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338~345 箱庭

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【338.箱庭】
「マップ」

 ヒーラーは魔王から借り受けたダンジョンの区画、箱庭でコマンドを唱えた。
 すると空中に箱庭の地図が表示された。箱庭で迷子になったら目も当てられないと、魔王が用意した物だ。異世界のテレビゲームでお馴染みである。
 このマップは一種の使い魔で、普段は透明になって箱庭の所有者に常に付いて回り、コマンドが唱えられたら地図を表示する能力だけを持っている。
 魔王は魔道具的なものにすることも考えたが、道具だったら置き忘れることもある。得てして迷う時はそんな時だ。だから荷物になるものにはしなかった。

「便利なものですね……」

 日頃は目的地までの道順をハンターに任せっきりの5人パーティーだから、地図の作り方なんて知らないヒーラーだ。どこに何が在るのか判らないまま動いては早晩迷ってしまうだろう。

「川沿いに行ってみましょう」

 家を建てるなら川に近い場所が良い。ヒーラーはその候補地の下見をしようと考えた。
 そして数分後。

「わたしはどうして森の中に居るのでしょう……」



【339.ヒーラーが迷う一方で】
 魔法使いはマップを頼りに砂の浜辺に到着した。

「海だわ!」

 一見すれば海が遠くまで広がっているように見える。しかし実際には最も遠い場所でも100メートルくらい沖合で壁だ。壁に適当な映像を投射しているだけなのである。その証拠に遠くの方でこの世界には無いタンカーがケシ粒程度に映っている。魔法使いの目で視認できるようなものではないが。
 魔法使いは波打ち際で、真っ白な砂を手で撫でながら、透き通った水を見詰める。

「泳いでみたいわね……」

 魔法使いは衝動に駆られた。しかし水着なんて持って来てはいない。服を濡らせば帰り道が気持ち悪い。となれば、産まれたままの姿でとなるのだが……。
 周囲を見回した。誰かが来てしまわないかと。
 だが、当然ながら誰も居ない。ここに来る前に魔王から説明を受けたことだ。この魔法使いの区画に入るには魔法使いが直接迎え入れる必要がある。そして今はパーティーの仲間も含めて迎え入れている人は居ない。
 魔法使いは逡巡したが、意を決して服を脱ぎ捨てた。
 バシャバシャと水の音が響く。

「つんめたーい!」

 満面の笑顔で泳ぎ回るのであった。



【340.海水浴】
 魔法使いは浅い場所で海に沈めていた身体を起こして立ち上がり、水の上へと上半身を露わにする。濡れた髪を手櫛で撫でる。

「水も滴るいい女とはこのことよね」

 一人悦に入る。……水も滴るの意味は違っているが。
 そして砂浜に上がって身体が乾くのを待った。

「肌がカピカピする……。それに何だかジャリジャリ……」

 肌の違和感に撫でてみれば、粉ほどの砂が付いたような感触だ。砂浜に寝っ転がってはいないし、微風だから砂が飛んだとも考えられない。そしてよくよく見ると白い。
 魔法使いははたと気付いて舐めてみる。

「塩だわ、これ……」

 眉をへの字に曲げ、がっくりと肩を落とす魔法使いである。



【341.塩塗れ】
「川があるじゃない」

 魔法使いは身体を洗える場所を探してマップを開き、川に目を付けた。
 そして言い訳臭い独り言を言う。

「服を着るのは身体を洗ってからにしたいし、誰も居ないんだからマッパで行ってもいいわよね」

 塩塗れのまま服を着たら服まで塩塗れになるので、身体を洗ってからにしたいのは本当だ。直ぐに身体を洗いたいのも。
 ただ、即時性を求めるなら魔法で水を出せば良いことである。それを半ば無意識に除外して川まで行こうと言うのは、全裸で歩き回ってみたかっただけと言っても過言ではない。テニス勝負で剣士や槍士にも全てを晒してしまってから全裸への抵抗感が薄れている。
 それでも地上のどこかなら危険を伴うのでそうしようとは考えもしなかった筈だ。虫刺されが致命傷になることだってある。
 しかしこの箱庭ではそんな心配が無い。魔王が所有者やその客を傷付けない機能を付け加えているからだ。
 魔法使いとしては説明を聞いただけではどこまで本当か判らない。しかしものは試しでもある。

