生活魔法は万能です

浜柔

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243 時々こうなる

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 ルキアスは何となく視線を感じたので周りを見てみると、店の幾人かの客が引き攣った表情でエリリースを見ていた。引いたのは自分だけではないことにささやかな安堵を覚えたのは不条理であろうか。
 だがエリリースの特訓を一概に否定もできない。エリリースがオークの大群を前に動けなくなったのは精神面が原因だった。オークの見た目への拒絶が身体の動きを止めてしまったのだ。精神面の変革は恐らく必須だった。

「だけどちょっとやそっとでは克服できるようには思えなかったんですけど……。兜煮って本当に効果あったんです?」

 ルキアスはこそっとリュミアに尋ねた。こそっとと言っても同じテーブルに着いている他の二人には丸聞こえだ。エリリースがそれを克服したのだと言わんばかりに胸を張る。ところがそのエリリースの目の焦点が少々定まっていないようにルキアスには思えた。
 リュミアが苦悶するかのように柳眉を寄せる。

「わたしも聞いた話なのだけど……ね。最初は料理の目も合わせられなかったらしいの……ね。だけどご両親が食べ物に関しては少し……、かなり……、とても厳しくて……ね。自分で用意させたのなら粗末にするのは許さない……と」
「あ……あ……あ……あ……」

 突然エリリースがガタガタと震えだした。その目の焦点は合っていない。

「い……、いけませんわ。そ、そんなに押し付けられましても。あ……あ……、口に入って……」
「エ、エリリース!? リュミアさん! エリリースは!?」

 ルキアスがおろおろと取り乱し、リュミアはまた頭を抱えた。
 ルキアスが落ち着くのを待ってリュミアが話したのは、食べるまでずっと兜煮の前に座らされ、それでも食べなければ口に押し込まれるまであったエリリースの様子だ。一口だけでも食べれば是。しかし残せば次の食事でも温め直されたものが目の前に置かれる。終いには兜煮が原形を留めていなかったと言う。
 話を聞いていて思わず身震いするルキアスだ。
 そうする間にも店員が変なものを見るようにエリリースを見ながら注文した料理を置いてそそくさと立ち去る。一度振り返った表情は戦々恐々だ。多少騒がしくても触らぬ神に祟り無しなのであろう。

「特訓以来、その時の事の話をすると時々こうなるの……ね」
「ええ!? 全然大丈夫じゃないですよ? これでオークと戦えるなんて思えないんですけど」
「そこは大丈夫……ね。第二階層で確かめたから……ね」

 リュミアのお墨付きがあればルキアスも安心でき……る?
 ルキアスがエリリースの様子を見れば、その目の焦点は未だ定まっておらず、ルキアス達の話も聞こえていない様子だ。
 安心できる自信など持てなかった。しかしリュミアが言うなら信じるより無いのだ。

「じゃあ、その、オークとも戦えるってことで……?」
「勿論ですわ! お任せですわよ!」

 何故か一瞬で復活を果たしたエリリースがまた胸を張って言った。

「そ、そうだね……。お願いしよう……か……な?」

 ルキアスがリュミアにお伺いを立てるようにしながら答えると、リュミアは溜め息混じりに頷いた。

「そうと来たら景気づけですわ」

 ルキアスにはどこが景気づけなのか判らなかったが、エリリースは注文した料理をかなりワイルドに頬張った。
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