リズエッタのチート飯

10期

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危険なモノ

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 ヒエムスの村はエスターよりも少しだけ小さくはあるが、これといって不便な村ではない。距離もエスターに行くよりも近いし、私が今買いたいものを選ぶにはヒエムスの方が適切だとも思う。
 それにエスターには天敵ラルスとそのファミリアがいるわけで、私にしたら意地でも足を踏み入れたくはない場所となっているのである。
 わざわざそんな所に行って不愉快に気分になってやるなんてありえないのだ。

「今日はありがとうございます、ティモさん」

「いや、いいってことよ。 それよりどうだ? なかなか上手くなったと思うんだがーー」

 以前に比べてほんの少しだけ筋肉のついたおっさん、もといティモは嬉しそうに笑いながら火の精よ、と簡単な呪文を呟いた。
 本来ならばきちんと呪文を使わなければ発動しない魔法でも、簡単なものであれば簡易呪文で発動出来るようになったとティモは笑う。
 その顔には厳つい顔は純粋無垢と言っていいだろう笑顔であり、鼻を鳴らしながら誇らしそうに手のひらの上でグルグルと炎の渦を作り上げていた。

「うんうん、いいんじゃないんですか! これからもちゃんと精霊さん達とコミュニケーションをとって、どんどん精霊さん達と仲良くなりましょう! 今度お手製のクッキーを渡しますね」

 私はニコニコと笑いながらティモを褒め称え、それにティモは照れながら頭を掻いた。
 もし仮に彼が今後一切関わらない人間だったとしたら何も言わず、へーすごいね、くらいで済ますがティモもここにいない他の二人も、今後付き合っていく人材故に邪険にすることはまずい。逆に出来る限りの手を打って、媚を売って、いい関係性を作っていければと考えてはいる。

「でもまさか、こんな使い方があるなんてなぁ。 考えついたお嬢ちゃんは本当に凄い」

「嫌だなぁ、褒めても何も出ませんよ? それに凄いのは私じゃなくて魔法を使えるアルノーやティモさんです。 なんてたって私は魔力ありませんから、仲良くなっても殆ど利点がないですし」

 魔力の有無で決まるこの世界、私は負け組に近い。いくら精霊達と仲良くなったところで攻撃も防御も、ましてや生活魔法も出来ずに誰かの手を借りるか、必死に己の手足でなんとかするしかないのだ。
 魔力があれば魔石を使って火や水を生み出せるが、それも一生ままならない程の人種といってもいいだろう。

「でもよぉ、お嬢ちゃんの料理だとか精霊の食らいつきが違ぇみたいじゃねぇか。 それもまた凄え事だから、やっぱり凄いのはお嬢ちゃんだろ?」

「んーー。 私が凄いかどうかは実際彼等と意思疎通しなければ分からないし、その真意は永遠の謎ですかね? せめて一瞬でも姿が見れれば嬉しいんだけど……」

 見えて話せればより深い絆を結ぶ事が可能となるだろうが、今の私ができるわけでもなく、もしもそうであったとしても精霊達が魔力のない私に何かをしてくれるなんて夢のまた夢なのかもしれない。
 美味しい食べ物で釣れてくれれば大変喜ばしい事なのだが、その真意を知る可能性はあまりにも低い。即ち、どう足掻こうと魔力のない私は料理をすることしかできないのである。


 パカポコと蹄を鳴らす二匹の馬に跨り、私達はのんびりとそんなお喋りをしながらヒエムスを目指し、徒歩よりも数時間早い段階で村の入り口へ着いたのであった。
 そこそこの賑わいをみせるヒエムスの村で盛んなのは織物業、つまりは衣服を買うのに適している。私が今日ここまで来たのはいうまでもなく新しく庭に加わった二人の衣類を買う為だ。

 祖父はレドと共に狩へ向かい、スヴェンはカールとクヌートとティモと共に新居探しに行く予定であったが、ティモは私が一人でヒエムスへ向かうと聞くと護衛としてついて来てくれたのである。
 もちろんその護衛代として食事を用意する約束で。
 その為、ティモはヒエムスへ着くと馬を預け、私の隣でお店を一緒に見て回っている。
 流石に女性ものの衣服を見るのは恥ずかしくはないのかと思ったのだが、彼からしてみればそうでもなかったらしい。
 先程から私が手に持つ衣服をみてはそれは何とかの糸を使っているだとか、丈夫だか動きにくいだとかアドバイスをくれてとても助かっているのだ。しかしながらティモは勘違いしているようで、これ等は実際私が着る物ではないというのに私の身丈にあったものを選んでくれてもいる。

