるほどねぇ、空ちゃんもやる気満々と来た!なら私も受けないわけにはいかないね?」
「あ、えっと…ええ~!?」
「言っておくけど私は売られた喧嘩は買うの、手抜きは許さないわよ?」
志真は笑顔のまま剣を召喚して掴むと、空に向けて構えた。凛泉はニヤニヤしながらナイフを引き抜いて手元でペン回しのように回し始める。
「~~~ッ、わかりました!頑張ります!!」
「良い返事よ!」
三人はその日1日(戦闘訓練室に移動してから)特訓に励むこととなった。
───────────────────
「あ、来た。」
〔また勝手に外出したんですか?自分の立場を理解してないんですか貴方は!〕
モニターに映し出したシエルは男性に向けてそう言葉を放つ。男性はこれは失礼したと笑顔で頭を下げる。
「いやぁすまない、せっかく話しかけられそうな機会だったから、警戒対象にしていたことも含めて彼女に謝罪しようと思ってね。」
アイは呆れたようにため息をつくと、キーボードを展開して軽快にタイピングする。
「今回の会議は閉鎖区域の調査報告及び今後の区域探索に関する対策会議なわけだけど、貴方としてはどういう方針で動こうとしてるの?代表。」
〔ええ、そろそろ閉鎖区域の奪還も視野に入れなければならないと思いますが…。〕
「やれやれ、二人とも真面目モードに入るのが早いね。まだ職員も揃ってないのに。」
「貴方がそんなにも不真面目だからでしょう?財閥の代表理事としての自覚はありますか?」
「アイちゃんの敬語は怖いなぁ、悪かったよ。僕も切り替えて話を進めるとしよう。」
席についた男が書類に目を通す。その姿に先ほどの朗らかさは微塵も感じられず、人の上に立つ者の凛とした姿となっていた。
イザード財閥代表理事。それが彼に与えられた唯一無二の役職である。
「幽子、そんなに暗い顔をしないで下さい。私たちは生還しました、それだけで良いでしょう?」
怪我の治療を終えていつも通り過ごす紫音だったが、そんな紫音に幽子はここ数日ずっと暗い顔をしてついて歩いていた。
「幽子…。」
紫音は俯いている幽子の頭を優しく撫でる。
「紫音…ボク、自分が情けないよ……。」
幽子はすっかり元気をなくし、最近はイタズラもすることがなくなっていた。あまりにも行動を始めないためシエルにどうしたのかと逆に心配されるほどだった。
「ボク…あの時紫音をすぐに助けたかった。同盟の増援が来た時も、すぐに銃を構えようとしたんだよ…でも、でも…。」
幽子はあの時のことを思い出す。
一瞬、たった一瞬。あの赤い瞳の少女は、目にかかった前髪を退けるようにただ首を振っただけだった。しかしその時、確かに幽子と少女は目線が合った。
「あの子の視線が…不思議なくらい怖くて、よく分かんないけどボクの体は…。蛇に睨まれたカエルっていうかさ…ボク、動けなくなっちゃったの。」
紫音は幽子が今にも涙が溢れそうな顔をしていることに気づく。
「紫音が無理するときはそばにいるって決めたのに…ボクは動けなかった。キミを守らなきゃと思ったのに、何もできなくて…。」
「幽子、良いんです。私はこうして生還できた…あなたも生還できた。」
「でも…。」
紫音は幽子の肩に手を乗せ、幽子と目を瞑って額を重ねる。
「幽子。私は…以前から自分を疫病神のようだと感じているんです。」
「紫音……。」
「私と関わった人はみんな、魔人によって殺されました。財閥の人たちも、地元の人たちも…家族も。」
幽子は紫音の目をじっと見つめる。涙は浮かんでいなかったが、その瞳は悲しみに満ちていた。しかし幽子を見つめ返すその奥には、希望のような光も宿っていた。
「父も母もあの偽神に殺されて…弟の死体も発見されず…誰に言われるまでもなく、その復讐のために私は魔法少女となった。家族の復讐を遂げるために…あの神を殺すために私は戦士になった。」
幽子は悲しみに満ちた瞳をする紫音を抱きしめる。紫音は小さく微笑み幽子の頭を撫でる。
「でも、貴方だけはずっといなくならないですよね。」
「……。」
幽子は紫音に見えないように顔を伏せ、目元を拭って顔を上げる。
