1 / 54
一章
オープニング
しおりを挟む
レオンルークス・ライランドの頭の中は、不安と期待でぐちゃぐちゃだった。
無我夢中で、父の栗毛馬を走らせる。彼の元に、リセナ・シーリグが婚約破棄されたという知らせが届いたのはつい先刻のことだ。
リセナは、小さなライランド領の財政を支える豪商の一人娘だった。そして、領主の息子である彼の大切な友人であり、初恋の人であり――
その美貌と聡明さゆえ王太子に気に入られ、婚約者として召し上げられた、まだ十八歳の少女だ。
「――!?」
急に馬が止まって、バランスを崩したレオンが地面へ放り出される。
「なんだよ、エーレ……!」
強打した顔面をあげ振り返ると、馬はもしゃもしゃと道端の草を食べていた。
「道草食ってる場合か! リセナが婚約破棄されたんだぞ! はやく迎えに――」
もしゃもしゃ、もしゃもしゃ、馬は聞く耳を持たない。
「くそっ、もういいよ! オレひとりで行くからぁ!」
走る。走る。長い道のりを、自分の足で駆け抜ける。元々はねているオレンジ色の髪をもっとぐしゃぐしゃにして、あどけなさの残る顔をめいっぱいにしかめる。
――こんなに突然、一体なにがあったんだ……!?
リセナの身を案じる気持ち。
王太子への怒りと嫉妬。
みすみす彼女を送り出してしまった自分への恨み。
そして、リセナが戻ってくるという喜び。
身も心も色んな悲鳴をあげながら、ようやくたどり着いた、角を曲がれば城門へと至る道。
とうに息があがって、焼けるように乾いた喉で叫ぶ。
「リセナ――ッ!!!」
しかし、城門の前で振り向いたのは、追い出されて途方に暮れる彼女だけではなかった。
今しがたリセナを突き飛ばしでもしたのであろう王太子が茫然としているのは、数発殴ってやりたい気分だが、今はまあいい。
彼の前で座り込んでいるリセナ――彼女の両隣に、全く知らない人物が立っている。
一人は、闇を固めたような黒い鎧に身を包んだ、長身の青年。無造作に後ろへなでつけた髪も黒く、その中で、瞳だけが赤く冷ややかにこちらを視界の端に捉えている。美丈夫ではあるものの、あまり人間味のない、どことなく狼を思わせるような男だ。
もう一人は、長い金の髪をひとつにくくったエルフ。その白い衣装が男性のものであることから、おそらく“彼”なのだと推測はできるけれど――その中性的で整った顔立ちは、神か美術品を思わせる美しさだった。高貴な印象の翡翠色の瞳は、穏やかではあったが、あまりこちらに興味がないようでもある。
「えーっと…………知り合い?」
困惑するレオンに、リセナがふるふると首を横に振る。乱れた白銀の髪が揺れ、紺碧の瞳はわずかに潤んでいた。
「レオ……」
すがるようにつぶやかれた名前を、彼女の前にいる王太子は聞き逃さなかった。我に返った彼は、そのまま眉をつり上げる。
「一体なんなんだ、三人も私の城に押しかけてくるなんて! そんなに、この顔だけの田舎娘がほしいのか!」
レオンが思わず王太子につかみかかりそうになる。しかし一歩を踏み出した段階で、青年が隣にいたリセナをひょいと脇に抱え上げた。
「いらないのなら、もらって行くぞ」
次いで、反対側にいたエルフが魔導具の杖を青年に向ける。
「その邪悪な魔力……きみ、魔王軍の暗黒騎士だね。彼女は大聖女になり得る存在だ、渡してもらうよ」
「ほう……半人前のエルフが、俺に戦いを挑むか」
光と闇。二人の対照的な魔力が辺りに満ちる。
一触即発、静かに戦意をみなぎらせる二人の間に――
「ちょっと待ったぁ!!!!!」
そろそろ空気なんて読んでいられないレオンが突っ込んで行った。
「なんなんだはオレの台詞だよ! いきなり出てきてリセナを取り合うのやめてくれる!? 彼女はなあ、オレの! オレの――」
ああ、でも、まさか恋人だなんてものではない。友達だと思っているのも自分だけだったらどうしよう――こんな時に、一瞬で、彼の思考はマイナス方向へ振り切れる。
それで、震える声で、ちょっと泣きそうになりながら、他の者たちに叩きつけるように叫ぶのだった。
「オレの、幼馴染なんだからなぁッ!!!!」
彼の声がこだまし、消え、
「だから……?」という空気が満ちる。
地獄のような時間は、青年に抱えられたままのリセナが小さく小さく挙手をして言った「あの、とりあえず、実家に帰していただけませんか……?」という言葉で、ようやく終わりを迎えた。
無我夢中で、父の栗毛馬を走らせる。彼の元に、リセナ・シーリグが婚約破棄されたという知らせが届いたのはつい先刻のことだ。
リセナは、小さなライランド領の財政を支える豪商の一人娘だった。そして、領主の息子である彼の大切な友人であり、初恋の人であり――
その美貌と聡明さゆえ王太子に気に入られ、婚約者として召し上げられた、まだ十八歳の少女だ。
「――!?」
急に馬が止まって、バランスを崩したレオンが地面へ放り出される。
「なんだよ、エーレ……!」
強打した顔面をあげ振り返ると、馬はもしゃもしゃと道端の草を食べていた。
「道草食ってる場合か! リセナが婚約破棄されたんだぞ! はやく迎えに――」
もしゃもしゃ、もしゃもしゃ、馬は聞く耳を持たない。
「くそっ、もういいよ! オレひとりで行くからぁ!」
走る。走る。長い道のりを、自分の足で駆け抜ける。元々はねているオレンジ色の髪をもっとぐしゃぐしゃにして、あどけなさの残る顔をめいっぱいにしかめる。
――こんなに突然、一体なにがあったんだ……!?