「お嬢ちゃん、それはちっと早すぎる。 きっとスヴェンもヨハネスも許しちゃくれねぇよ」

 わたしが手に取ったものを見たティモはそれは如何なものかと眉をひそめ、私もその言葉に同意し頷いた。

「私だってこんなの着ないですよ、お腹壊しそうだし。 これを着るのは私じゃないんでコレでいいんですぅ」

 それはビキニにも似た布面積の少ないトップスで、きっと胸囲のあるあの二人ならばよく似合うであろうと思えた代物だ。
 誰に着せるんだと疑うティモの手にそれ等を色違いで数着渡し、その他にもキャミソールに似たものと巻きスカートも数着ずつ手に取った。

 それ等を見ているとラルスに群がっていた女の冒険者達も、美人な割に露出度が高い衣服を着ていなかったかと小さな疑問が湧いてくる。あんなに肌が見えている服で何故戦えるのか不思議にすら思うのだが、もしかして魔力で身体を強化でもしているのだろうか?
 けれど戦闘になるのならばそれこそ丈夫な鎧を着た方がいいのではないかと思うのだが、そこのところはどうなのだろうか。

「ティモさん、女性の冒険者の方々ってやけに露出の高い衣類を着ていますが何故なんですか?」

「そりゃあ、稼ぎのいい男を捕まえる為だろうよ。 冒険者で生きていこうと思ってる奴はもうちょいマシな装備を選ぶ」

 なるほど、としみじみに思った。
 つまりは露出の高い女冒険者は婚活に忙しいというわけなのだろう。

「ならもし私が女性の冒険者を雇う時はちゃんと着こんでいる方を雇うことにします!」

 より良い知識をありがとうとニヤリと笑い掛ければ、当分は俺らがいるから他を雇う心配はないと、何故か胸を張ってティモは答えた。確かにそう言われればそうなのだが、もしも将来、アルノーが連れてきた女の子がそんな格好をしていたら追い出すための知識でもあったのだ。
 小姑根性丸出しで、アルノーの幸せのために心を鬼にする所存である。

 頭の中でそんな事を決意しながらも私は次々にティモの両手に衣類を重ねていき亭主へと代金を支払った。
 大量買いした私には亭主は深々と頭を下げ、そして包んだ荷物を何故かティモに差し出し、ティモも当たり前のようにそれを受け取り店の外へと出る。店の外で荷物を貰おうと両手を伸ばすも男が持つもんだと譲ることはなかった。

 そして帰り道の途中、ティモはおもむろに私に言葉を投げかけた。

「ーーこの服はあの亜人達のものか?」

 今の今まで緩みきった顔を引き締め鋭い視線でティモは私に問いかける。緊張を孕んだその声に私は軽く頷き肯定し、無言でティモの言葉を待った。

「お嬢ちゃんが何を考えてるか分からないが、亜人を買う必要なんてないだろいう? 奴隷なら人で十分だし、働き手が欲しいなら尚更人の方がいい。 お嬢ちゃんが思っているより亜人は危険なんだぞ」

「ーーーー亜人は危険、ですか。 それじゃまるで人は危険ではないと言ってるみたいですよ」

「亜人よりも人の方が危険ではない、当たり前じゃないか」

 同族なのだからと言葉をかけ続けるティモに向けてわたしは小さくため息をつき、そしてそれは思い違いだと切り捨てた。

 同じ奴隷でも一方は犯罪を犯し、借金にまみれた奴隷、もう一方は亜人というだけで捕らえられた奴隷。どう考えても亜人のほうが安全だと思える。
 それに人間は汚い生き物だ。自分より下のものを苛み、より自分の利益になるように行動をする。そんな奴をそばに置いておけば寝首を掻かれるのはきっと私の方だろう。
 ずる賢い人間しか奴隷になっていないのだ、騙され裏切られる心配しかない。

「ティモさんが思っている以上に人は危険ですよ? じゃなきゃ人同士で無意味に殺しあうことは無い。みんながみんな、自分のために誰かを蹴落とす、それが人間です。ーーーー勿論私も汚い人間でしてね、人を買うより亜人を買ったほうが上の立場でいられて蹴落とす側に回れます」

 年の離れた人間の奴隷に命令したところで子供のくせにと思われるに違いなく、ならばそう思われたとしても人と亜人で種属が違う方がまだ接しやすいのだ。

「私も善人じゃないですから、私の為に、私の幸せのためにそう判断しました」

 いけませんか?と首を傾げて聞くと、色々考えての結果なら文句は言わないと視線を外され、暫くは無言の時を過ごす結果となった。

 まぁ、これはティモを納得させるための一般論にすぎず、実際はレドのお友達が欲しかっただけである。
 そんな事を考えて行動するほど、私は優秀では無く、行き当たりばったりで生きているのだ、理解してもらえる日は来るのはまだまだ先の話なのだろう。


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