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1章

第13話 気がつけば室内?

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 今日から1人暮らしを始めようという、その日に――。
 わたしはいろいろなものに遭遇してしまった。 

(どうやらわたしは、アパートの出入口の手前で、気を失ってしまい――そして、たった今、意識をとりもどした……みたい)

 今、わたしがいる場所は――アパートの建物がある真ん前? それとも別の場所?
 たしかめるために、目を開けようとするけど……意識をとりもどしたはずなのに、まぶたを開けることができない。

 体力的にすごく疲れたとき――前にも、こういう状態になったことがあった。
 あのときは、別に気を失ったりはしなかったけど、夜、一度眠りについて……意識が妙にはっきりしてて、目がさめたんだなって思って、水を飲みにキッチンに行こうと思ったのに、まぶたも開かないし、体も動かない。
 あれは、疲れで眠りが浅くなってたから?

 あのときは、しばらくしたら、まぶたも開いたし、全身動くようになった。
 今のわたしの、意識ははっきりしたのに、まぶた含め体が動かないって状態も、あと少ししたら元どおりになる?
 この考えは、楽観的すぎ?

 ――だけど――。
 今日は不思議なことがたくさんあって、わたしはそのたびにとてもびっくりしていた。
 それでも、得体の知れない黒いもやのようなものに手足を押さえられるという本日一番の危機的状況は、無事去ってくれた。
 そのホッとした安心感から、体の疲労が一気にわたしをやすませようと、強制的に休息モードに入ってしまったんだろうか。

(……そういえば、わたしは気を失う前、体が倒れそうなって――ある人がわたしを助けてくれた、ような……。あれ? わたし、今は体が動かないだけで、意識はしっかりしてるって思ったのに――倒れる直前のこと、鮮明にはおぼえていない?)

 直前ではない、ちょっと前に起きたことなら、ちゃんと記憶しているはず、だよね?
 ……うーん。なんか不安になってきたから、ちょっと思い返してみよう。

(今日、一番最初にアパートの前に来たあたりの記憶は、大丈夫なはず! あのときのわたしは、アパートの真ん前まで来たものの、自分の部屋に入る前にアパートの近所にある神社に行くことになったんだ)

 なんでそんなことになったか、理由もおぼえている。
 友達の恵が、今日からわたしが暮らすアパートは『怪奇物件』だというウワサがネットに流れているって不安がって、心配屋さんの恵を安心させるために、
「それなら近所の神社に行ってから部屋に入ることにするよ」
 って約束したんだ。

 そんなわけで近くの神社に到着したわたしは――。
 境内で咲く桜のそばで、和装の青年と出会う。
 この人とわたしは初対面。

 なのに彼は、わたしのことを自分の知りあいだと言ってゆずらない。
 そして、彼が呪文のような言葉をとなえると……周囲に煙があらわれ――やがて煙の中から1匹の白狐が飛びだした。
 このキツネは、人の言葉を話すことができる。というか、どうやら青年がキツネに変身したらしい。

 おおよそ日常とかけはなれた その場を逃げ出し、わたしは今日から暮らすアパートに戻ってきた。
 アパートの中に入ろうとすると――建物内部から黒い靄のようなものがあらわれ――わたしは、その黒い靄のような『何か』に つかまってしまう。

 そこへあらわれたのが――神社で出会った、和装姿の青年だった。
 彼がたった一言、「散れ」と言うと、黒い何かは消えてしまった。
 わたしは青年にお礼を言い、それから……。


 こんな風に、今日起きたことを長々と思い返していると、突然。

 ピクリ……と、わたしの右手の小指が動いた。
 この指だけじゃない、他の指も自分の意思で動かせるようになってくれた。金縛りのような状態は、終わってくれたっぽい。

(……ほっ。よかった――)

 意識を失っていたあいだ、どうやらわたしは、ふとんに寝かされていたみたい。
 感覚も、体が動かなかったつい数秒前よりも敏感になったのか、
背中に敷ぶとん、お腹には掛けぶとんの感触がする。
 それに、わたしが昔からすきな、藺草いぐさたたみの匂いもする。

(……ふとんに寝かされていた。畳の匂いがする。……って、ちょっと待って! わたし、今、いったい『どこ』にいるの!?)
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