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悪役令嬢の慟哭
プロローグ
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惨劇は地方都市ハイデンから始まった。
ハイデンは旧ハイデルフト侯爵領のお膝元で、侯爵の名前と都市の名前のどちらが古いのか既に判らなくなっている程に歴史が深い。だが、ハイデルフト侯爵が反乱を起こして失敗し、爵位を剥奪されたため、ハイデンの名前も変わるのではないかと噂になっている。
そんなハイデンの街の一角にある酒場にて、ある男が自らの武勇伝を披露していた。それは半年近く前からの日常の光景でさえある。男は酔っぱらう度に懐から装飾短剣を持ちだしては、如何に自分がハイデルフト侯爵領主館掃討で活躍したかを語るのだ。ある時はハイデルフトの兵士を千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りをしたと語り、ある時はハイデルフトの兵士を次から次へと鎧袖一触切り捨てたと語り、ある時はハイデルフトの騎士団長を一騎打ちの下で打ち倒したと語る。その時々に応じて武勇伝の内容が変わるのだ。早い話がホラ話である。
聞く側はホラ話だと百も承知だ。男の持つ草臥れた剣が何処にでも売っている安物なのは一目瞭然だし、男の腕は剣を振り上げただけでぷるぷる震えそうな程に細い。誰が見ても男の話が嘘だと分かる。そんなものでも最初の頃は酒の場の余興には丁度良く、目新しさもあって囃し立てもした。だが、話の筋書きに幾つかの種類が有っても、毎日のように聞いていれば数日後には同じ話の繰り返しを聞かされる事になる。いつしか誰も聞かずに男が酔い潰れて静かになるのを待つだけになった。一度「やかましい」と野次ったら余計騒がしいことになったので、暗黙の決まり事のようにして放置する事にしたのだ。
ホラ話なのは分かっているが、装飾短剣を何故男が持っているのか、周りの者は不思議だった。短剣は本物に見えるし、仮に贋作であったとしても安物の草臥れた剣を持つ男が手に出来るような値段ではあるまい。大方ハイデルフト侯爵領主館討伐の際にこそこそと盗み出したのだろうと、皆は予想している。そして、その予想は正しい。
男は誰も聞いてないのを知ってか知らずか武勇伝が終わった後に一頻り管を巻いてから眠り込むのが通例だった。
だが、その日は違った。
ホラ吹き男が使っていて皿の上に有ったフォークが宙を舞う。誰かが投げたのでも弾いたのでもない。フォークは勝手に浮かび上がるとゆっくりとホラ吹き男から遠ざかる。たまたまそれを周りの男の一人が目撃して騒ぎ出す。騒ぎは瞬く間に店中に広がり、店内の注目は全てそのフォークに集まった。
ホラ吹き男はそんな店の様子に皆が自分の武勇伝に聞き惚れているのだと勘違いし、より一層熱を込めて話を続ける。フォークの事は全く目に入っていない。
店の客も店員もフォークを見詰める中、今度は勢いを付けてフォークが動き出す。ホラ吹き男へと一直線に進み、首に深々と突き刺さった。
「ぐあああぁぁぁぁ!!」
ホラ吹き男の絶叫だけが店内に響く。他の者は今見た光景にただただ呆然としている。ホラ吹き男は直ぐに咳き込み始めると血を吐きながらのたうち回り始めた。
そこで漸く周りの客が我に返りホラ吹き男を助けようとしたが、時既に遅く、ホラ吹き男は絶命した。
誰かが呟く。呪いだ、と。その言葉は店内に留まらず、明くる日には町中へと広がった。
町の住人は囁き合う。そう言えばこんな事があった、こう言う事もあった、あれもそうじゃないか、最近起こった奇怪な事件の数々も呪いだったのではないか、やっぱり俺はそうだと思ったんだ、等々、恐怖を込めた噂は留まる事を知らなかった。
呪いの噂で町が恐怖に支配されるのには下地が有った。
半年余り前、ハイデルフト侯爵領主館が討伐され焼け落ちた後の事である。調査をしようとする者、焼け跡から何かを盗み出そうとする者、再開発をしようとする者などその目的は様々だったが、その目的に因らず領主館跡に入った者はその敷地内で次々と不慮の死を遂げた。ある者は穴に落ち、ある者は焼け残りが崩れて下敷きになり、ある者は瓦礫に足を取られ頭部を強打し、ある者は何処からか飛んできた石に頭部を強打された。
