悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

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アンナ=セラーズ編

その16 真相 ージークハルト視点ー

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 ◇

「……ジークハルト」
「お久しぶりです、父上。……兄上も」


 帰国後すぐに謁見の申し出をした。
 数日待つことも想定していたが、ちょうど兄と二人で話をしていたらしい国王との謁見の機会はすぐにやって来た。

 旅の疲れが残ってはいるが、こういうことは早い方がいい。
 すぐに彼らのもとへ向かうことを決め、こうして今、王の執務室で2人と対面している。

 金の髪に紫の瞳。
 父と兄はとても似た色をしている。
 対して俺は、赤毛に茶色の瞳。陽に当たればうっすらと紫が見えることもあるが、それでもこの国で王家の象徴と言われる紫を冠しているとはとても言えない。

 ――本当に。
 どう見たって兄が王太子になるべきであり、そうでしかないのに。
 何故こんな争いが起きてしまうのか。

「……ジークハルト」

 俺の名を呼ぶのは、他でもないその兄だった。
 よくよく考えば、こうして直接対面するのも、名を呼ばれるのも初めてだ。

 それくらい俺たちは隔離されていて、それでも話の上では王位を争うとても近しい存在だった。

「兄上、こうして話をするのは初めてですね。幼い頃から1度は話してみたいと思っていましたが、見えることは叶いませんでした」

 嘘ではない。兄がいると知ってから、会いたいと何度も願った。だけどその度に、"第1王子とはお会いになれません"と王宮の侍女に冷たくあしらわれて、リリーと二人で引き返したこともある。

 そう言うと、兄は目を丸くした。
 その隣にいる父は、眉間にしわを寄せて険しい顔をしている。


「僕が……何度も君たちをお茶会に招待した事は、知らないのか?」
「は……? 何のことですか」
「僕に会いたくないから、来なかったのではないのか?」
「言っていることが分かりません。お茶会に招待されたことなどありませんよ。俺たちはいつもあの離宮で過ごしていました。……その間、父からも兄からも文は受け取ったことはありません。こちらからの文にも返事はなかったではないですか」

 兄の言葉に、そう返す。
 俺たちが何度手紙を書いても、返事が来ることは無かった。
 母からの手紙にもだ。

 だから俺たちはいつも3人でお茶会をした。
 楽しそうに、でも寂しそうに笑う母の顔を覚えている。

 いつしか俺たちは文を書くことをやめた。
 期待しても裏切られるだけだ、そう気付いたから。
 そしてリリーが話す不思議な世界のことに集中して、それを実現するために尽力したのだ。

「……エリーゼは、アレは、私のことを恨んでいる訳ではないのか……? 出入りの騎士と、懇ろになっていると聞き及んでいる」

 苦しそうに母の名を出すのは、父だ。

「騎士と? 何のことだか分かりませんが、母はずっと父が来るのを待っていました。不貞を働くなどありえない。……きっと、今でも待っていらっしゃると思います」

 そう答えると、父の眉間の皺がますます深くなった。
 騎士との不貞を疑われていたという話は初めて聞いた。むしろ母は、王の自分への興味がなくなったのだと、そう嘆いていたのだから。

 これまでの会話と、兄と父の表情を思い返しながら俺は首を捻った。

 ――何かがおかしい。

 先程から話が何ひとつ噛み合わないのだ。
 兄は俺たちを茶会に誘ったというし、父は母のことを忘れてはいないという。
 だけど離宮にいた俺たちに伝えられるのは、いつも悲しい現実ばかりだった。

 『兄王子は優秀な殿下を大層憎んでいる』
 『国王が何もしないのは、あなた方を愛していないからだ』

 そう俺たちに言っていたのは、誰だったか。
 顔も思い出せない。幼い頃から刷り込みのように言われていた言葉。


「……謀られたな」

 そう言って深いため息をついたのは、他でもない父だった。

 椅子から立ち上がった父はゆっくりと場所を移動し、執務室内の応接スペースにある1人がけのソファーに腰掛けた。


 「リチャード、ジークハルト、来なさい」

 呼ばれた俺たちは、父の向かいにある3人がけのソファーにふたりで並んで座った。隣の兄をちらりと見たが、母が違うからあまり似ていないものの、2つ歳上の兄は随分と大人びて見える。
 

