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第八話 通達-1
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「雇っていた傭兵に襲撃された挙げ句の転落死とは、あの浪費家には相応しい死に方ではあるな」
ベグロンド伯爵はボナレス伯爵死亡の報告を聞いて呟いた。
ただ、事実は報告とは少し違う。ハイデンから帰還した部隊はボナレス伯爵と交渉を試みたのだ。ハロルドとベックが姿を眩ましたことで駐留軍内において最も階級が高くなった第一大隊副隊長を中心にして申し入れた。拒む伯爵に対して武力行使も辞さない覚悟で臨んだことから、城館の衛兵が折れて代表となる数人を伯爵の許まで案内した。
そしてそんな彼らの目の前で起きたのが伯爵の投身騒ぎである。
それ故に傍から見れば襲撃に見えなくもない状況だっただけなのだが、報告を聞くだけのベグロンド伯爵に知る術は無い。
それよりもベグロンド伯爵にとって重大、そして眉を顰めるのが合わせて届けられた通達だ。
「何故、ボナレスの皺寄せがわしに来るのだ?」
ハイデルフト領内のボナレス伯爵が担当していた地域の治安維持をベグロンド伯爵に一任すると言うものだった。
ベグロンド家の悲願は侯爵への陞爵だ。だが、近年は戦争が起きることもなく、手柄を立てる機会が無い。地道に務めを果たすだけでは陞爵は夢のまた夢である。そこに起きたのがハイデルフト侯爵による反乱だった。
ベグロンド伯爵は千載一遇の好機だと考えた。当時の立場はハイデルフト侯爵寄りであり、そのままハイデルフトに味方すれば反乱は成功するように思われた。しかしである。ハイデルフトに従う形で反乱に参加したのでは、反乱が成功したとしてもハイデルフトの風下に立つことに変わりがない。また、一時的にも反乱軍の立場になるのは屈辱であり、矜恃が許さない。加えて、王朝が変わる事態ともなれば、先祖代々の苦労が水の泡になってしまいかねない。
だからベグロンドはハイデルフトに牙を剥いた。ボナレスの口車に乗ったように見えてしまうのは業腹だったが、対等な立場で手を結んだので許容範囲と考えた。
そしていち早く王都とハイデルフト領へと軍を進め、王都では防衛で、ハイデルフト領ではハイデルフト家に連なる者を討ち取ることで功績を上げた。筈だった。
意気揚々と国王に謁見したが「大義であった」と言う言葉以外褒賞も何もない。思わず抗議すると、叱責され追い出された。
国王が代替わりしてもそれは変わらず、ベグロンド伯爵は憤懣やるかたなかった。
ベグロンド伯爵に褒賞は与えられなかったが、義務は発生した。ハイデルフト領に攻め込んだ領主、即ちベグロンド伯爵、ボナレス伯爵、そしてモーダルタ子爵の三領主にハイデルフト領の治安維持が命じられたのだ。独自の判断でハイデルフト領に攻め込んだのなら最後まで責任を持て、と言うのである。だが、領地に組み込まれてはいないため、徴税権が無い。
伯爵にとって更に不満だったのは、ベグロンド領に比べて広大なハイデルフト領の半分以上の地域を担当させられることだった。それは、ベグロンド領よりも広い。
それだけでは終わらない。モーダルタ子爵の嫡男によって国王が暗殺されたことでモーダルタ子爵家が粛正されると、モーダルタが担当していた地域もベグロンド伯爵に任せられた。
任せられても対応する余力が無く、その殆どを放置するしかないような状態だ。
その上で今回の通達である。結果的にハイデルフト領全ての治安維持をベグロンドが受け持たねばならなくなった。それも徴税権が無いままでだ。だからと言ってボナレスの行った略奪のような恥知らずな真似ができる筈もなく、完全な持ち出しになる。通達通りに対応しようものなら、数年の内にはベグロンドの貯蓄が底を突く。
ベグロンド伯爵は漸くハイデルフト侯爵が反乱を起こした理由を知った思いだったが、今となっては遅きに失した。
他領と言えど民衆が虐げられるのは本意ではない。だが、先立つものが無い。何かを切り捨てなければベグロンドの民まで困窮してしまう。苦渋の決断として、ボナレスが担当していた地域は見捨てることにした。既にモーダルタが担当していた地域の大半は見捨てている。それが増えたところで大差はない。この際だからベグロンド領の治安を脅かしかねない範囲ににまで縮小するのも良い。
伯爵はそう考え、決断した。
ベグロンド伯爵がモーダルタ担当だった地域を見捨てたのには、余力の不足以外にも一応の理由がある。子爵家が粛正されたことでモーダルタが混乱し、ハイデルフトに派遣されていた兵士らにそのことが伝えられなかったのだ。そのため、未だ命令が継続していると思っている彼らが巡視で訪れたベグロンド兵を拒絶した。ベグロンドには無理に彼らを排除する理由も兵力も資金も無いため、そのまま彼らの好きにさせたのである。