リセナの身を案じる気持ち。
王太子への怒りと嫉妬。
みすみす彼女を送り出してしまった自分への恨み。
そして、リセナが戻ってくるという喜び。
身も心も色んな悲鳴をあげながら、ようやくたどり着いた、角を曲がれば城門へと至る道。
とうに息があがって、焼けるように乾いた喉で叫ぶ。
「リセナ――ッ!!!」
しかし、城門の前で振り向いたのは、追い出されて途方に暮れる彼女だけではなかった。
今しがたリセナを突き飛ばしでもしたのであろう王太子が茫然としているのは、数発殴ってやりたい気分だが、今はまあいい。
彼の前で座り込んでいるリセナ――彼女の両隣に、全く知らない人物が立っている。
一人は、闇を固めたような黒い鎧に身を包んだ、長身の青年。無造作に後ろへなでつけた髪も黒く、その中で、瞳だけが赤く冷ややかにこちらを視界の端に捉えている。美丈夫ではあるものの、あまり人間味のない、どことなく狼を思わせるような男だ。
もう一人は、長い金の髪をひとつにくくったエルフ。その白い衣装が男性のものであることから、おそらく“彼”なのだと推測はできるけれど――その中性的で整った顔立ちは、神か美術品を思わせる美しさだった。高貴な印象の翡翠色の瞳は、穏やかではあったが、あまりこちらに興味がないようでもある。
「えーっと…………知り合い?」
困惑するレオンに、リセナがふるふると首を横に振る。乱れた白銀の髪が揺れ、紺碧の瞳はわずかに潤んでいた。
「レオ……」
すがるようにつぶやかれた名前を、彼女の前にいる王太子は聞き逃さなかった。我に返った彼は、そのまま眉をつり上げる。
「一体なんなんだ、三人も私の城に押しかけてくるなんて! そんなに、この顔だけの田舎娘がほしいのか!」
レオンが思わず王太子につかみかかりそうになる。しかし一歩を踏み出した段階で、青年が隣にいたリセナをひょいと脇に抱え上げた。
「いらないのなら、もらって行くぞ」
次いで、反対側にいたエルフが魔導具の杖を青年に向ける。
「その邪悪な魔力……きみ、魔王軍の暗黒騎士だね。彼女は大聖女になり得る存在だ、渡してもらうよ」
「ほう……半人前のエルフが、俺に戦いを挑むか」
光と闇。二人の対照的な魔力が辺りに満ちる。
一触即発、静かに戦意をみなぎらせる二人の間に――
「ちょっと待ったぁ!!!!!」
そろそろ空気なんて読んでいられないレオンが突っ込んで行った。
「なんなんだはオレの台詞だよ! いきなり出てきてリセナを取り合うのやめてくれる!? 彼女はなあ、オレの! オレの――」
ああ、でも、まさか恋人だなんてものではない。友達だと思っているのも自分だけだったらどうしよう――こんな時に、一瞬で、彼の思考はマイナス方向へ振り切れる。
それで、震える声で、ちょっと泣きそうになりながら、他の者たちに叩きつけるように叫ぶのだった。
「オレの、幼馴染なんだからなぁッ!!!!」
彼の声がこだまし、消え、
「だから……?」という空気が満ちる。
地獄のような時間は、青年に抱えられたままのリセナが小さく小さく挙手をして言った「あの、とりあえず、実家に帰していただけませんか……?」という言葉で、ようやく終わりを迎えた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」
まほりろ
恋愛
聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。
だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗
り換えた。
「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」
聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。
そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。
「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※他サイトにも投稿しています。
※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。
※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。
※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。
※二章はアルファポリス先行投稿です!
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます!
※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17
※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる