悪役令嬢の慟哭

浜柔

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序章

悪役令嬢の徘徊

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「ん……あ?」
 なんだか暗いです。真っ暗と言うほどではなく、周りがうすぼんやりと見えます。

 どうやら中途半端な時間に目が醒めたようで、どう見ても夜です。その証拠に満天の星が見えます。
 眠気は有りませんが、明日の昼間に眠たくなってもいけませんので朝まで寝直すとしましょう。目を瞑っていればきっと睡魔も襲ってきますから。満天の星の下で眠るのも素敵じゃありませんか。

 ……はて?
 星? 何故星が見えるのでしょう?
 それよりも下に見えるのはレンガです。私としたことが何故かレンガの地面で寝ています。嫌ですわ。なんて事でしょう。早くお屋敷に戻らなければいけません。
 立ち上がるといたしましょう。
 変です。立ち上がった筈なのに見える景色が変わりません。どうして地面に横たわった景色のままなのでしょう?
 あ、あれ? バランスが取れません。〈こけっ〉
「わきゃーっ!」〈ぺたん〉
 転けてしまいました。痛くなかったのは不幸中の幸いです。でも、でもです。何やら見たくないものが見えている気がします。ああ、だけど確かめたくなくても確かめない訳にはいかない気がします。〈おそるおそる〉
「ひぃええええええぇぇぇぇーっ!」
 人です。首がありません。切り口を見てしまいました! グロですわーっ! に、逃げ……だ、誰か……、と、とにかくここから離れませんと!
「いぃやぁぁぁぁーっ!」
 首がないのに動いてます。お化けです! パニックですーっ!
「はぅっ」
 一瞬意識が飛びかけました。ですがその所為か少し落ち着きました。
 頭を抱えます。〈すかっ〉
 はい? あ、頭が……私の頭が有りません。どこに行ったんですのーっ!
 あ……あ……あ……あれ? 首無しお化けがおろおろしてます。ま、まさかですよね?
 右手を上げてみます。首無しお化けが右手が上げます。
 左手を上げてみます。首無しお化けが左手が上げます。
 左手を下げてみます。首無しお化けが左手が下げます。
 右手で左胸を押さえてみます。首無しお化けが右手で左胸を押さえます。
 のぉぉぉぉーっ! あれは私なんですのぉーっ!

 気絶できれば楽だったでしょうけれど、残念ながらぼーっとして気を落ち着ける程度の事しかできません。しかし気を落ち着けるに従って色々と思い出しました。
 私はエカテリーナ・ハイデルフト、生前は侯爵令嬢を務めておりましたが反乱の首謀者の一人としてギロチンに掛けられて最期を迎えました。反乱そのものには関与していなかったのですが、お父様が反乱の首謀者だった事もあり、当時王太子である現国王と彼が熱を上げていたビッチとしては対立する私を貶めるのに都合が良かったのでしょう。
 前世の記憶が蘇った私は、この世界が乙女ゲームとそっくりで、ゲームでは悪役とされて悲惨な最期を迎える私の運命に気付きました。それを回避したかったのですが運命には逆らえませんでした。いえ、もしかすると諦めていたのかも知れません。
 横死の元凶たる現国王らに思う事はありますが、今はそれどころじゃありません。頭と身体が生き別れ? になったままだと身動き取れませんので、まずはそれをどうにかいたしましょう。

 まずは立ちます。〈よろっ〉
 とっとっとっと……〈けりっ〉
「わきゃあぁぁぁ!」〈ころころころ〉
 目、目が回りますぅ。〈ふわっ〉〈ひゅ~~〉〈ぽてっ〉
 よろけて自分の頭を蹴飛ばしてしまいました。その所為で台から落ちてしまったようです。今まで処刑台の上に居たのでしょう。切断面を見たくなかったからと立ってしまったのは大失敗です。
 しかし困りました。下からでは台の上の身体が見えません。救いは身体の位置が概ねであれ判る事でしょう。
 今度は四つん這いで移動します。〈とてとてとて〉
 少々あっち行ったりこっち行ったりしてしまいましたが身体が見えてきました。〈とてとてとて〉
 はて? 身体が浮いてます?
 気付けば宙に手を突いているように見えます。〈ぐらっ〉〈ひゅ~~〉〈とさっ〉
 身体が浮いていると気付いた途端に落ちてきました。気付かなかったらそのまま宙に浮いたまま移動していたかも知れません。
 それはともかくとして、頭を拾って身体と首を繋げる所から始めましょう。
 首を合わせて〈ぎゅっ〉と抑えて〈パッ〉と手を放します。〈ころころころん〉
「ひゃあぁぁぁぁ!」〈ぽてっ〉
 失敗して首が転がり落ちてしまいました。もう一度です。〈ぎゅっ〉〈パッ〉〈ころころころん〉
「ひいぃぃぃぃ!」〈ぽてっ〉
 〈ぎゅっ〉〈パッ〉〈ころころころん〉
「ひゅうぅぅぅぅ!」〈ぽてっ〉
 〈ぎゅっ〉〈パッ〉〈ころころころん〉
「ひえぇぇぇぇ!」〈ぽてっ〉
 〈ぎゅっ〉〈パッ〉〈ころころころん〉
「ひょおぉぉぉぉ!」〈ぽてっ〉
 目が回りました。

 私は結構余裕なようです。前世のずぼらな性格もかなり混じってしまっているのを感じます。
 前世の記憶が蘇ってから死ぬまでの間は性格が混じってしまっている事すら気付いていませんでした。とことん余裕を無くしてしまっていたのでしょう。その事は失敗ではありますが、今更後悔しても仕方ありませんのでその他も含めてすっぱり忘れてしまう事にいたしましょう。

 首は繋がっていませんがここにじっとしていても何も始まりません。頭を首の上に両手で支えるようにしておけば視覚に違和感は無いようなので、これで暫くは凌ぐ事にいたします。しかしながら、頭を穴のような所に落としてしまっては取り返しがつきませんので慎重に参ります。

 最初に処刑場入り口脇へと参ります。斬首された首が晒されている筈ですので確認しなければなりません。
 並んでいる首には知らない方もいらっしゃいますが、ハイデルフトの屋敷へよくいらした方もいらっしゃいます。表情からご無念でらした事が窺えます。私のように迷うことなど無く、天に召されている事を願わずにいられません。
 残念な方の首も有ります。諸悪の根源とも言うべきゲームの主人公に相当するビッチに犬のように付き従っていたポチ男です。私が処刑される直前に前国王を暗殺した実行犯ですが、ビッチの命令だった事は疑う余地が無いでしょう。ポチ男は殉死したつもりなのか、恍惚としていて大変気持ち悪いです。ビッチの捨て駒にされた事に気付いていたのかどうかも怪しい所です。
 次は私の……。
「どっひぇええええぇぇぇ!」
 怖い! 怖いです! 自分の事ながら飛び散った血を浴びたままの恨みのこもったような笑顔が怖いです! 現国王が今際の際の私を見て恐怖に引き攣ったようにしたのも納得です。我ながら随分恨んでいたようです。生前は心労で一杯一杯になっていて気付いていませんでした。
 私の首の横にはお父様がいらっしゃいます。とても悲しそうな表情をしてらっしゃいます。
「ああ……お父様……」
 お顔を拝見して悟りました。お父様が反乱を拙速に実行に移したのは私の為だったのです。私が相談などしなければお父様が逝ってしまわれる事がなかったかも知れません。お父様が亡くなったのは私の所為でもあります。
 更に僅かな時間としても、お父様より先に没してしまった私はとんだ親不孝者です。悔やんでも悔やみきれません。嗚咽が溢れてしまいます。
「あ……あああ……わあああぁぁぁ……」

 ひとしきり嗚咽を漏らしてしまえば、少し落ち着きました。涙を流せればもっと悲しみを流せてしまえたのでしょうか。
 さあ、気を取り直して次へ参りましょう。腰の辺りで両手に握り拳を作って気合いを入れます。
「ふんっ」〈ころん〉
「はわわわ」〈ひゅー〉〈ぽてん〉
 あ、頭、頭、頭……。〈わたわた〉
 ふぅ、うっかり頭から手を放してしまいました。少し焦りました。

 処刑場の建物の中へ入ろうとしましたが扉も開けられませんし、どうしましょう?
 処刑場はコの字状に貴族らの為の観覧席が設けられていて、地下には牢屋などが備えられています。目的は地下に有ります。グロいのは好みませんが、晒し首同様に見ておくべきでしょう。しかし、入れないのでは目的が果たせません。
 扉にもたれ掛かりつつ空を見上げると星空が広がっています。真っ赤な真ん丸な月が綺麗です。
 そんな現実逃避を若干交えつつ考えます。扉を開けられないなら擦り抜けてしまいたいのですが、幽霊なのに出来ないのは何故なのでしょう?
 扉が端から開いていれば悩むこともなかったのに、と益体のない事を思いつつ扉が開いている所を想像してみます。〈ふわっ〉
「え?」〈とさっ〉
 私は何故後ろに倒れてしまったのでしょう? 疑問は尽きま……はて? 気付けば建物の中に居ます。辺りを見回すと……足が扉に突き刺さってます?
「ひゃっ」
 思わず足を引っ込めてしまえば、足はしっかり付いています。擦り抜けてしまったのですね。

 宙を歩いていた件を合わせて暫く理由を考え、扉を擦り抜けられるかどうか等は私の認識次第と言う結論に達しました。
 ならばやらねばなりません。首を繋げましょう。今は事切れた時点の姿のようですが、生前の姿になってしまえば繋がる筈です。
 首を合わせて〈ぎゅっ〉と抑えて生前に姿見で見ていた自分の姿を思い浮かべます。そして恐る恐る手を放します。
 ふっふっふっふっ、成功ですわ! これで恐れるものは何もありませんわ! 〈ころころころん〉
「ほえぇぇぇっ!」〈ぽてん〉
 ゆ、油断大敵です。慣れるまでは生前の姿を常に思い浮かべる必要がありそうです。それでもこれで不自由なく移動できます。

 処刑場の建物の中では、晒された首と同じ数だけ首無しの遺体が有るのを確認できただけでした。
 建物の中には兵士の詰め所らしき所で数人の兵士が居眠りしていた他に、沢山の方がいらっしゃいました。少々生気のない顔をした方が多く、足音も無く歩かれる方ばかりでした。足音が聞こえないものですから気付かない内に横にいらっしゃる事もあって、そんな時にはビクッとなってしまいました。暗くて足下がよく見えなかった為に、どのように足音を立てずに歩いてらしたのかは判りませんでした。他にも、治療所から抜け出して来たのか、血塗れの方には驚かされました。
 処刑場と言う場所柄、お化けが出るかとビクビクしてしまっていたのですが、多くの人がいらっしゃっただけで全く杞憂でした。
 ですが、大勢の方がこんな場所で夜中に活動しているとは不思議なこともあったものです。

 ハイデルフト家の屋敷へ帰る為に外に出ると、白く輝く月が間もなく西の空に沈みそうでした。夜もうっすら白み始めていますから、そろそろ起き出してくる方もいらっしゃる事でしょう。気分的に出来れば誰にも会わずに屋敷まで帰りたいのですが、城壁の外に有る処刑場からは少々距離が有り、帰り着く頃には夜が明けて人が出歩き始めているのは確実です。ただ、舞い上がる砂埃からすると風が少々強いようですから、多少は出歩く人が少ないかも知れません。

 夜明け前の閉ざされた城門を擦り抜けて屋敷へと向かった筈だったのですが、迷いました。いっそ清々しいまでに迷いました。常日頃、馬車で移動していたために道など覚えていなかったのが仇になりました。そして迷い込んだのが柄の良くなさそうな下町です。
 その下町で目に付いたのは不審な行動をする男達です。
「急げ! 早くハイデルフトの屋敷に行かねーと他の連中に先を越されちまう」
 その台詞が何を意味するのか考えるのを頭が拒否してしまいましたが、男達が屋敷へと向かうのだけは理解しましたので、付いていくことにしました。
 移動中、何故かしょっちゅう猫と目が合いました。黒猫、白猫、茶トラなど色々居ましたが、私が見えているのでしょうか?
「おい、なんだか猫が俺らの後ろを見てねーか?」
「あ、ああ。なんだか気持ち悪いな」
 そんな会話を男達がする位ですから見えていると考えた方が良さそうですね。ものは試しに近くの猫に近付いてみます。
〈ふぎゃぁぁぁぁ!!!〉
 近付いた途端に猫が毛を逆立てて威嚇してきました。猫に手を伸ばしてみます。〈しゃっ〉
 爪を出して猫パンチが飛んできました。当たりましたが今の私には痛くも痒くもありません。
〈ぎにゃぁぁぁぁぁ!!!〉
 引き際の潔い猫でした。あ、壁にぶつかった。猫は慌てすぎです。
「おい、なんかこえーよ」
「この位でビビんじゃねーよ。稼げるときに稼がなくてどうするよ」
「お、おう」

