聖女は断罪する

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86. テオの本気

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 「早いな」

テオが部屋に入ってすぐにヴィヴィアンヌと隠密部隊の二人が転移してきた。エミールは隣の覗き部屋に潜り込んだ。
 『愛人』に見覚えがあった。20年程前に半年、銀貨を持ってきていた小娘と似ていた。確証はない。ただその役目を担っていたならあの先が紫の薬草の扱いも、あれから何が出来てどう使うかも知っているはずだとエミールは思った。
 数名の班員にそういう教育をした記憶があった。そこに女性がいたことは覚えている。その女性の一人、だった気がするなとエミールは覗き穴からその「愛人」を見て思った。
 エミールとヴィヴィアンヌは魅了除けの魔道具を使っている。隠密部隊はそもそもテオに忠誠を誓った宮廷魔術師団の生え抜きであったのでテオの魅了はいくらでも浴びて良いと誓っている人間だった。

 テオがぐいっと愛人に近づき、片目を隠す。そして愛人の目隠しと猿轡を隠密がとる。

「ちょっと、ドゥエスタン伯爵ふ……」

愛人は極限の近距離でテオとその瞳を見た。テオが殆ど使う事にない魅了の力をその瞳と視線に集めていたのだ。

「あ……あ……あ」

それはもう魔眼と言ってでいい効果があった。ヴィヴィアンヌもエミールもこれで愛人は堕ちたな、と確信していた。

「君の名前は」

「ヒスイといいます」

「生まれは?」

「隣の国の……孤児です」

「孤児?」

「私の一族は生まれた子供は母親から離され一族の子供村で育ちます。自分の父母はだれか判りません。一族の年上の女性が母親であり男性が父親なのです」

これで愛人の出自が絞れた。それは隣国の影を育てる村の出身という事だ。隠密の一人がそっと部屋を出る。闇の中の出入り口は一度エミールのいる覗き部屋を通るのだ。覗き部屋の方は下側に灯りがついている。そして遮音結界を隣の部屋とはわけてかけてある。

「フィールズ老に影候補を流してるやつも探れるか?」

「これからなのでわかりませんが探ります」

エミールは手帳を取り出して何かを書きつけて術をかける。テオの部下にはそれはエミールの署名があるだけの紙に見えた。

「それを持って行ったら隣国の魔術師、ロッドバルドに見せろ」

強制力が伴った呪言をテオの部下はまともに受け止めてしまった。

「わかり、ました……」

「わるいようにはならn。俺が動くよりは常識があるロッドに任せた方が良いと思ってな」

エミールは自嘲気味に言った。

「わかりました。近いうちにご報告にあがります」

「そうだ、名前は?」

「トニオと申します」

トニオは礼をし今度こそ出口に向かった。エミールはそっと隠し部屋からテオたちがいる部屋に出た。

「エミール、フィールズ老の地下の薬草について訊いてくれ」

エミールは小声でかつテオの耳の周りだけに遮音結界をはり言った。テオは頷いた。殆ど光のない部屋でエミールは正確にヴィヴィアンヌの横に立った。

「テオになんて言ったの?」

エミールとヴィヴィアンヌの周りにも遮音結界がはられた。

「ああ、俺が記憶違いをしてなければあの子、フィールズ老の所で薬草の扱いとか薬の抽出の仕方とか睡眠薬を作る作り方とかレクチャーした子の中にいたと思ってな」

ヴィヴィアンヌが不思議そうにエミールに訊ねる。

「そういや愛人見るの初めてだっけ?」

「愛人として見るのは初めてだな」

「違う状況では見た事がある、と?」

「多分な」

エミールはヴィヴィアンヌに頷いた。


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