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それから幾日か経った頃、兄のルシウスからお茶の席に呼ばれた。
兄は自分を見るなり溜息をつき、また自分を見て溜息をつく。その繰り返しだ。
「……最近、兄弟達や父の妃達、臣下達から聞かれるよ。『陛下の機嫌が良すぎて怖い。一体どんな魔法を使ったんだ』ってね」
「えと…」
「もちろん私は『魔法なんてないです、天気がよろしいからでは』と答えるようにしているが、馬鹿にしているのかと言われるんだ」
それはそうだと思う。が、これで肯定してはならない。
「いやだねぇ。真実を知っている私にしてみれば平和ですね、と言ってるだけなのに。ねぇ?」
「あぅ……」
「本当のことを知ったからと言って誰しもが幸せになれる訳じゃないのに。ねぇ、セシリア?」
「うぅ……」
目の前の紅茶にもお菓子にも手を付けられないほどの圧に縮こまるしか出来ない。
「はああぁ……まさか父上がミュラン妃に嫉妬していたとは。機嫌が最悪だったわけだ」
「……」
元々無表情と怒りの表情で臣下を恐慌状態にすることがあるが、ここ最近は更に機嫌が悪かった。みな幼い妃を寄越したせいだと言い張っていたのだ。
父上はあの初めての夜の後、『今すぐ教育係を辞めろ』と自分に言ってきた。オロオロして返事が遅れたらキスとセックスでドロドロにされ、息切れしながらなんとか『はい……』と返事をした。
父は今までずっと我慢してきたらしい。幼い頃は可愛い、と思うだけだった気持ち。それが年々成長するにつれて美しくなっていく。
馬鹿なことを。あれは血の繋がった息子だと。無理やり自制して、苛立ちを感じるようになった。
年々苛烈さを増していったのも自分が原因だと言われた。
けどこちらもずっと我慢していた。
幼い頃は敬愛と家族愛だったと認めるが、年頃になってからは女性に全く興味が持てず、かと言って男にもない。
父と会えば心臓が痛いほど早鐘を打って目が逸らせない。みなと同様、父のことを恐れているだけかと思えば、身体が粟立ち火照ってしまう。
抱きしめたい、キスをしたい。そして犯されたいとまで思うようになった。
「申し訳ございません……」
「……民にバレたらスキャンダルだけど、まぁ城の中なら誰も反対はしないだろうね」
「え?」
「考えてみなよ。毎日毎日理由も分からずイライラされてこちらの意見を片っ端から却下される。残業は当たり前。それが今や手のひらを返したように仕事をいち早く終わらせてそそくさと帰る」
確かに。父上はすぐに自室に来る。今現在、自分の部屋より父上の部屋での在室時間が長い。父から仕事が終わり次第そのまま部屋に来るように言われているせいだ。
そして今のところ兄上以外にバレていないのは、父に付いている侍女たちの口は岩よりも堅く、部屋でのことは誰も噂しないらしい。
「母は何となく察してるようだけどね」
「えっ!!!」
兄上は紅茶を優雅に口付けながら爆弾を落とした。
兄、ルシウスの母は正妃だ。そんな彼女に自分と父との関係がバレていると聞いて驚きに声が裏返った。
「安心して。母は怒ったりしてないよ。むしろ機嫌が良いんだ」
「ど、どうして……」
「分かるだろう?陛下は茶会に来れば機嫌悪そうにムスッと茶を飲む。夜にくればおざなりにお相手される。後宮の妃達も文句は言わないけれど、皆不満はあったはずだ」
それこそ、セシリアの母君も同様にね。と言う。
父上は確かに苛立ちを隠すような人ではないが、セシリアと同衾する時はかなり機嫌がいい。意地悪されることもあるけれど、父が欲しいと強請ると殊更機嫌良くなる。どの相手にもそうなのかと思って内心複雑ではあったが、そうでは無いと知って心が浮き立つ気がした。
「…………本当、あの人の何処が良いんだか…」
「セシリア」
顔を真っ赤にして悶えていると兄上がボソッと呟いた。なんと言ったのかよく聞こえなかったが、その兄上の向こうから焦がれた声が聞こえてきた。
まだ数刻しか離れていないのに、もう逢いたくて仕方なかった人。