「当たり前だよ、ボクは紫音とずっと一緒にいるって決めてんだから…キミはほっといたらすぐ1人で抱えるんだもん、ボクがキミの潤滑油になってあげないとね…!」
幽子はまだ潤んだ瞳で紫音の目を見つめ返す。
「ふふ、ありがとうございます、幽子。」
「…にひひっ。」
幽子はいつも通りの笑顔を取り戻し、紫音に笑いかけた。紫音もそれに応えるように微笑んだ。
「…………。」
「………。」
幽子は紫音と抱きしめあってる状況に気づき、顔を赤らめ始める。そして魔法で霊体となって脱出する。
「あれ…幽子、どうしたんですか?」
「いやちょっと、恥ずかしくなってきて…。」
「あら…幽子でも恥ずかしがるんですね、いつも距離近いのに。」
「いーじゃん別に~!ボクだって乙女だもん!」
「…ふふっ。」
「あ!?今笑った!?紫音、今笑ったでしょ!失礼すぎない!?」
「い、いえ幽子の口から乙女って言葉が出るのはちょっと意外で…つい。」
「ついってなんだよぉ!もぉ~!!」
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「盗み聞きは感心しないですよ、凛泉?」
「んー?…別にそんなつもりはなかったんだけどね。」
2人のやりとりを、壁の角に隠れて凛泉が聞いていた。それを見て志真が声をかける。
「盗み聞きしてたんじゃなくてあの2人の話し声が大きいってだけでしょうよ、私ゃ悪くないよ。」
「そんなこと言って、帰ってきてからずっと暗い顔してた幽子ちゃんのこと心配してたんでしょう?凛泉は変なところで素直じゃないですからね。」
「なんでもハッキリ言う志真さん的には嫌かね。」
「別にそんなことはないですよ。貴方なりのやり方でやっているのは知ってますし。」
凛泉は微笑む志真の顔を見てため息をつく。
「ま…あっちはあっちで大丈夫そうだから良いとして…問題はこっちだよな。」
凛泉は携帯でネットニュースの一面を開く。そこには薔薇の芽神同盟のあの動画が掲載されていた。
「財閥の連中も奴らがこんな目立つ方法で情報を開示するなんてのは予想外だったみたいだし、すぐさま対処できなかったのが痛手になってる。SNSの中じゃ『財閥派』、人類存続派と『同盟派』こと人類滅亡派で大きく別れ始めてる。」
「それ自体で暴動が起きるとかそう言ったわけではなさそうだけど…少なくとも今後、同盟側の思想に賛同する人たちが増えること自体は良いことではないですね。」
凛泉は舌打ちをして携帯をしまい込む。
「こんなくっだらねえことしてなんになるってんだ連中は?今の今まで表立って行動なんざして来なかったくせに…。」
「文字通り、宣戦布告なんでしょうかね。財閥に対するか…もしくは、人類に対する。」
「連中がなにを考えてるかなんて私にはわかんねえけど…こっちと本格的に戦ろうってんなら…本気でやるけどな。」
「ええ、もちろん。私もそのつもりですよ。」
───────────────────
「………。」
空は財閥の人工離島の港で風を受けながら海を眺めていた。今日は天気が良く、視線の先では日本の一角が見えていた。
「……。」
(娘よ、いつまでぼーっと海を眺めているんだ。)
「…私、人ってわかんないなって思った。」
空は両膝に顔をうずめながら波の流れを見つめる。目を逸らすことなく波を見ながら、空は言葉を続けた。
「私はまだここに来たばかりで、本当の自分のこともわからないけど…人って、あんなに命懸けで助けてくれてる魔法使い達になんであんなひどい言葉を投げかけられるんだろう…。」
(……人間とは、愚かなものなのだ娘よ。自身らが守られている立場であれば守ってくれている者を敬愛することはない。自分たちが危険に晒されればなぜ守ってくれないのかと怒る。他者より自身を愛し、自身の立場を守る…人間とは弱いが故に強いものにすがるが、強いが故に弱い者に虐げられるのだ。手足もなければ言葉も交わせない武器の私がいうのもなんだが。)
「弱くあれば強きを攻め、強ければ弱きを虐げる…。じゃあ私は…どっちを守れば良いんだろう…。」
(……娘?)