「……ジークハルト、いや、ジーク。これまでのことを順を追って話せ。お前たちがこちらに来なくなった頃からの話を」
「……分かりました」

 父に促され、そうして俺は、ぽつりぽつりと話しだす。

 母と俺と妹と、限られた使用人だけで暮らす離宮での様子。
 毒を盛られて、信頼する騎士を追放された日のこと。
 これまでよく分からない大人に言われていた兄と父との確執の言葉。

 リリーの秘密は話さなかったが、それ以外のことは全て話した。帰りの道中、自国の警備に囲まれているはずの宿において初心者だろうと思われるその辺のチンピラに部屋への侵入を許し、命すら狙われたことも。


「……という状況で、いつまでも王位継承のことで狙われ過ぎるのも疲れたので、もう早急に臣籍に下ろうと思っています」

 アンナに伝えると約束した、父と兄に言いたかったことも。


 全てを話し終えた後、部屋には静寂が起きる。
 黙りこくってしまった2人は、本当に何も知らなかったように見えた。
 だがもう今更だ。ふたりが知っていようが知っていまいが、これまでのことは何も覆りはしない。


「ジークハルト……僕は、何も知らずに……話にだけ聞く優秀な君に、そりゃあ勿論嫉妬をしたことだってあった。だけど信じてくれ。僕は君を害してまで王位を狙おうとしていた訳ではない。そんなこと……命じてはいない」

 兄は声を震わせながら、俺の方をまっすぐと見る。
 ああ、やはり綺麗な紫だ。美しい瞳に、この人こそが王に相応しいとそう感じる。

 そして、兄が関与していないとそう言い切ったことに、少しばかり心が軽くなるのを感じた。


「父上、この件についてどう思われますか」

 リチャードがそう問いかけると、何やら思案していた父はゆっくりと俺たちの方を見た。
 父を見たのは、リリーが産まれた時以来のような気がする。


「……以前、リリーの婿にと、自分の息子を薦めて来た者がいる。ああ、そういえば、エリーゼが騎士と懇意にしていると言ってきたのもその者だったな……。私はその者を友だと思って信頼していたのだが」

 父が目を細めてそう話した時、突然執務室のドアが壊れそうなほどに強く叩かれた。
 
「陛下! 失礼いたします! 第二王子の謁見の申し込みがあっと聞きましたが、その件については反対したくーーーっ⁉︎」

 白髪まじりのダークブロンドの髪を後ろに撫でつけ、冷徹さを窺わせる銀縁の眼鏡をかけたその男は、大声をあげながらずかずかと王の執務室内に入り、俺を見つけて目を見張った。


「宰相。お前だったか。王家の内紛を企て、自らが実権を握ろうとしていたのだな。長い間、よくも私を謀ってくれたものだ……!」

 その男に向ける父の声は、怒りに震えている。

 そして俺も思い出した。この男だ。たびたび離宮に来て、悲しげな顔をしながら母に王の渡りがない事を告げ、俺が兄より優秀だと褒めそやし、余計な憎悪を駆り立てるようなことをいつも言っていた男。
 だがあの男は実は第1王子派だったというのは、俺も最近知ったことだ。


「陛下、何を仰いますか。そこな王子に何を吹き込まれたか分かりませんが、私の王家への忠誠は絶対です」

 無表情の男はそう言いながらも、一歩後退する。

 リリーの婿に自らの息子を推していた、ということは、彼の目論見は俺を消して第1王子あにを王太子にするということに留まらず、兄も貶めて、リリーを女王として擁立し、息子を王配にしようというものだったのだろう。
 そうして作り上げた傀儡政権を支配するーーそういう筋書きということか。



「……ジーク。今まで気付かずにごめん。僕も意地を張っていたせいもある。これからでも、兄弟になろう。僕と、君と、リリーと」

 父が立ち上がって宰相に対して激昂している中、隣に座る兄は、俺のことを愛称でそう呼び、笑顔を見せた。
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