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緩やかに幕は上がる

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手紙を書き終えて一階のリビングに戻ると、セレナが取り分けたクッキーの入った袋を渡してくれた。お礼を言ってそれを受け取ったクーは、そのまま玄関を目指した。

「もう行くの?」

「うん。あんまり長くいたら、友達を待たせちゃうから」

クーが玄関に手を掛ける。もう一度、母親の顔を見るように振り返った。

「いってきます!」

最初に家を出た時とは打って変わった、明るい声。それを受けて、セレナも笑顔を浮かべた。

「ええ。いってらっしゃい」

それを最後に、クーが玄関を開ける。残されたセレナは、リビングに戻って、本の続きを読むことにした。

*
サンスの町の出入り口にあたる場所には、訪れた人を歓迎するように大きな銅像が建てられている。この町を作った初代町長の像らしいが、クーはそんな事に一度たりとも興味を持ったことはなかった。
だがマイは違ったようで、銅像を見上げて、解説が刻まれた石碑をまじまじと呼んでいた。

「お、おまたせ」

クーが声を掛けると、マイが振り向いた。全然待ってないと、彼女はクーに微笑みかけた。

「全然平気。クーこそ、本当にもういいの?」

「うん。お母さんとは話せたし、お父さんにも手紙を書いたから」

それと、とクーはマイにクッキーの入った袋を渡した。

「これ。お母さんが買ってたクッキー。おいしかったから、マイにも食べてほしくて」

「そんな気を遣わなくてもいいのに……。いただくけど」

マイが袋を受け取ると、中からクッキーを一つ取り出し、口に運んだ。

「うん。おいしい。ありがとう」

「どういたしまして」

ところで、とクーはマイに一つの疑問を尋ねた。

「ここでの用事ってなんだったの?」

クーが帰郷すると決め、そのまま旅立つことが決まると、マイも一緒に行くことになった。どのみちクーの旅には同行するつもりだったが、それはそれとしてサンスにも用事があると、クーが実家に帰っている間に済ませてきていた。

「ああ。ここの町長のところに行ってきたの。なんでクーを追い出したのか、問いただしたくって」

「お、追い出したって……」

「事実なの。あいつ、自分の子どもを勇者にしたくって、クーが死ねばそうなるんじゃないかって思ったみたい。全く論理的じゃないよね」

呆れたようなマイに対して、クーは少しだけショックを受けた。そんな一方的な逆恨みとも言える仕打ちを自分が受けるとは、思ってもいなかった。

「ま、そういう訳だから、いくらか賠償してもらったけどね」

マイの足元には、彼女の荷物が入ったカバンと、それとは別にクーが渡した袋よりも一回り大きな袋がある。それを手に取って口を開けると、中には硬貨が大量に入っていた。

「これでしばらくは旅費に困らないね」

どこか意地の悪いマイの顔に、クーは「あはは……」と困ったような笑うしかなかった。

「そ、そうだ。私、マイにもう一つ渡したいものがあって……」

クーはポケットにしまっていた、蝶をあしらった髪飾りをマイに差し出す。

「これ。昔作ったやつなんだけど、マイに似合うと思って」

「ふうん……」

マイが髪飾りを受け取る。薄い桃色をしたそれをまじまじと観察すると、自身の頭の左側に付けてみる。銀の髪に、桃色の蝶がとまった。

「どう?」

マイがクーに尋ねると、クーは笑顔を浮かべて、「似合ってるよ」と答えた。

「でも、また新しいのも作るから。約束、したからね」

「別にこれでも十分だけど……まあ、期待してるわ」

マイが照れたようにクーから顔を背けると、そのまま足元の鞄を拾い上げた。

「それじゃあ、そろそろ出発しよ。まずはシエロセルに向かって、そこでクーの事を報告。ついでにもう一人の光の勇者について、話を聞いてみようか」

「うん。わかった」

マイが先導して、サンスの外へと向かう。クーもその後を追いかける。

ここが出発点。踏み出す足は、以前よりも軽やかで、力強くなっていた。
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