王太子に婚約破棄された幼馴染をイケメン暗黒騎士と超美麗エルフが奪いに来てた〜キケンな寵愛も秘密のレッスンもいらないから俺の初恋邪魔しないで〜

甘糖めぐる

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一章

1話 引く手あまた

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 王都からライランド領へ向けて走る馬車の御者は、今すぐ後ろの客車を切り離して逃げ出したい気分だった。シーリグ商会の一人娘に、絶対ヤバそうな鎧の男に、山奥の里から滅多に出ないといわれるエルフ――乗客の面子が、異常なのだ。

 一応、ライランド領主の息子もいるのだけれど――全く気付かれていない彼は叫ぶ。
「なんで……なんで、お前たちまで付いてきてるんだよ!」
 特にお前、と、レオンが青年をビシッと指差す。
 窮屈そうに脚を組んだ青年は、落ち着き払った平坦な声で「別に俺はどこでも構わん」と言った。
「なんの話だよ、帰れ! 飛び降りろ! 今すぐ!」

 レオンが喚いているのを意にも介さず、エルフは向かいに座っているリセナの手を優しく取った。
「突然ごめんなさい。僕はメィシー・テューン。里の試練を乗り越えるために、あなたの力を借りたいのです」
「……あの、私……その、まだ、話が見えなくて……」
 レオンの顔をうかがい見るリセナだったが、彼は青年を威嚇するのに忙しそうだったので観念して自分で話し始めた。

「私は魔法が得意なわけでも、特別な力を持っているわけでもありません。試練の助けになれるようなものなんて、なにも……」
「そうですね、あなたの力は目覚めたばかりだから、まだ自覚がないかもしれない。それでも、確かに、あなたには光属性の魔力を強める力が備わっているんです。まあ――使うには、相手との心の繋がりが必要だけれど」
「心の繋がり……。つまり、私がメィシーさんとお友達に……?」
 こてんと首をかしげるリセナに、メィシーは微笑んで応えた。

「ずいぶん偏った情報だな」

 黙って話を聞いていた青年が、静かにリセナを見る。
「お前の力は、全ての属性の魔力に対応する。しかも、発動条件はこの人間に行使するという揺るぎない意志だ。――たとえそれが、洗脳によるものであっても」
 穏やかならぬ言葉に、場の空気が一気に張り詰める。けれど、青年の調子は、相変わらず起伏のないものだった。
「そのエルフの本心なんてわからんし、今は俺に一任されているだけで、魔王もその力を手に入れるためなら何をしてもおかしくない。せいぜい、身の振り方に気をつけることだな」
 警告されても、リセナは困惑することしかできなかった。今まで、人が望む通りにうなずくばかりだったから。
「そんな……私、どうしたら……」
「選ぶのはお前だ。判断に必要な時間くらいはくれてやる」
 突き放しているのか、いないのか、よくわからない返答だった。
「えっと……その、騎士様は、私の意思を尊重してくださるんですか……?」
「グレイだ」
 その単語が彼の名前であることを理解するのに数瞬かかる。そしてリセナが彼の名を呼ぶ直前、レオンがたまらず立ち上がってグレイに詰め寄った。

「お・ま・え・は~! 暗黒騎士なら、なんか謎な感じを貫け! リセナとコミュニケーションを取るな! そもそも実家に帰るって言ってるだろ、ご両親に挨拶でもするつもりか帰れ!」

「あ、レオ、そのことなんだけど……」
 リセナが小声で何事か言おうとした、その時だった。
 馬のいななきと、急激な横揺れ。リセナはメィシーに抱き寄せられ事なきを得たものの、ひとり立っていたレオンは思いっきり窓にぶつかった。
った!? なんなんだよ、もう~!」
 リセナの無事を一瞬で確認し、グレイが長い足を突っ張って体勢を保っていることにイラッとしながら、レオンは窓を開け外に身を乗り出す。

「おじさん、どうしたの!?」
 尋ねられた御者は「もう付き合ってられるかぁ~ッ!!!!」と叫んで、馬と客車を繋ぐ金具を外して走り去って行った。

「えっ、」
 動力を失った客車が段差でつんのめって止まる。その直後、前方に複数の矢が飛んできて地面にドスドスと突き刺さった。
「うわっ!? ちょっと待って何!?」
 辺りを見れば、左右にある崖の上から大量の甲冑がこちらへ弓矢を構えていた。中には、矢じりに火を付けてこちらを焼こうとしている者までいる。

「っ、逃げ――」

 逃げる場所など、どこにもない。そんな状況で客車が内側から真っ二つに斬り裂かれ、剣を持ったグレイと、リセナを両腕に抱えたメィシーが飛び出してきた。

 グレイが鋭く指笛を鳴らすと、空間が裂け、一頭の黒馬が闇の中から走り出る。彼はそれにまたがると、ものの数秒で崖を駆け上がり、甲冑たちを薙ぎ払い始めた。

 メィシーも落ち着いた様子でリセナを物陰に降ろすと、反対側の崖めがけて杖を向ける。
「あれは……魔力を感じないな。誰も入っていないなら、問答無用でいいか」
 エルフの魔法は高度で美しい――というのは一般的な話。杖に固定された透明な宝石に光が満ちたかと思うと、そのまま、大量の魔力が破壊的な光線となって甲冑を消し飛ばした。
 しかし、横一列に並んだ敵を全て仕留めるには効率が悪い。
「不利な地形だな……」
 メィシーが、事もなげにレオンを見やる。
「きみ、リセナの盾になれるかい?」
「……なるべく、早くしてくれよ」
 苦し紛れの笑みを浮かべて、彼はメィシーを崖の方へと送り出した。

 客車の残骸の間へ、リセナと共に身を隠すレオン。
「ああもう、なんだよアレ……! 誰かの操り人形ってこと? ねえ、リセナ、火を放たれたらすぐに逃げるよ」
 左右から鳴り響く破壊の音。反撃を逃れて時折飛んでくる矢。彼だって怖いはずなのに、自分より少しだけ大きな背中は、本当に盾にでもなるかのように彼女の目の前にあった。
 もっとも、彼女の返事はレオンの「うわぁ!?」とか「ひぃっ」とかで、かき消されたけれど。

 その、騒音の中で、ふと。彼女は、すぐ近くから金属音がした気がして振り返った。

「あ――」

 片腕を失った甲冑が、反撃から逃れて一体。もう彼女に届きそうな距離で、残った左腕を伸ばしていた。

 その刹那、

「触るな」

 彼女の後ろから、レオンが甲冑の腕をつかみあげる。耳元で響いたのは、今までリセナが聞いたことのないくらい低く、底冷えするような声だった。
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