兄上はビクッと肩を上げて驚いていた。
「陛下!」
「もう良いだろう。ルシウス」
「……もう公務は終えたんですか」
「ああ、後はお前のとこに回しといた。臣下もルシウスに早く王座を代わって欲しそうだったからいつでも代わると言っておいた」
「よ、余計な事を……!!」
兄上がプルプルと震えている。陛下は凄く機嫌が良い。ならば、と顔を上げてキッと陛下を睨むように鋭い視線を向けてきた。
「セシリア! 私が王になったらお前は絶対に重要ポストに付けるからな!!」
「!! ルシウス、お前!」
「えっ、えっ」
何がどうしてそんな話に。二人の間に挟まれキョロキョロと顔を見比べた。ルシウスも陛下もお互いを憎々しげに見合っていた。
親子仲が良いのか悪いのか、よく分からないけれどこれはこれで平和なのかもしれない。
「あとミュラン妃は話し相手にセシリアを希望されているので必ず行くように!」
「ふざけるな!」
「では失礼致します、陛下」
そう言い残し、ルシウスは颯爽と背中を向けて城の中に向かって行ってしまった。
チラリと陛下を見れば機嫌が良かったはずなのに底の底まで落ちたようにイラついている。
このイライラが誰に向けて発散されるのかって、それはもちろんセシリアである。
「セシリア。来なさい」
「は、はいぃ……」
やっぱり怖いかも……と思いながら父の元へおず、と行くと抱き込まれ、そのまま抱えられた。
父上の部屋方角なことに気づく。いつもなら家臣たちにバレないように別々で行くのに、父は怒りで考えられないようだった。
それでも、セシリアに触れる手は何よりも優しくて父に抱かれながらつい微笑んでしまうのだった。
兄は自分を見るなり溜息をつき、また自分を見て溜息をつく。その繰り返しだ。
「……最近、兄弟達や父の妃達、臣下達から聞かれるよ。『陛下の機嫌が良すぎて怖い。一体どんな魔法を使ったんだ』ってね」
「えと…」
「もちろん私は『魔法なんてないです、天気がよろしいからでは』と答えるようにしているが、馬鹿にしているのかと言われるんだ」
それはそうだと思う。が、これで肯定してはならない。
「いやだねぇ。真実を知っている私にしてみれば平和ですね、と言ってるだけなのに。ねぇ?」
「あぅ……」
「本当のことを知ったからと言って誰しもが幸せになれる訳じゃないのに。ねぇ、セシリア?」
「うぅ……」
目の前の紅茶にもお菓子にも手を付けられないほどの圧に縮こまるしか出来ない。
「はああぁ……まさか父上がミュラン妃に嫉妬していたとは。機嫌が最悪だったわけだ」
「……」
元々無表情と怒りの表情で臣下を恐慌状態にすることがあるが、ここ最近は更に機嫌が悪かった。みな幼い妃を寄越したせいだと言い張っていたのだ。
父上はあの初めての夜の後、『今すぐ教育係を辞めろ』と自分に言ってきた。オロオロして返事が遅れたらキスとセックスでドロドロにされ、息切れしながらなんとか『はい……』と返事をした。
父は今までずっと我慢してきたらしい。幼い頃は可愛い、と思うだけだった気持ち。それが年々成長するにつれて美しくなっていく。
馬鹿なことを。あれは血の繋がった息子だと。無理やり自制して、苛立ちを感じるようになった。
年々苛烈さを増していったのも自分が原因だと言われた。
けどこちらもずっと我慢していた。
幼い頃は敬愛と家族愛だったと認めるが、年頃になってからは女性に全く興味が持てず、かと言って男にもない。
父と会えば心臓が痛いほど早鐘を打って目が逸らせない。みなと同様、父のことを恐れているだけかと思えば、身体が粟立ち火照ってしまう。
抱きしめたい、キスをしたい。そして犯されたいとまで思うようになった。
「申し訳ございません……」
「……民にバレたらスキャンダルだけど、まぁ城の中なら誰も反対はしないだろうね」
「え?」
「考えてみなよ。毎日毎日理由も分からずイライラされてこちらの意見を片っ端から却下される。残業は当たり前。それが今や手のひらを返したように仕事をいち早く終わらせてそそくさと帰る」