犠牲が一人二人であれば噂にも何もならなかっただろう。ところが領主館跡に居れば一時間の内に誰か一人は死亡すると言う頻度であり、不自然に過ぎる死因も有る。誰もが呪いなのだと考え、その噂は町中に広がった。
ただ、その呪いも領主館跡だけの事で、敷地から出てしまえば呪いは及ばなかった。そのため領主館跡に誰も入らないようになり、それと共に噂も徐々に下火になった。
だが、ホラ吹き男の事件は領主館跡の外で起こった。恐慌に陥ったように噂は駆け巡ったのである。
噂を聞いたある男は考えた。領主館跡の外でも呪われるなら入っても入らなくても同じ事だと。その男は領主館跡の瓦礫の中から金目の物を探した。だが、出てくるのはガラクタばかりだ。それもその筈、金目の物は全て討伐軍が略奪して持ち出していた後である。その事を知らず、男は数時間に渡って探したが何も出てこなかった。ただ、考えは正しかったのだと自分を慰めて探索は諦めた。
領主館跡に入っても直ぐに死ぬことがない話も噂として広がるのは速かった。
人々は考える。何故呪いに変化が有ったのか。だが、この時点では誰もその答えに辿り着くことはできなかった。ひとえに、呪いが同じものだと錯覚していた事による。
領主館跡だけに留まる呪いと町中に広がる呪いでは、呪いを振りまく元凶が違っていたのだが、人々にはそれが見えない。もし、ホラ吹き男が刺された現場に居たもう一人の者を誰かが見ることが出来たなら気付いたかも知れない。そう、フォークを持ってホラ吹き男を刺した者こそ、呪いに変化をもたらした原因だった。
その者の名はエカテリーナ・ハイデルフト。死して尚彷徨う彼女の帰還こそが呪いに変化をもたらす事となった。
領主城跡だけの呪いは彼女の父であるハイデルフト侯爵によるもので、エカテリーナと再会した事で成仏し呪いは消えた。
だが、後に「ハイデルフトの怨霊」と呼ばれ、「怨霊」と言う言葉の代名詞ともなったエカテリーナの呪いはここから始まったばかりである。
ハイデンは旧ハイデルフト侯爵領のお膝元で、侯爵の名前と都市の名前のどちらが古いのか既に判らなくなっている程に歴史が深い。だが、ハイデルフト侯爵が反乱を起こして失敗し、爵位を剥奪されたため、ハイデンの名前も変わるのではないかと噂になっている。
そんなハイデンの街の一角にある酒場にて、ある男が自らの武勇伝を披露していた。それは半年近く前からの日常の光景でさえある。男は酔っぱらう度に懐から装飾短剣を持ちだしては、如何に自分がハイデルフト侯爵領主館掃討で活躍したかを語るのだ。ある時はハイデルフトの兵士を千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りをしたと語り、ある時はハイデルフトの兵士を次から次へと鎧袖一触切り捨てたと語り、ある時はハイデルフトの騎士団長を一騎打ちの下で打ち倒したと語る。その時々に応じて武勇伝の内容が変わるのだ。早い話がホラ話である。
聞く側はホラ話だと百も承知だ。男の持つ草臥れた剣が何処にでも売っている安物なのは一目瞭然だし、男の腕は剣を振り上げただけでぷるぷる震えそうな程に細い。誰が見ても男の話が嘘だと分かる。そんなものでも最初の頃は酒の場の余興には丁度良く、目新しさもあって囃し立てもした。だが、話の筋書きに幾つかの種類が有っても、毎日のように聞いていれば数日後には同じ話の繰り返しを聞かされる事になる。いつしか誰も聞かずに男が酔い潰れて静かになるのを待つだけになった。一度「やかましい」と野次ったら余計騒がしいことになったので、暗黙の決まり事のようにして放置する事にしたのだ。
ホラ話なのは分かっているが、装飾短剣を何故男が持っているのか、周りの者は不思議だった。短剣は本物に見えるし、仮に贋作であったとしても安物の草臥れた剣を持つ男が手に出来るような値段ではあるまい。大方ハイデルフト侯爵領主館討伐の際にこそこそと盗み出したのだろうと、皆は予想している。そして、その予想は正しい。
