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二章 シェムハザ
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死魔法、死魔法だ! 自身の根幹、幼い頃からの疑問、一生を賭けるに値する研究主題! シェムハザは内心の興奮を抑え、死魔法の術者を探した。
少なくとも、自分たちの味方ではないだろう。だがしかし、今すぐ敵対すべき者でもない。意図や形はどうあれ、シェムハザたちは助かったのだから。
けれども、楽観もできない。死魔法の術者は、シェムハザたちが苦戦していた大鬼を一撃で殺したのだから。魔法書を使った可能性もあるが、そんな強力な魔法書を持っているだけでも警戒心は高まる。
死魔法によって起き上がった大鬼は、何も命じられていないためただそこに佇んでいる。それだけでもこの威圧感だ、もし術者がシェムハザたちを殺すようにと命じれば、今度こそ誰かを犠牲にしてでも勇者を逃がさねばならない。
そんな、緊迫した空気を裂くように、上がった歓声。
「やったー!!」
「ヴォジャノーイさまばんざーい!!」
「ヴォジャノーイさまありがとうございます!!」
わぁわぁ、両手を挙げて喜び飛び出してきたのはゴブリンたち。倒れている戦士長にも、立ち尽くす勇者たちにも目をくれず、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
ヴォジャノーイ、と呼ばれたのは大鬼を殺し、死魔法をかけた術者の名前であろうと予想できるが、それをゴブリンたちが歓迎する理由がわからない。ゴブリンたちは大鬼の配下ではないのか。
「いや別に……コイツがオレを殺すとか言ってたから殺っただけだし……」
「もうオグルにころされない!!」
「ヴォジャノーイさまばんざーい!!」
「まちにいかなくてもいい!!」
「にんげんこわい!!」
「頭痛くなるからわめくなって……ほら、さっさと帰れよ」
大鬼の背後にいるらしき術者に、口々に感謝を述べている小鬼たち。彼等は一頻り騒ぎ、頭を地にこすりつけ、そうして森の奥へと帰って行った。
「で、アンタらもさっさと帰れば? コイツの討伐か何かを頼まれたんだろうけど……あぁ、討伐証明がいるのか……」
不意に、その術者の声が勇者たちにかけられる。実力差をまざまざと見せつけられていたため、勇者たちの間に緊張が走るも、術者は全く気にしていないようだった。
「耳? 鼻? どこを削いだらいい? あー、悪いがそこの棍棒と盾は諦めてくれ。オレはオレで持って帰らなきゃいけないからさ……」
確かに、鬼系統のモンスターを倒した証として、頭から上の部位を持ち帰ることはある。小鬼なら首丸ごとでもいいが、この大きさの大鬼ならば耳か鼻が妥当ではあった。
だが、それとこれとは話が違う。はく、はく、と何かを言いかけては声を出せずにいる勇者を背に庇い、前に出たのはシェムハザだった。
「いえ……その、ゴブリンを討伐する予定で来たんです。こんなに強いモンスターが出てくるなんて、想定外で……討伐証明をいただいても、実力より上のものを倒せたなんて思われかねないですし……」
「あ? 面倒だな……いや、じゃあ逆に何もいらないってこと?」
「そうですね、むしろ我々が御礼として貴方に何かお渡ししなければならないので……どうしましょう、お渡しできるレアアイテムはこれくらいなのですが……」
「え? 何で? オレはアンタらから何かもらうようなこと、してないだろ?」
「貴方にそのつもりがなかろうと、我々は命を救われました。この恩に報いずに別れたとあっては、神もお許しにならないでしょう」
「うぇえ……面倒臭いな……」
