悪役令嬢のおかあさま

ミズメ

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アンナ=セラーズ編

その17 庭園

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 ――その夜。

 王族が勢揃いする晩餐の場に、私とユーリアン様も招待されていた。

 国王と、その隣にいる女性は王妃だろうか。
 ジークハルト殿下と、リリー王女、そしてその母と思われる妃が並んで座っている。

 そして恐らく、ジークハルト殿下の対面に座っている金の髪に紫の瞳の青年が、第1王子なのだろう。

 高貴な場に急に呼び出され、流石に緊張する。
 隣に座っている盛装のユーリアン様を盗み見ると、彼はいつも通り冷静な表情だ。

 運ばれてくる料理を粗相をしないように口に運ぶ。
 ……どうして私はここにいるのかしら。


「急に呼び立ててすまなかった」

 その戸惑いが残ったまま食事は進み、食後の紅茶が運ばれてきたタイミングで、ようやく国王が口を開いた。

 その紫の瞳は真っ直ぐに私とユーリアン様を見据えている。

「貴殿らが、ジークハルトを守ってくれたことは、本人と、リリーからも聞いておる。我が国の者たちが多大な迷惑をかけた。……ああ、よいよい、かけたままで。これは非公式な場だからな」

 慌てて立ち上がろうとした私たちを王が静止したため、穏やかに微笑むその指示にしたがって、座ったまま頭を垂れる。

「ユーリアン殿、アンナ嬢。本当にありがとう。貴方がたのお陰で……こうして無事に戻ってこれた。それに……兄と父とも、しっかりと話す事が出来た」

 ジークハルト殿下が立ち上がって深々と頭を下げる。

「私からも! 道中お兄様を守ってくださりありがとうございます。私が連れていた者たちがご迷惑をおかけしました」

 続いてリリー王女が弾かれたように立ち上がる。
 頭を下げたことで、桃色の髪がふわりと揺れた。

「わたくしも……息子を守って頂きありがとう。こうしてこの場にいられるのが、とても嬉しいわ」

 涙ぐみながら、ふたりの母君も立つ。

「僕からも。君たちが守ってくれなければ、くだらない誤解が解けないまま、後悔する所だった」

 第1王子が立ち上がったところで、私たちはやっぱり慌てて立ち上がった。
 矢継ぎ早に告げられる謝意に茫然としていたけれど、彼らは王族で、私はしがない元侍女だ。居た堪れない。

 城の給仕がデザートを運んで来た時には、王と王妃以外は皆立っているという状況で、彼らを大いに困らせたことは間違いなかった。




 
 ◇


「――アンナ」

 怒涛の食事会が終わり、部屋に案内されている私を呼び止めたのは、他でもないジークハルト殿下だった。

 少しお酒が入っているからか、頬がほんのりと桃色だ。
 そういえば、ユーリアン様はワインを勧められていたが、業務に支障があるとして固辞していたことを思い出す。
 業務とは何だろう、と思ったけれど、あの人たちの処遇のことで何か話があるのかもしれない。

「……少し、歩かないか?」

 そう誘われて、こくりと頷く。

 彼の表情からは到着した時のような険しさが消えていて、この王宮が彼にとって苦しい場所では無くなったことを示しているように思う。



 少し歩くと、王宮の庭園に出た。
 色とりどりの薔薇が咲いており、夜風がお酒で少し火照った頬をくすぐるのが心地いい。

「父と兄と話したよ。全て誤解だった。彼らは何も知らなかった。別の者の企みだったようだ」
「まあ……! では」
「ああ。仲直り、成功だ。はは、こうしてみると、随分と呆気なかったな。もっと早くに歩み寄っていたら違ったのかもしれない」

 彼は自嘲気味にそう呟いているけれど、私はそうは思わない。
 長年の誤解を解くことは容易ではない。
 だって、私だって、あのまま誤解をしていたら、きっとこの人とこんな風に話す機会など訪れることはなかった。


「――私も、貴方のことをしばらく誤解していました」
「それは前も言っただろ? 俺が悪かったんだから」

 彼の言葉に、私はふるりと首を振る。

「でも、こんな風にお互いが知ろうと思わなければ、歩み寄ろうと思わなければ、きっと私たちの誤解も解けませんでした。だから、きっと、お兄様やお父様たちと歩み寄ろうと貴方が思えた今が、素晴らしい好機だったのだと思います」

 どうか過去を嘆かないで欲しい。
 いつも堂々として、偉そうな貴方でいて欲しい。
 これまでの経緯や、彼が感じた苦痛を推し量ることは出来ないけれど、少しでも心を軽くして欲しい。