ベグロンド伯爵はボナレス伯爵死亡の報告を聞いて呟いた。
ただ、事実は報告とは少し違う。ハイデンから帰還した部隊はボナレス伯爵と交渉を試みたのだ。ハロルドとベックが姿を眩ましたことで駐留軍内において最も階級が高くなった第一大隊副隊長を中心にして申し入れた。拒む伯爵に対して武力行使も辞さない覚悟で臨んだことから、城館の衛兵が折れて代表となる数人を伯爵の許まで案内した。
そしてそんな彼らの目の前で起きたのが伯爵の投身騒ぎである。
それ故に傍から見れば襲撃に見えなくもない状況だっただけなのだが、報告を聞くだけのベグロンド伯爵に知る術は無い。
それよりもベグロンド伯爵にとって重大、そして眉を顰めるのが合わせて届けられた通達だ。
「何故、ボナレスの皺寄せがわしに来るのだ?」
ハイデルフト領内のボナレス伯爵が担当していた地域の治安維持をベグロンド伯爵に一任すると言うものだった。
ベグロンド家の悲願は侯爵への陞爵だ。だが、近年は戦争が起きることもなく、手柄を立てる機会が無い。地道に務めを果たすだけでは陞爵は夢のまた夢である。そこに起きたのがハイデルフト侯爵による反乱だった。
ベグロンド伯爵は千載一遇の好機だと考えた。当時の立場はハイデルフト侯爵寄りであり、そのままハイデルフトに味方すれば反乱は成功するように思われた。しかしである。ハイデルフトに従う形で反乱に参加したのでは、反乱が成功したとしてもハイデルフトの風下に立つことに変わりがない。また、一時的にも反乱軍の立場になるのは屈辱であり、矜恃が許さない。加えて、王朝が変わる事態ともなれば、先祖代々の苦労が水の泡になってしまいかねない。
だからベグロンドはハイデルフトに牙を剥いた。ボナレスの口車に乗ったように見えてしまうのは業腹だったが、対等な立場で手を結んだので許容範囲と考えた。
そしていち早く王都とハイデルフト領へと軍を進め、王都では防衛で、ハイデルフト領ではハイデルフト家に連なる者を討ち取ることで功績を上げた。筈だった。
意気揚々と国王に謁見したが「大義であった」と言う言葉以外褒賞も何もない。思わず抗議すると、叱責され追い出された。
国王が代替わりしてもそれは変わらず、ベグロンド伯爵は憤懣やるかたなかった。
ベグロンド伯爵に褒賞は与えられなかったが、義務は発生した。ハイデルフト領に攻め込んだ領主、即ちベグロンド伯爵、ボナレス伯爵、そしてモーダルタ子爵の三領主にハイデルフト領の治安維持が命じられたのだ。独自の判断でハイデルフト領に攻め込んだのなら最後まで責任を持て、と言うのである。だが、領地に組み込まれてはいないため、徴税権が無い。
伯爵にとって更に不満だったのは、ベグロンド領に比べて広大なハイデルフト領の半分以上の地域を担当させられることだった。それは、ベグロンド領よりも広い。
それだけでは終わらない。モーダルタ子爵の嫡男によって国王が暗殺されたことでモーダルタ子爵家が粛正されると、モーダルタが担当していた地域もベグロンド伯爵に任せられた。
任せられても対応する余力が無く、その殆どを放置するしかないような状態だ。
その上で今回の通達である。結果的にハイデルフト領全ての治安維持をベグロンドが受け持たねばならなくなった。それも徴税権が無いままでだ。だからと言ってボナレスの行った略奪のような恥知らずな真似ができる筈もなく、完全な持ち出しになる。通達通りに対応しようものなら、数年の内にはベグロンドの貯蓄が底を突く。
ベグロンド伯爵は漸くハイデルフト侯爵が反乱を起こした理由を知った思いだったが、今となっては遅きに失した。
他領と言えど民衆が虐げられるのは本意ではない。だが、先立つものが無い。何かを切り捨てなければベグロンドの民まで困窮してしまう。苦渋の決断として、ボナレスが担当していた地域は見捨てることにした。既にモーダルタが担当していた地域の大半は見捨てている。それが増えたところで大差はない。この際だからベグロンド領の治安を脅かしかねない範囲ににまで縮小するのも良い。
伯爵はそう考え、決断した。
ベグロンド伯爵がモーダルタ担当だった地域を見捨てたのには、余力の不足以外にも一応の理由がある。子爵家が粛正されたことでモーダルタが混乱し、ハイデルフトに派遣されていた兵士らにそのことが伝えられなかったのだ。そのため、未だ命令が継続していると思っている彼らが巡視で訪れたベグロンド兵を拒絶した。ベグロンドには無理に彼らを排除する理由も兵力も資金も無いため、そのまま彼らの好きにさせたのである。
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