共有管理のインベントリからいくつかのレアアイテムを取り出したシェムハザを、後ろからつつく大魔女。こんな胡散臭く、禁忌の術を躊躇いなく使い、かつモンスターとの親交もあるらしい、疑わしさしかない相手に対して何故、と。
シェムハザは、そんな大魔女を宥めるように緩く微笑み、小さく首を振った。表向きの理由は、今ここでこの術者の機嫌を損ねれば、今度こそ全滅しかねないということ。裏の理由は、何が何でもこの術者との縁を途切れさせないために――中級神魔法たる『追え神の猟犬』を付与した物を、持たせること。
神の猟犬は、一度覚えさせた匂いを忘れることはない。通常、教会が有する神具(とは名ばかりのレアアイテムがほとんどなのだが)の盗難を防ぎ、盗まれたとて必ず見つけ出すための魔法である。シェムハザは、勇者たちが手に入れた道具類が盗まれないよう、ほぼ全ての持ち物にこの魔法を付与していた。
だがしかし、術者は大鬼の背後から出ることさえしない。疑われたか、とシェムハザが己の言動を振り返る中、ぽん、と投げ渡されたのは体力回復用ポーション。冒険者ギルドの印が刻まれた、純正品だ。
「そっちの前衛、コイツに殴られたんだろ? オレは怪我もしてないし、使ってやれよ」
「大変ありがたいですが、それでは命を救われた上に……」
「面倒臭いから礼はいらねぇって……あ、じゃあ一つだけ頼んどこうか」
「何でしょう?」
「さっきのゴブリンたち、コイツに無理矢理働かされてたんだ。アイツらの住処まで踏み込まなきゃ人間を襲うってのはないから、森の奥まで行かないようにって伝えといて」
じゃあな、と気軽に告げられた別れの言葉。シェムハザが次の言葉を紡ぐ前に、大鬼にかけられていた死魔法が解かれ、その亡骸が崩れ落ちる。と同時に、転移か何かの魔法書を使ったのか――術者の気配も消え失せた。
シェムハザは、術者から受け取ったポーションを見詰めて、考え込む。彼は、一体何者なのか。彼に死魔法についての教えを乞うには、どうすればいいのか。
それから幾つかの季節が巡り、シェムハザは「ヴォジャノーイ」の正体と――彼を追うための、手掛かりを見つける。
少なくとも、自分たちの味方ではないだろう。だがしかし、今すぐ敵対すべき者でもない。意図や形はどうあれ、シェムハザたちは助かったのだから。
けれども、楽観もできない。死魔法の術者は、シェムハザたちが苦戦していた大鬼を一撃で殺したのだから。魔法書を使った可能性もあるが、そんな強力な魔法書を持っているだけでも警戒心は高まる。
死魔法によって起き上がった大鬼は、何も命じられていないためただそこに佇んでいる。それだけでもこの威圧感だ、もし術者がシェムハザたちを殺すようにと命じれば、今度こそ誰かを犠牲にしてでも勇者を逃がさねばならない。
そんな、緊迫した空気を裂くように、上がった歓声。
「やったー!!」
「ヴォジャノーイさまばんざーい!!」
「ヴォジャノーイさまありがとうございます!!」
わぁわぁ、両手を挙げて喜び飛び出してきたのはゴブリンたち。倒れている戦士長にも、立ち尽くす勇者たちにも目をくれず、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
ヴォジャノーイ、と呼ばれたのは大鬼を殺し、死魔法をかけた術者の名前であろうと予想できるが、それをゴブリンたちが歓迎する理由がわからない。ゴブリンたちは大鬼の配下ではないのか。
「いや別に……コイツがオレを殺すとか言ってたから殺っただけだし……」
「もうオグルにころされない!!」
「ヴォジャノーイさまばんざーい!!」
「まちにいかなくてもいい!!」
「にんげんこわい!!」
「頭痛くなるからわめくなって……ほら、さっさと帰れよ」
大鬼の背後にいるらしき術者に、口々に感謝を述べている小鬼たち。彼等は一頻り騒ぎ、頭を地にこすりつけ、そうして森の奥へと帰って行った。