 辿り着いた屋敷を見て私は呆然としました。庭は踏み荒らされて植えられていた花は無くなっており、玄関の扉は失われ、窓も失われているか壊されています。
 中に入ってみれば、壊れた家具等が幾らか転がっているだけで何もありません。幾つかの部屋を見て回りましたがどこも同じです。
「絨毯くらいしか残ってねーな」
 男達のそんな声が聞こえます。考えたくなかったのですが屋敷は略奪者によって荒らされ、根刮ぎ略奪されてしまった後でした。そして、男達はそんな略奪者の一党です。
 どうしてくれましょうか?
 湧き上がる怒りを覚えつつ屋敷を見回ると、何処の誰とも知らぬ骸が幾つも転がっています。略奪者同士で殺し合ったのでしょう。
 そんな中に執事長とメイド長の遺体が混じっていました。
「なんて事……」
 ハイデルフトに殉じてしまった彼らに報いる事ができない我が身が歯痒いばかりです。
 ふと男達の方を見ると必死に絨毯を剥がしています。強欲なことです。
 男の一人の後ろにナイフが転がっています。ナイフを拾おうとしましたが重たい上に手から擦り抜ける感覚が有って難しいです。それでも何度かの失敗の後、どうにか持ち上げることに成功しました。
 傍の男は私がナイフを取り落とした音に気付かなかったのか振り向きもしていません。
「ふんっ!」
 気合いと共に持ち上げたナイフを男の背中に突き立てました。
「いてえ!」〈ゴトッ〉
 不本意ながらほんのちょっぴりしかナイフは刺さらず、私の手から離れて床に落ちました。
 男は背中に手をやって出血しているのに気付くと、落ちているナイフに目を落とした後で周りを見回します。
「おい、このナイフはおめぇの仕業か?」
 男は自分の後ろに少し離れた所に居る仲間に尋ねますが、勿論尋ねられた仲間が知るはずがありません。
「あ? 何言ってんだ?」
 そんな返答に男は激高します。浅はかな事に、男達の仲間内での殺し合いに発展するまでに、然程時間は掛かりませんでした。

 男達が仲間割れしているのを余所に、私は自室やお父様の書斎など全て見て回りましたが、何も残っていませんでした。王都の住人とはなんと邪で強欲な事でしょう。このまま屋敷が荒らされ放題になるのは看過できません。それに、執事長とメイド長の弔いも必要です。
 男達が念のために持って来ていたのだろうランプに火を点し、散らばっている布切れに火を点けてはばらまきます。
 意外とよく燃えます。
 出火に気付いた男達が逃げていきますが、彼らには後で報いを受けていただくとしましょう。

 屋敷全体に火が回りました。これでもう屋敷も執事長やメイド長も穢される事は無いでしょう。
 強い風に煽られて風下へと類焼しているのはご愛敬です。

 下町で逃げた男達を見つけて屋敷と同じ運命を辿らせた後、ハイデルフト侯爵領へと向かうことにします。同じ方向へ向かう商人の馬車にでも便乗すれば大丈夫だろうと思います。

    ◆

 ハイデルフト侯爵領の領主館に到着しました。
 途中、明後日の方向へ向かう馬車に乗ってしまったり、馬車から転げ落ちたり、馬車が見つからず徒歩で移動する際に近道をしようとして森で迷ってしまったりしたのは、ここだけの秘密です。
 とどのつまり、大丈夫じゃありませんでした。
 その所為で、到着までに半年ばかり経ってしまっています。
 そして、目の前の領主館はと言えば、見事なまでに焼け落ちています。

 領主館に入り食堂だった場所に行くと、お母様とお兄様、それに何時の間に帰ってこられたのかお父様が佇んでいらっしゃいます。私が駆け寄ると、皆微笑みで迎えてくれます。そして光となって消えてしまわれました。
 三人とも私を待っていてくださったのですね。そしてこれ以上迷うことなく旅立たれたので安心しました。
 だけども私はまだ逝けません。我ながら業の深いことです。

 酒場などで住民の会話を盗み聞いて判りましたが、半年以上の間、領主館が放っておかれたのはお父様達の所為のようです。きっと私を待つためだったのでしょう。この先は再建されるなりされるのではないでしょうか。
 また、王都の火事の噂はハイデルフト領まで届いておりました。なんでも、王都の三分の一を焼失して「ハイデルフトの大火」と呼ばれているとか。
 ですが、この程度で終われる筈がありませんわよね?
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