確かに。父上はすぐに自室に来る。今現在、自分の部屋より父上の部屋での在室時間が長い。父から仕事が終わり次第そのまま部屋に来るように言われているせいだ。
そして今のところ兄上以外にバレていないのは、父に付いている侍女たちの口は岩よりも堅く、部屋でのことは誰も噂しないらしい。
「母は何となく察してるようだけどね」
「えっ!!!」
兄上は紅茶を優雅に口付けながら爆弾を落とした。
兄、ルシウスの母は正妃だ。そんな彼女に自分と父との関係がバレていると聞いて驚きに声が裏返った。
「安心して。母は怒ったりしてないよ。むしろ機嫌が良いんだ」
「ど、どうして……」
「分かるだろう?陛下は茶会に来れば機嫌悪そうにムスッと茶を飲む。夜にくればおざなりにお相手される。後宮の妃達も文句は言わないけれど、皆不満はあったはずだ」
それこそ、セシリアの母君も同様にね。と言う。
父上は確かに苛立ちを隠すような人ではないが、セシリアと同衾する時はかなり機嫌がいい。意地悪されることもあるけれど、父が欲しいと強請ると殊更機嫌良くなる。どの相手にもそうなのかと思って内心複雑ではあったが、そうでは無いと知って心が浮き立つ気がした。
「…………本当、あの人の何処が良いんだか…」
「セシリア」
顔を真っ赤にして悶えていると兄上がボソッと呟いた。なんと言ったのかよく聞こえなかったが、その兄上の向こうから焦がれた声が聞こえてきた。
まだ数刻しか離れていないのに、もう逢いたくて仕方なかった人。
兄上はビクッと肩を上げて驚いていた。
「陛下!」
「もう良いだろう。ルシウス」
「……もう公務は終えたんですか」
「ああ、後はお前のとこに回しといた。臣下もルシウスに早く王座を代わって欲しそうだったからいつでも代わると言っておいた」
「よ、余計な事を……!!」
兄上がプルプルと震えている。陛下は凄く機嫌が良い。ならば、と顔を上げてキッと陛下を睨むように鋭い視線を向けてきた。
「セシリア! 私が王になったらお前は絶対に重要ポストに付けるからな!!」
「!! ルシウス、お前!」
「えっ、えっ」
何がどうしてそんな話に。二人の間に挟まれキョロキョロと顔を見比べた。ルシウスも陛下もお互いを憎々しげに見合っていた。
親子仲が良いのか悪いのか、よく分からないけれどこれはこれで平和なのかもしれない。
「あとミュラン妃は話し相手にセシリアを希望されているので必ず行くように!」
「ふざけるな!」
「では失礼致します、陛下」
そう言い残し、ルシウスは颯爽と背中を向けて城の中に向かって行ってしまった。
チラリと陛下を見れば機嫌が良かったはずなのに底の底まで落ちたようにイラついている。
このイライラが誰に向けて発散されるのかって、それはもちろんセシリアである。
「セシリア。来なさい」
「は、はいぃ……」
やっぱり怖いかも……と思いながら父の元へおず、と行くと抱き込まれ、そのまま抱えられた。
父上の部屋方角なことに気づく。いつもなら家臣たちにバレないように別々で行くのに、父は怒りで考えられないようだった。
それでも、セシリアに触れる手は何よりも優しくて父に抱かれながらつい微笑んでしまうのだった。
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完結したのはわかるんですが、退位してからのとか、見たいです🥹💖
感想ありがとうございます!
いつか思いついたら書いていたりするのでこっそり増えてるかもしれません…!
読んでくださってありがとうございました
感想ありがとうございます!
将来もめちゃくちゃイライラしています。被害に遭うのはもちろんセシリアです笑
でも別にセシリアはイライラしてる陛下でも受け入れちゃうのでずっとこんな感じです……!
読んでくださってありがとうございました!
感想ありがとうございます!
広い心はもちろんですが、陛下の心が狭すぎる……めんどくさい!笑 確かにめんどくさいです!それです笑
読んでくださってありがとうございました!