「で、アンタらもさっさと帰れば? コイツの討伐か何かを頼まれたんだろうけど……あぁ、討伐証明がいるのか……」
不意に、その術者の声が勇者たちにかけられる。実力差をまざまざと見せつけられていたため、勇者たちの間に緊張が走るも、術者は全く気にしていないようだった。
「耳? 鼻? どこを削いだらいい? あー、悪いがそこの棍棒と盾は諦めてくれ。オレはオレで持って帰らなきゃいけないからさ……」
確かに、鬼系統のモンスターを倒した証として、頭から上の部位を持ち帰ることはある。小鬼なら首丸ごとでもいいが、この大きさの大鬼ならば耳か鼻が妥当ではあった。
だが、それとこれとは話が違う。はく、はく、と何かを言いかけては声を出せずにいる勇者を背に庇い、前に出たのはシェムハザだった。
「いえ……その、ゴブリンを討伐する予定で来たんです。こんなに強いモンスターが出てくるなんて、想定外で……討伐証明をいただいても、実力より上のものを倒せたなんて思われかねないですし……」
「あ? 面倒だな……いや、じゃあ逆に何もいらないってこと?」
「そうですね、むしろ我々が御礼として貴方に何かお渡ししなければならないので……どうしましょう、お渡しできるレアアイテムはこれくらいなのですが……」
「え? 何で? オレはアンタらから何かもらうようなこと、してないだろ?」
「貴方にそのつもりがなかろうと、我々は命を救われました。この恩に報いずに別れたとあっては、神もお許しにならないでしょう」
「うぇえ……面倒臭いな……」
共有管理のインベントリからいくつかのレアアイテムを取り出したシェムハザを、後ろからつつく大魔女。こんな胡散臭く、禁忌の術を躊躇いなく使い、かつモンスターとの親交もあるらしい、疑わしさしかない相手に対して何故、と。
シェムハザは、そんな大魔女を宥めるように緩く微笑み、小さく首を振った。表向きの理由は、今ここでこの術者の機嫌を損ねれば、今度こそ全滅しかねないということ。裏の理由は、何が何でもこの術者との縁を途切れさせないために――中級神魔法たる『追え神の猟犬』を付与した物を、持たせること。
神の猟犬は、一度覚えさせた匂いを忘れることはない。通常、教会が有する神具(とは名ばかりのレアアイテムがほとんどなのだが)の盗難を防ぎ、盗まれたとて必ず見つけ出すための魔法である。シェムハザは、勇者たちが手に入れた道具類が盗まれないよう、ほぼ全ての持ち物にこの魔法を付与していた。
だがしかし、術者は大鬼の背後から出ることさえしない。疑われたか、とシェムハザが己の言動を振り返る中、ぽん、と投げ渡されたのは体力回復用ポーション。冒険者ギルドの印が刻まれた、純正品だ。
「そっちの前衛、コイツに殴られたんだろ? オレは怪我もしてないし、使ってやれよ」
「大変ありがたいですが、それでは命を救われた上に……」
「面倒臭いから礼はいらねぇって……あ、じゃあ一つだけ頼んどこうか」
「何でしょう?」
「さっきのゴブリンたち、コイツに無理矢理働かされてたんだ。アイツらの住処まで踏み込まなきゃ人間を襲うってのはないから、森の奥まで行かないようにって伝えといて」
じゃあな、と気軽に告げられた別れの言葉。シェムハザが次の言葉を紡ぐ前に、大鬼にかけられていた死魔法が解かれ、その亡骸が崩れ落ちる。と同時に、転移か何かの魔法書を使ったのか――術者の気配も消え失せた。
シェムハザは、術者から受け取ったポーションを見詰めて、考え込む。彼は、一体何者なのか。彼に死魔法についての教えを乞うには、どうすればいいのか。
それから幾つかの季節が巡り、シェムハザは「ヴォジャノーイ」の正体と――彼を追うための、手掛かりを見つける。
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