リズエッタのチート飯

10期

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美味しいご飯

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 久しぶりに会ったレドは何処か疲れているように見え、何より亜人の二人の視線はレドから離れることはない。
 もしかしてたった二週間あまりで色恋沙汰になったのではとも思ったが、どうやらそれは違うようだ。
 どちらかといえば私を怨んで睨みつけた視線によく似ている。

 シーツを二人に渡そうとレドは手を伸ばすも青藍色の髪の女はそれを振り払い、翡翠色の方は警戒しながらも受け取り、背を向けた。

 その姿にレドと信頼関係を作るのは時間がかかりそうだと私の直感がつげ、レド、と小さく声をかけ近くに呼ぶと不快感を前面に表しながら私に頭を下げた。
 如何してこうなったのと優しく問いかけると、少し目をそらしながら彼女らが私に対しての敵意を持っている、故に殴ってしまったのだと両耳を下げて不甲斐なさそうな声を出した。

「ーーなるほどね。 レドは私の為に殴ったのなら仕方がない。 私がレドに任せっきりにしようとしたのが悪かったんだよ」

「いや! 俺がもっとちゃんとしてれば……」

 しゅんと尻尾まで下げたレドの頭を撫でながら、頭の隅でそりゃこうなるさと誰か囁いた。その誰かとは紛れもない私自身なのだけれども、亜人同士なら上手くいくのではという浅はかな考えの結果といえようか。無様な思考だったと自分自身が一番理解したところである。

 全身に大怪我を負っていて死にかけたレドと、ただ単に狩られ、他の人間に傷つけられずに私に売られた彼女等。
 そりゃ私に対しての想いも印象も違って当たり前なのだ。
 それを基にして考えていればレドに丸投げでことを進めようとは考えなかっただろうと今更後悔しても遅い。
 初っ端からレドと彼女達の間に溝を作ってしまったのは、誰でもない私だというこの愚行。
 ならば私が彼女等に、現実というものを教えてやらなければならない。
 私が後始末をしなければならない。

 私の為にもレドの為にも、彼女等自身の為にも。

「さて、お嬢さん方、私の話をよく聞け。 私のレドが手を出してしまったは私のせいだ、申し訳なかった。 けれどね、君達がここに居たくないというなら、仕事をしてくれないというのならば私にも考えはあるよ」

「ーーはっ! ならさっさとここから出せ」

 私の言葉につり目の彼女が威勢良く食い掛かり、威嚇するレドを尻目に私に向かって毒づき、もう一人のタレ目の彼女はソレを制止する。けれどもその瞳には同じ思いが揺らいでいるようで、強い意志を感じた。
 そんな今にも出ていきたいと騒ぎ立てる彼女等の感情など私は気にも留めず、口角を吊り上げわて、にっこりと、穏やかに、清々しく、地獄に突き落とすのだ。

「そう、ならば領主の元に返すよ。 でもどうせ君等を領主に返品したところで嬲られ辱めを受け、嘲弄、玩弄、愚弄され、挙げ句の果てに生きたまま解体され弄られ、虫けらを殺すように家畜を潰すように殺されるだけだと思うけど、そうなりたいならしょうがないよね。 君達が平和に楽に、衣食住を手放さずに自由奔放に生きるより、人の手によって惨憺たる苦痛にまみれた死に様を迎えることになっても、君達が選んだ結果だからしょうがないよね。 わざわざ自分で最悪の限りを尽くされる生き様を選ぶんだからしょうがないよね? あ、でも、君たちは女の子だから運よくば生かしてもらえるかも! まぁ、娼婦としてでもなく、ただの穴としてだろうけど!」

 十二歳の小娘になんて事言わせてくれるとも思うが、私としては敵意を持った人間に容赦したくもないし、君達が死ぬのは自分で選択した結果ですよと伝えられれば万々歳だ。
 だって死に際に恨まれ呪われたら困るもの。

 しょうがないねと言いながら手を振り、放心状態に陥ったレドをつれてその場を離れ、ちいさくため息をついた。
 言葉の意味を理解すれば私やレドに話を聞きに来るだろうし、それまで離れた場所でご飯でも作っておくのがいいだろう。
 何せレドに会うのは久しぶりだ、ちゃんとした料理を作ってあげたいし、食べさせてあげたかったのだ。ずっと頑張って留守番や加工を任せていたのに、何にもないじゃあまりにも酷すぎる。それに後日食べたいものを作ってあげるとして、今は久々に腕を振るいたい気分でもあったのだ。

 後を追ってこない二人を放置し私が向かったのは庭にある第二のキッチンだ。
 久しぶりに足を踏み入れた場所だがキチンと整理整頓、掃除がされており、レドの優秀さがよく分かる広々とした綺麗なキッチンといえよう。