千変万化は空の目が一瞬暗く染まったことに気づいた。
「人というものは確かに愚かだ。しかし良くも悪くも強く生きるからこそこうして歴史は続いているんだよ。」
「え…?」
空が顔を上げると、いつの間にか隣には男性が立っていた。高齢の人物ではあるのだが、その全身から溢れる気品さはまるで本に出てくる貴族のようであった。
「君は確か、最近イザード財閥に入った子…だったかな?すまないね、君をここ数日で色々危険な目に合わせてしまったみたいで…。」
「え?あの…えっと、え?」
「隣、良いかい?」
「え!?あ、どうぞ…?」
空は困惑したまま男性の言葉にうなづくと、その男性は優しい笑顔を浮かべたまま空の横に腰掛けた。気品あふれるスーツに身を包んだ男性が体育座りしているという不思議な状況に空は混乱を隠せなかった。
「君はさっき、強いものと弱いもの、どちらを守れば良いのかと悩んでいたのかい?」
「え、えっと…そう…ですね…。私は強くないです。自分の過去も分からないですし…。でも弱くて苦しんでる人たちも、強くても苦しんでる人たちも…全部守れる自分でありたいって…。現在の私は思うんです。」
男性は綺麗に整えられた髭を手で撫でながらうーむと声を漏らす。
「それで良いんじゃないかな?君みたいな若い子はもっと、シンプルに物事を考えて良いと思うよ。」
「……シンプルに?」
「あぁ。「目の前で困っていた」「困ってると思った」それが強い者であれ弱い者であれ、君は助けたいだろう?きっと。」
「…はい。私は困ってる人を助けたい。困ってる人たちの役に立ちたいです。」
男性は再び優しい笑顔を浮かべる。空はその笑顔をじっと見つめていた。
「ならそれで良いんだ。君は誰より優しい、それで良いと思うよ。君はこれから先、困っている人ならたとえ自分にとって不利益でも無鉄砲に助けるだろう。それで良い、君の良いところだ。」
「私の…良いところ?」
「ああ、むしろ君はもっとワガママで良いんだ。相手がどんなに嫌いな相手でも、世界から嫌われてる存在でも。助けたいと思うなら全力で走ると良い。そんなまっすぐな子はこのご時世なかなかいないからね…あ、これだと魔法使いたちを悪く言ってるみたいになるか?後で謝罪して…いやでも知らないことで急に謝罪されたらみんな困るかな?ははっ。」
男性の言葉はまるで魔法のようで、その言葉を聞くと空は不思議と元気を取り戻していた。落ち着いた大人の雰囲気を纏っているのに、その言葉はまるで子供のように明るかった。
「…えっと、ありがとうございます。」
「ん?今、僕何かしたかな?」
「私の悩みを聞いてくれて…ありがとうございます。なんだか少し、気が楽になりました。」
「…そうかい。なら良かった。では私は仕事が残っているのでね…失礼するよ。」
男性は立ち上がると、腰を伸ばしながらやれやれと言葉を漏らしながら空に背を向けて財閥の日本本部に向けて歩き出す。
「あの…貴方のお名前…アレ…もう行っちゃった…。」
空が振り向いた頃にはすでに、男性は姿を消していた。幻でもみていたのかと思ったが、流石の空も見たこともない人物の幻覚を見るほどは疲れていないだろう。
(なんだったのだ、あの伊達者な男は…。)
「分かんないけど…どこかで見たような気がする…。」
空は立ち去った男性の顔を思い出そうとするが、どこで見たのか全く思い出せなかった。それと同時に、彼の口にしていた言葉を思い返す。
「私はもっと…わがままで、良いんだ。」
(ん、娘?)
空は小さく微笑むと、突然立ち上がった。そして走り出し、ちょうど財閥本部の扉から出てきた凛泉と志真に偶然出会った。
「ん、空ちゃんどしたの?」
「あ!凛泉ちゃん、志真さん!あの…!私、わがまま言っても良いですか!?」
凛泉と志真は不思議そうに顔を見合わせる。
「わがまま…?別に良いけれど、どうかしたの?」
空は千変万化を握りしめながら二人の目をまっすぐ見る。
「私、もっと強くなりたいんです!みんな守れるように強くなりたいんです!だから…特訓、お付き合いいただけませんか!?」
凛泉はその言葉に目を丸くした。志真は驚いたような表情を浮かべたがすぐに優しく微笑んだ。
「私たち二人に頼むってことは、二人がかりでってことかしら?」
「え?」
凛泉はその言葉を聞き、なにかを閃いたように不適な笑みを浮かべる。
「なるほどねぇ、空ちゃんもやる気満々と来た!なら私も受けないわけにはいかないね?」
「あ、えっと…ええ~!?」
「言っておくけど私は売られた喧嘩は買うの、手抜きは許さないわよ?」
志真は笑顔のまま剣を召喚して掴むと、空に向けて構えた。凛泉はニヤニヤしながらナイフを引き抜いて手元でペン回しのように回し始める。
「~~~ッ、わかりました!頑張ります!!」
「良い返事よ!」
三人はその日1日(戦闘訓練室に移動してから)特訓に励むこととなった。
───────────────────
「あ、来た。」
〔また勝手に外出したんですか?自分の立場を理解してないんですか貴方は!〕
モニターに映し出したシエルは男性に向けてそう言葉を放つ。男性はこれは失礼したと笑顔で頭を下げる。
「いやぁすまない、せっかく話しかけられそうな機会だったから、警戒対象にしていたことも含めて彼女に謝罪しようと思ってね。」
アイは呆れたようにため息をつくと、キーボードを展開して軽快にタイピングする。
「今回の会議は閉鎖区域の調査報告及び今後の区域探索に関する対策会議なわけだけど、貴方としてはどういう方針で動こうとしてるの?代表。」
〔ええ、そろそろ閉鎖区域の奪還も視野に入れなければならないと思いますが…。〕
「やれやれ、二人とも真面目モードに入るのが早いね。まだ職員も揃ってないのに。」
「貴方がそんなにも不真面目だからでしょう?財閥の代表理事としての自覚はありますか?」
「アイちゃんの敬語は怖いなぁ、悪かったよ。僕も切り替えて話を進めるとしよう。」
席についた男が書類に目を通す。その姿に先ほどの朗らかさは微塵も感じられず、人の上に立つ者の凛とした姿となっていた。
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