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1章

第12話 あらわれた、その人は(2/2)

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「そなたが無事でよかった。サキ」

 ……え、なんでこの人、わたしの名前を知ってるの――!?
 今たしかに、『サキ』って呼ばれた。

 ただでさえ混乱しているわたしの頭が、ますます こんがらがってしまう。
 わたしの目の前にいる、彼とは、おたがい今日が初対面のはず。
 和服を着た、やたら美形なこの青年は、わたしのことを自分の知りあいだとカンちがいしていたけど、わたしは彼と会うのは――しつこいようだけど、今日が初めて……の、はず。

 今は、アパートの出入口の真ん前で向かいあっているわたしたちだけど、最初に出会ったのは、ここの近所にある神社の境内。大きな桜の樹のそば。
 そこでわたしは、彼から人まちがいされて。

――人まちがい……。

 わたしは、自分の中に、この人に関する記憶がまったくないから、「彼がわたしのことを誰かと思いちがいをしているんだ」と今の今まで考えていたのだけれど……。(だって、この人、特にイケメンがすきというわけではないわたしでさえ、『一度会ったら二度と忘れないだろう』と思わせるほどの美貌の持ち主だし)

 でも、わたしたちがまったく会ったことがないなら、どうしてこの人はわたしの名前を知っているの?
 わたし、顔だしでS N Sソーシャル・ネットワーキング・サービスをやったりしてないよ。
 ネット上で本名を公表したことは、フルネームはもちろん、名字、名前どちらかだけだってない。

(なのに、どうして? なんでわたしの名前を……)

 わたしの名前は、谷沼たにぬま 紗季音さきね
 下の名前でわたしを呼ぶ人からは、紗季音、サッちゃん、サキちゃん、サキ……などなど。3文字すべて略さず呼ばれることもあるものの、2文字に略されることも非常に多い。

(あなたは、なぜわたしの名前を知っているの? わたしはあなたの名前を知らないのに……)

 わたしは疑問を口にしようとする。
 だけど、今日1日で起きた、昨日までならとても信じられなかったであろう数々の出来事に遭遇そうぐうしたストレスからなのか――。正式な理由はわからないけれど。
(あ、……ちょっと、やばいかも……)
 だんだん、意識が遠くなっていく。前に貧血を起こして倒れてしまったときと似ている感覚。

 目の前にいる青年に質問の言葉をなげかけたいのに、口を動かすこともできないほど、体に力がでない。

 全身から力が抜けていく感覚に襲われ――。ふらり、と体がかたむく。

(……このままじゃ、この場に倒れそう。足元の地面は舗装されてて、倒れたらはっきりいって、かたくて痛そう。――こうなったら、意識がなくなるよりも速く、どうにかしなきゃ……! 体が倒れる前に両手をつけばダメージを減らせる……かな?)

 ぼんやりしてきた頭で、やっとひねりだした対処方をこころみるべく、いつもより重く感じる手を前に出そうとした瞬間。

 わたしの体は、誰かに がっしりと受けとめられる。
 ……『誰か』って、この場には今、わたしとこの人しかいないんじゃない。

 普段より まわらなくなってる頭でも、自分が彼に抱きとめられたことに気づく。

(……あなたは、誰――。何者なの? ……あ、わたし、今度こそ本当に、もう意識がとだえ、そう……――――)
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