「んじゃ、ケーキでも焼くか」

 私はそのキッチンの状態に満足しつつ棚から洋酒漬けにしてあるドライフルーツの瓶を取り出し、ベーキングパウダー(勿論庭産)を加えた小麦粉と卵、ヤギ乳を混ぜてひたすら混ぜてケーキの生地を作り、底の深いフライパンに生地を流し入れてじっくり焼いていく。その合間に干し肉を使った簡易野菜スープとベーコンと卵を焼いたものを用意し、ついでにオレンジを絞った果汁百パーセントのジュースもおまけにつけてランチセットのようにしてみた。
 様子を見つつフライパンの生地を一度ひっくり返し両面焼き、取り出して四等分に切り分け、それぞれを決まったお皿に盛り付けていき、あっという間に完成である。

「ーーレドくーん、ちょっとあの二人呼んでおいで」

 嫌そうな顔をして珍しく私の意見に従わないレドに早くつれて来いと和かに笑って言えば渋々彼女等を迎えに向かい、それでも付いてきたのは不安げに眉をひそめたタレ目の子一人のみ。
 きっとあの強気の子は来ないだろうと思っていたが、案の定だと少しばかり悲しくなるものだ。

 座ろうかどうしようか迷っている彼女のために椅子を引き、その後私もレドも各々勝手に席について頂きますとケーキを手に取り口へ運ぶ。洋酒の香りとドライフルーツの酸味と甘みが口いっぱいに広がる、中々上出来なケーキだと自画自賛する。
 ちらりとレドを見れば、焼いたベーコンを頬張るも視線だけは彼女から外すことはなく、これまた食事中なのに珍しく表情が動くことがない。
 きっと彼女に対して警戒しているのだろう。

「毒なんて入ってないから食べなよ。 ちゃんとした料理、食べてないでしょ?」

 レドと仲良くなっていたなら料理と言える品物を食べていた可能性はあるが、先程の関係性を見るに、彼女らは勝手にここの果物を食べていた可能性の方が高いだろう。
 彼女の目の前で私は遠慮することなく食事を進め、数分もすれば彼女もゴクリと喉を鳴らしスプーンを手に取りゆっくりと口へスープを運んだ。
 そして口の中へ運ばれた食材はゆっくりと何度も咀嚼され、そして喉を通り胃の中へ消えていった。

「ーーおいしい」

 その言葉とともに一雫の涙が頬を伝い、そしてガツガツと無作法に野生的に彼女は目の前の食べ物を貪った。

 それからどれくらい経っただろうか。
 目の前に陳列されてあった料理のほとんどは今や彼女の腹のなか。そして満足そうに息をつき、唇をぺろりと舐める妖艶な美女が一人。

「ーー敵意持ってる割によく食ったね」

 ニヤニヤと笑いながら彼女を見ればバツの悪そうに顔を背け、あまりにも美味しかったからとお褒めの言葉をもらい、そしてその言葉に私は胃袋を掴んだことを確証したのであった。

「君達が大人しく私の元につくのなら毎日三食の食事を用意しよう。 ちなみに今食べたのは簡単な料理で、尚且つ作ってもらいたい加工品を使った料理だよ。 一日一定数の数を用意できれば余った時間は自由行動でいいし、好きに生きてても文句は言わない。 ただ、働かざる者食うべからず、だから行動で示して。 楽に、傷つかず平和に暮らしたいなら、選ぶべきはどちらか、分かるよね?」

「ーーーーすこし、少しだけ時間をください」

「いいよ。 次に領主の元に行くまでに決めて、態度を決めて。 もし何もしないでぐうたらしてたら即処刑場送りだと思ってね」

 決まり、と両手をパンっと鳴らし、端に避けておいた一人前の料理を彼女に渡し、持ってくようにと施した。
 もちろんそれはこの場にいないもう一人の子の分なのだが、その子が食べなかったら食べてもいいと託けて。

 ゆっくりと背を向ける彼女はパメラと呼んでと私に伝えた感じを察するに、彼女、もといパメラは私のモノになる選択をしてくれるだろう。

「お嬢、如何してわざわざ飯なんてつくったんです?」

 頭にハテナマークを浮かべているレドに向かって私は。飴と鞭だと返し、そしてまたにっこりと笑った。

「脅した後に美味しい話をちら付ければ、嫌でも私の方が得策だと思うでしょ? そうすれば無理強いするより、レドとも仲良くなれるだろうしーー」

 だから今度は手を出さずに会話で解決するようにと続ければレドはウルウルと瞳に涙を溜め、何度も何度も私に感謝を述べたのであった。やはりレドも心の奥底では、彼女等と仲良くなりたいと願ってやまないのだろう。


 しかしながらどう転んでも、私が家を出るまでに思った以上の時間がかかる事が決定されたのである。

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