男は誰も聞いてないのを知ってか知らずか武勇伝が終わった後に一頻り管を巻いてから眠り込むのが通例だった。
だが、その日は違った。
ホラ吹き男が使っていて皿の上に有ったフォークが宙を舞う。誰かが投げたのでも弾いたのでもない。フォークは勝手に浮かび上がるとゆっくりとホラ吹き男から遠ざかる。たまたまそれを周りの男の一人が目撃して騒ぎ出す。騒ぎは瞬く間に店中に広がり、店内の注目は全てそのフォークに集まった。
ホラ吹き男はそんな店の様子に皆が自分の武勇伝に聞き惚れているのだと勘違いし、より一層熱を込めて話を続ける。フォークの事は全く目に入っていない。
店の客も店員もフォークを見詰める中、今度は勢いを付けてフォークが動き出す。ホラ吹き男へと一直線に進み、首に深々と突き刺さった。
「ぐあああぁぁぁぁ!!」
ホラ吹き男の絶叫だけが店内に響く。他の者は今見た光景にただただ呆然としている。ホラ吹き男は直ぐに咳き込み始めると血を吐きながらのたうち回り始めた。
そこで漸く周りの客が我に返りホラ吹き男を助けようとしたが、時既に遅く、ホラ吹き男は絶命した。
誰かが呟く。呪いだ、と。その言葉は店内に留まらず、明くる日には町中へと広がった。
町の住人は囁き合う。そう言えばこんな事があった、こう言う事もあった、あれもそうじゃないか、最近起こった奇怪な事件の数々も呪いだったのではないか、やっぱり俺はそうだと思ったんだ、等々、恐怖を込めた噂は留まる事を知らなかった。
呪いの噂で町が恐怖に支配されるのには下地が有った。
半年余り前、ハイデルフト侯爵領主館が討伐され焼け落ちた後の事である。調査をしようとする者、焼け跡から何かを盗み出そうとする者、再開発をしようとする者などその目的は様々だったが、その目的に因らず領主館跡に入った者はその敷地内で次々と不慮の死を遂げた。ある者は穴に落ち、ある者は焼け残りが崩れて下敷きになり、ある者は瓦礫に足を取られ頭部を強打し、ある者は何処からか飛んできた石に頭部を強打された。
犠牲が一人二人であれば噂にも何もならなかっただろう。ところが領主館跡に居れば一時間の内に誰か一人は死亡すると言う頻度であり、不自然に過ぎる死因も有る。誰もが呪いなのだと考え、その噂は町中に広がった。
ただ、その呪いも領主館跡だけの事で、敷地から出てしまえば呪いは及ばなかった。そのため領主館跡に誰も入らないようになり、それと共に噂も徐々に下火になった。
だが、ホラ吹き男の事件は領主館跡の外で起こった。恐慌に陥ったように噂は駆け巡ったのである。
噂を聞いたある男は考えた。領主館跡の外でも呪われるなら入っても入らなくても同じ事だと。その男は領主館跡の瓦礫の中から金目の物を探した。だが、出てくるのはガラクタばかりだ。それもその筈、金目の物は全て討伐軍が略奪して持ち出していた後である。その事を知らず、男は数時間に渡って探したが何も出てこなかった。ただ、考えは正しかったのだと自分を慰めて探索は諦めた。
領主館跡に入っても直ぐに死ぬことがない話も噂として広がるのは速かった。
人々は考える。何故呪いに変化が有ったのか。だが、この時点では誰もその答えに辿り着くことはできなかった。ひとえに、呪いが同じものだと錯覚していた事による。
領主館跡だけに留まる呪いと町中に広がる呪いでは、呪いを振りまく元凶が違っていたのだが、人々にはそれが見えない。もし、ホラ吹き男が刺された現場に居たもう一人の者を誰かが見ることが出来たなら気付いたかも知れない。そう、フォークを持ってホラ吹き男を刺した者こそ、呪いに変化をもたらした原因だった。
その者の名はエカテリーナ・ハイデルフト。死して尚彷徨う彼女の帰還こそが呪いに変化をもたらす事となった。
領主城跡だけの呪いは彼女の父であるハイデルフト侯爵によるもので、エカテリーナと再会した事で成仏し呪いは消えた。
だが、後に「ハイデルフトの怨霊」と呼ばれ、「怨霊」と言う言葉の代名詞ともなったエカテリーナの呪いはここから始まったばかりである。
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