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緩やかに幕は上がる

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セレナが落ち着きを取り戻し、クーを椅子に座らせる。そしてもてなすようにお茶とクッキーをテーブルに置いた。

「このクッキー。クーちゃんが旅立った後に出来たお店のもので、すごくおいしいのよ」

「へぇ。そうなんだ」

勧められるがままに、クーはクッキーに手を伸ばす。甘味は控えめだが、香ばしいバターの風味が口に広がり、確かにかなりのおいしさだった。
続いてお茶も一口すする。懐かしい味が口に広がった。

「そうだ。お母さん。色々話したいことがあって……」

カップをテーブルに置いて、クーはセレナにこれまであった事を全て話した。
マイとの出会い。ジーニアスでの出来事。そして、これからの事。

「初めてここを出た時は、正直嫌々だったよ。でも、今回は違うの。自分の意思で、自分がそうしたいって思って、旅立つんだって決めたの」

「…………」

真っすぐ見つめながら訴えるクーに、セレナ視線をテーブルへと落とす。
臆病で、引っ込み思案で、泣き虫な子どもだった。それが今、強い決意を持って、旅立とうとしている。親として送り出したい気持ちもあれば、引き留めたい気持ちもある。どんなに強くなったと言われても、セレナの中では、まだか弱い少女という印象が強いからだ。
改めて顔を上げて、娘と正面から向き合う。背が伸びたとも、大人っぽくなったとも違う。それでも、目の前の彼女は旅立った数週間前とは違う顔立ちになっていた。

「本気、なのね」

「うん」

即答だった。ならばこれ以上かける言葉は、多くなかった。

「怪我には気を付けて。無理はしちゃ駄目よ」

「! うん!」

クーがお茶を一気に飲み干し、席を立ちあがる。

「あ。お父さんとも話しておきたいんだけど……」

「う~ん。ちょっと今は難しいから、お手紙でも書いたらどう?」

「そうだね。じゃあちょっと書いてくる」

廊下へと向かったクーは、その途中で一度立ち止まり、振り返った。

「あ。そのクッキー。ちょっと持ってっていい? 友達にも、食べさせたいんだ」

「ええ。それじゃあ、取り分けておくわ」

「ありがとう。お母さん」

今度こそ廊下へと出て、クーは二階にある自分の部屋を目指した。
セレナも席から立ち上がると、先程まで読んでいた本の表紙が目に入った。
苦難を乗り越える二人だったが、終盤、彼らは国を追われてしまう。
暗闇の中、逃げる二人。未だ呪いが解けず、負い目を感じているシャーロットへ、エミリオは言う。

「君と一緒なら、僕は喜んで日陰の道を歩もう」

その言葉のすぐ後、追ってが近づくのを感じ取り、二人は再びその場を離れる。エミリオに手を引かれながら、心の中でシャーロットは想う。

(あなたは私の太陽。あなたがいれば、私は光を感じられる)

そこで物語は幕を閉じる。
セレナはハッピーエンドとは言い切れないこの結末が苦手だった。二人は追ってから逃げきれたのか? どこかで幸せに暮らせただろうか? 考えても明確な続きはなく、誰もその結末を知りえなかった。
そして今、自分の娘が故郷を再び旅立つ。帰ってくるかもわからない。それはまるで、この本の結末のようだった。
彼女の物語は、ハッピーエンドに辿り着くだろうか。不安が脳裏を掠めるが、頭を振ってそれを否定する。
とにかく、今は信じよう。彼女にとって、大切な友人も近くにいる。

「次に帰ってくるときには、連れてきてくれないかしら」

一人呟くと、クーと約束したように、クッキーを取り分ける袋を探すことにした。
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