「あー、なんかぞわぞわする」

 魔法使いは川へ向けて出発して直ぐ、空いた手で身体のあちこちを撫でた。緊張からか、肌を撫でる風をいつもより強く感じる。普通ではあり得ないシチュエーションに心臓も早鐘を打った。



【342.川】
 魔法使いはの心臓は道半ばで平静を取り戻した。緊張も消え、今度は肌を撫でるその風を心地好く感じる。人目も危険も気にせずに済むならずっとこのままでも良いくらいとまで考えた。
 川まで歩いて30分ばかり。着いた川は透き通った清流で、川面がキラキラと煌めいている。
 が、一刻も早く身体に付いた塩を洗い流したい。光景を楽しむこともなく川に分け入った。

「冷たっ」

 海よりも冷たい。しかし震え上がるほどではない。浅く、流れも比較的穏やかな場所でゆっくりと腰を下ろしてみる。肌が引き締まる感じがして、むしろ心地好いくらいだ。顔を洗ってから、顔だけ水面に出すように仰向けに寝そべって塩を流す。
 そのまま暫し揺蕩ってみる。

「ひゃーっ! やっぱり駄目だわ!」

 バシャバシャ盛大に水音を響かせて川から上がる。長居するには水が冷たすぎた。



【343.川から】
 魔法使いは川から上がった直後こそ背筋にぶるっと震えを感じたが、直ぐに身体が火照ってくる。冷たい水から上がった反動だ。しかしこれでは服を着たら尚更暑いと感じた。

「ま、いっか。このまんまで」

 砂浜からここまで全裸で来たのだ。帰りの転移陣まで歩いてどれ程の違いがあろうか。
 時間も結構経ったので帰りの道に就く。

「慣れたら何だか開放感があるわ!」

 何となく身体が軽い。何故かそれ以上に手の中が軽い。
 慌てて踵を返して川へと走る。

「服置き忘れた!」

 半べそであった。



【344.その頃】
「何にもねぇな。これでどうしろってんだ?」

 ハンターはぶつくさ言う。広い土地だけ渡されてもどこから手を着ければ良いのか判らない。

「こんなの貰ってもなぁ」

 剣士は区画の使い道を思い付かなくて困惑する。

「ふむ、農業か……」

 槍士は一目で肥沃と判る区画を見て、俄然農業に興味を抱く。

「お、美味しいですぅ」

 ヒーラーは森で見付けた果物を貪っている。



【345.下見は終わり】
 5人パーティーがそれぞれに区画の下見を終えた夕食の時間。魔王は新しいルールを皆に話す。

「皆に貸し与えた箱庭にダンジョンポイント制を設けることにした」
「ダンジョンポイント? 何だそりゃ」
「まあ待て、今から話す」

 疑問を投げかけるハンターを制して魔王は続けた。
 ダンジョンポイントは箱庭でのみ通用する通貨のようなものだ。最初に100ポイント、それ以降は毎日10ポイントずつ与える。
 これを貯めて魔王が用意した品物を交換するだけでも良し。区画で何らかの生産を行うのも良し。生産による成果物があれば、その成果物をダンジョンポイントに交換することもできる。
 区画をいち早く好みの世界にするには生産によってダンジョンポイントを稼ぐ必要がある。
 オリエに箱庭ゲームを引き合いに出して説明したことが切っ掛けで思い付いたことであった。

「道具や何かもそれで買えるってことか?」
「そうだ。道具や作物の種などだけでなく、耕した土地なんてものもあるぞ」
「おおー」

 どこを突っ込めば良いのやら判らないくらい凄いと、ハンターは唸り声を上げた。
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