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    エレインが王都の教会に来てから五年の月日が経った。

「この役立たず!!」

「……ごめんなさい」

 教会に所属する聖女は十数人ほどいる。
   上級聖女は日々お祈りや王侯貴族への治癒、その他下っ端の聖女はそれぞれが毎日救護院での奉仕活動に忙しい。

 エレインも例外でなく、忙しい毎日を送っていた。
 ――聖なる力がほとんどないということを除いて。

 あれだけ強大な力を見せたエレインだったが、王都に来てからは全くといっていいほど調子が出ない。

 上級聖女になんてなれるはずもなく、微力な聖力しかないエレインは奉仕活動もままならない。

 最も力が弱いエレインは、こうしていつも仲間の聖女たちの憂さ晴らしによく怒鳴られている。

「あんたはもういいから、大聖堂の掃除をしておきなさい! 勿論ひとりで。私たちは力を使って疲れてるんだから、それくらいのことはやりなさいよ」
「……はい。わたし、聖堂に入るとなぜだかとても体調が悪く作業が遅くなってしまうので、出来れば他の場所を…」
「知らないわよ。治癒作業の役にも立たないクセに、言い訳ばっかり並べないで! まったくもう、なんでアンタみたいな聖女がいるんだか!!」
「申し訳、ありません」

 激高する先輩聖女を前に、エレインは頭を垂れた。言い訳をするつもりはないが、大聖堂に近づくと、目眩と動悸が激しくなり、とても立っては居られなくなる。

 這うように掃除をすることしか出来ず、時間が物凄くかかってしまい、またその事を聖女だけじゃなく司教たちにまで詰られる。

「村に帰りたいです……」
 
 クラクラとしながら、エレインは大聖堂のチャーチチェアを磨く。身体を動かせば少しだけ楽になるのも不思議だ。
 それでも、頭の中は暗く重い。教会の中でも特に大聖堂がこの症状が顕著に出る。

 青い顔をしながら掃除をしているエレインを見て、彼女たちはまたあざけ笑うのだ。

――でも、どうしてなのだろう。

 村にいた頃は、こんな風になったことはなかった。
 下っ端聖女として騎士団の遠征に随行した時も、きちんと力は発動して、魔物たちを追い払うことが出来たのに。
 王都に戻ると、途端に力が抜けてしまう。

「エレイン、大丈夫?」
「……アンジェリカ」

 エレインのところにやって来たのは、同じく下っ端聖女のアンジェリカだ。輝く金の髪と湖面のように澄んだ瞳をもつ絶世の美少女。

 エレインの見立てでは、上級聖女と言われている人物よりもずっと聖力が高いように思えるが、なぜだかアンジェリカは下っ端扱いされている。
 無能なエレインと同様に冷遇されている様子から、きっとこれは他の聖女たちからの嫌がらせなのだと察した。

「お掃除、手伝うよ」
「……大丈夫。アンジェリカはもう救護院の手伝いをしたんでしょう? かなりの人数を治癒して疲れているはずだよ」
「大丈夫。ここにいたら、不思議と力が湧き出すもの」

 先輩聖女たちに無理難題を押し付けられたはずなのに、確かにアンジェリカの顔色は良く、疲れは見えない。
 だから余計に躍起になって彼女たちは嫌がらせに精を出すのだが、全く効果がないようだった。
 
「あとは床磨き? 私のモップ掛けの腕前はなかなかのものよ! 見ていてね、エレイン!」
「ふふ、なんですか、それ」

 ふらつくエレインに代わり、アンジェリカはさっとモップを手に取ると軽快に掃除を始めた。
 もう立っていられない程だったため、エレインは彼女の好意に素直に甘えることにする。

「エレイン、あなた本当に顔色が悪いわ。どこか具合が悪いのではない?」
「一時的なものだから、大丈夫。何度か診察してもらったけれど、どこも異常はないもの」
「……私の力で治せたらいいのに」

 悔しそうなアンジェリカに、エレインはふるふると首を横に振った。

「あなたの貴重な力を、わたしなんかに使うことはないです。他にもっと困ってる人がいるもの」

 上級聖女の力は強大だ。小さな怪我は跡形もなくなるし、不治の病も病気の進行を遅れさせることが出来る。歴史上最も有名な大聖女ともなると、切断された四肢を繋げることも、魔王を封印することも出来たという。

――その分、聖女は短命だ。

 長生きをした聖女はいない。勇者と共に魔王と闘った大聖女も、その戦いで亡くなったと言われている。この国の歴史を刻む経典にも聖戦として刻まれている。

 そんな貴重な力を自分なんかに使う必要はない。そう思ってエレインが断ると、一度は目をまん丸にしたアンジェリカは、ふんわりと微笑んだ。

「どうしても無理な時は言ってね?」
「うん、ありがとうアンジェリカ」

 同い歳のアンジェリカとエレインは、朝日が射し込む大聖堂で微笑みあって約束を交わした。


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