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第一章 ヴォジャノーイ
三
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デストラップダンジョンは、何階層あるかわからない。ただ、外から見た限りでは三十階層以上であろうと噂されている。この他にもこのダンジョンに関する噂は多々あり、その内の一つが踏破報酬に関するものだった。
最上階まで登り詰めたらどんな望みも叶う。金銀財宝は言うに及ばず、世界征服でさえも容易い。そんな噂を耳にした冒険者たちは、こぞってこのダンジョンへと向かい、やがて誰もが口を閉ざし全てをなかったことにした。
それだけ、かのダンジョンから吐き出された死体は惨かったのだ。全身をばらばらにされているのはまだましな方で、装備ごと挽き肉にされていたり、内臓を全て抉り抜かれていたり、語るもおぞましい死体の数々が、デストラップダンジョンから冒険者を遠ざけた。
誰だって命は惜しい、必ず死ぬとわかっていて挑戦するのは勇気があるのではなく馬鹿なだけだ。だから、ノーイがそのダンジョンに行くと漏らした時は、冒険者ギルドの冒険者たちから散々笑われて、その後でしつこくしつこく説得された。
が、ノーイには確実な勝算があった。ノーイは人間に化けているが、人間ではない。人間なら首を落とされれば死ぬし、内臓を潰されても死ぬが、ノーイは死なない。最悪、挽き肉にされたとてノーイの本体は無事である。他の誰かに見られてさえいなければ。
そうして、ノーイはデストラップダンジョンに侵入した。その名に恥じぬ数多の致命的な罠を回避し、時に直撃しつつも本体には傷一つ負わず、せっせと登り、登り、登り。辿り着いた最上階で、ノーイは今の主人に出会ったのであった。
「……人でなしが、何をしに?」
「初対面でひでぇこと言うなぁ?」
「ただの事実だろう、沼地の主よ」
そこは、天井すれすれまで積み上げられた本と、何やら難しい術式などが書きつけられた大量の紙片で囲まれた部屋だった。部屋の主にしてこのダンジョンの主は、漆黒の外套、恐らくレアアイテムであろう装備で頭の先から爪先までを覆い隠している。
「こっちは一生遊んで暮らせるだけの金がほしいだけだってのに」
対して、ノーイはかつて奪った装備のまま。ここに来るまでにほぼ大破してしまった鎖帷子と、最初からぼろぼろの剣が一本。普通なら、勝負するまでもなく負けを確信するしかない状況で。
「一生遊んで暮らす? ……凡愚だな、聞いて呆れる」
「誰だって苦しい思いはしたくないだろ?」
「は、人でなしが人を語るか……生憎、あれはただの噂だ。人間を誘き寄せるためのな。お前みたいなものを呼び寄せてしまうなら、そろそろ潮時のようだ」
ダンジョンの主は、愉快そうに笑い。次の瞬間、影を渡って己の首を刈りに来たノーイに向かって、こう唱えた。
「『従え、ヴォジャノーイ』」
最上階まで登り詰めたらどんな望みも叶う。金銀財宝は言うに及ばず、世界征服でさえも容易い。そんな噂を耳にした冒険者たちは、こぞってこのダンジョンへと向かい、やがて誰もが口を閉ざし全てをなかったことにした。
それだけ、かのダンジョンから吐き出された死体は惨かったのだ。全身をばらばらにされているのはまだましな方で、装備ごと挽き肉にされていたり、内臓を全て抉り抜かれていたり、語るもおぞましい死体の数々が、デストラップダンジョンから冒険者を遠ざけた。
誰だって命は惜しい、必ず死ぬとわかっていて挑戦するのは勇気があるのではなく馬鹿なだけだ。だから、ノーイがそのダンジョンに行くと漏らした時は、冒険者ギルドの冒険者たちから散々笑われて、その後でしつこくしつこく説得された。
が、ノーイには確実な勝算があった。ノーイは人間に化けているが、人間ではない。人間なら首を落とされれば死ぬし、内臓を潰されても死ぬが、ノーイは死なない。最悪、挽き肉にされたとてノーイの本体は無事である。他の誰かに見られてさえいなければ。
そうして、ノーイはデストラップダンジョンに侵入した。その名に恥じぬ数多の致命的な罠を回避し、時に直撃しつつも本体には傷一つ負わず、せっせと登り、登り、登り。辿り着いた最上階で、ノーイは今の主人に出会ったのであった。
「……人でなしが、何をしに?」
「初対面でひでぇこと言うなぁ?」
「ただの事実だろう、沼地の主よ」
そこは、天井すれすれまで積み上げられた本と、何やら難しい術式などが書きつけられた大量の紙片で囲まれた部屋だった。部屋の主にしてこのダンジョンの主は、漆黒の外套、恐らくレアアイテムであろう装備で頭の先から爪先までを覆い隠している。
「こっちは一生遊んで暮らせるだけの金がほしいだけだってのに」
対して、ノーイはかつて奪った装備のまま。ここに来るまでにほぼ大破してしまった鎖帷子と、最初からぼろぼろの剣が一本。普通なら、勝負するまでもなく負けを確信するしかない状況で。
「一生遊んで暮らす? ……凡愚だな、聞いて呆れる」
「誰だって苦しい思いはしたくないだろ?」
「は、人でなしが人を語るか……生憎、あれはただの噂だ。人間を誘き寄せるためのな。お前みたいなものを呼び寄せてしまうなら、そろそろ潮時のようだ」
ダンジョンの主は、愉快そうに笑い。次の瞬間、影を渡って己の首を刈りに来たノーイに向かって、こう唱えた。
「『従え、ヴォジャノーイ』」
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