 私の中ではいろいろな想いが溢れそうになるけれど、伝えることは叶わない。
 歩みを止めた私たちは、薔薇園の中で真っ直ぐに見つめあった。


「きゃ……!」

 ふいに手を引かれ、次の瞬間には体全体が彼に包み込まれていた。抱き締められているのだ、と少し経ってから気付いた。
 ぎゅうぎゅうと腕に力を込められ、抱きすくめられる。
 心地よいけれど、少し息苦しい。


「じ、ジークハルト殿下……?」
「アンナ、ありがとう。君がいなかったら、俺はこうしてここに立ってはいなかった」
「そんな、大袈裟です」
「最初に君が俺の鼻っ柱をへし折ってくれたから、自分と向き合えた。……やはり、ありがとうと言わせてくれ」
「殿下……」

 とくとく、と聞こえる鼓動は、どちらのものだろう。

 殿下が腕の力を緩めて離れた時、少し物寂しさを感じてしまった自分に驚く。
 いつの間に私は、この人に対して不相応な気持ちを抱いてしまったのだろう。

 そう考えていると、目の前の彼は、私の右手を取ったままその場に跪いた。

「ーーアンナ」

 私を見上げる彼の、真剣な瞳に射抜かれる。

「やはり俺には、君しかいない。不甲斐ない所ばかりを見せたが、俺は……君を愛している。この先も、君と共に生きたい。君のことを一生守らせてくれ」

 その口から紡がれるのは、思いがけずも愛の言葉だった。
 私こそ、彼には可愛げのないところばかり見せたと言うのに、こうして望んでくれている。

「私……貴族令嬢としての経験はほとんどないので、貴方にご迷惑をおかけすると思います。それに、薬師として、まだもっと勉強したい、です」
「大丈夫。君が薬師を続けられるように考慮する。社交もたまにでいい。何より俺もまだ、臣籍になってからの基盤も出来ていない。……だから、待っていてくれないか。君が安心して過ごせるように、基盤を整える。それから迎えに行きたい。だから……」

 真っ直ぐな瞳が、切なげに細められる。
 
 私は……この手をとってもいいのだろうか。その資格はあるのだろうか。この期に及んで、まだそんなことをぐるぐると考えてしまう。

 私の手を握っていた彼の掌に、きゅ、と力が籠る。


「頼む、アンナ。……愛しているんだ」

 懇願にも似た愛の言葉は、考えていた余計なことを吹き飛ばすには、十分すぎる言葉だった。私も、わたしだって。伝えても……いいのかしら。

「ジークハルト殿下。……私も、貴方をずっと守りたい。こんな私でも、そばに置いて下さいますか?」
「アンナ! 君に守ってもらえるなんて、俺は幸せものだ」

 立ち上がった彼に、再び強く抱き締められる。
 私もそっと彼の背に手を回して、その胸に身を任せたのだった。




 ーーそれからの隣国での日々は、目まぐるしいものだった。

 翌日にはジークハルト殿下と共にまた王族の皆様の元へ向かい、そこで紹介された。婚約者にしたい者だと。

 「ヒロインとお兄様が……。素晴らしいわ!」とリリー様が何故か1番喜んでくださった。

 殿下の案内で連れられた城下町にある食堂では、うどんという食べ物を初めて口にした。リタというこの店の女将は幼い頃の殿下を知っているらしく、「立派になられましたねぇ」と涙ぐんでいた。

 他にもこの国の薬草や毒のことについて調べたり、尋問に参加したり、妃たちからお茶会に呼ばれたりと短いながらも充実した日々を過ごして、私とユーリアン様はこの国を出た。

 

 ーーその時の私たちには知らされなかったが、私たちが帰国した後のこの国では、大規模な粛清が行われたらしい。
 宰相だった男が当主だった侯爵家は取り潰され、本人は投獄、一族も皆貴族籍を剥奪された。王家に対しての反逆罪である大逆罪であったため、当然死罪の中でもさらに凄惨な末路を迎えることになる。
 さらには複数の貴族家も同じような末路を辿ったという。

 宰相は、第1王子派、第2王子派の双方に協力者を送り込んでいた。双方に偽の情報を流したり、あるいは規制することでそれぞれの派閥を煽り、過激な行動に結びついていたのだ。
 宰相にとってはどちらの派閥が勝とうとも関係がない。高みの見物だ。先にどちらかが倒れれば、その後に残った王子に全ての責を被せればいいのだから。


 ……そして。

 この粛清に合わせて、勅使がとある小さな町に飛んだ。
 陰謀に巻き込まれて姿を消した、第2王子の近衛であった青年の地位と身分を回復するために。






ーーーーーー
「大逆罪」でぐぐると、すごい死刑が出てきます。ちょっと活字に残したく無かったのでここには記載していませんが、興味がある人は見てみてください。すごい_φ(・_・
次話、最終話です。
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