上 下
96 / 98
5.安楽樹は渋々推理する

19

しおりを挟む
「そんなくだらない理由で、娘はいじめに遭ったのか? そんな、馬鹿みたいな理由で、娘は留学を切り上げて帰って来たって? で、娘は自ら命を絶ったって? そんなの信じられるか? なぁ、誰か信じられるのか!」

 管理人の言葉は、果たして誰に向けられたものだったのか。栓を抜いた瓶ビールを、コップに注ぐことなくラッパ飲みにすると、改めて周囲の人間に訴えるかのごとく辺りを睨みつけた。

「ごめんなさい……。本当にごめんなさい」

 きっと良心の呵責があったのだろう。香純が小声で何度も謝る。憶測でしかないが、麗里と一緒になって、管理人の娘をいじめていたに違いない。

「――娘が死んでからしばらくして、あの子の部屋から茶封筒と便箋が出てきた。今思えば、あれは本来遺書として残すつもりだったのかもしれない。そこには、日本から娘が帰ってきた理由が書かれていたよ。仲間から邪険にされた上に、ありもしない噂まで流されてしまった……ってな。日本は好きだけど、あそこにはいたくなかったって。帰ってくれば元に戻ると本人も考えていたみたいだが、日本にいるうちに相当な心の傷を負ってしまったらしい。その傷が癒えないまま、娘は自ら命を絶ったんだ」

 管理人は捲し立てるかのごとく言い放つと、そこで電池が切れてしまったかのごとく、椅子に沈み込んでしまった。

「日本から帰ってきた娘のことを、もっと見てやるべきだったんだ。寄り添ってやるべきだったんだ。それを怠ったのは俺だ。俺に責任がある。でもな――そもそも、娘が日本で嫌な思いさえしなければ、心に傷を負わなければ、こんなことにならなかったんじゃないかと思うんだよ」

 父として、その葛藤は相当なものだったのであろう。人間誰もが犯罪者になりたくてなっているのではないだろう。ならざるを得なかったという場合がほとんどだと思いたい。もちろん、あの孤島で発生した事件は、事実として残り続けることだろう。しかし、管理人が根っからの犯罪者のようには見えない。絶海の孤島というシチュエーションが、なにかを凶暴化させたのではないだろうか。

「そんな折、もうひとつの茶封筒を開くことがあったんだ。そこには、書きかけの原稿が入っていたんだ。もちろん、日本語ではなく、こちらの母国の言葉でな。それは――小さい頃に良く連れて行った孤島を舞台に、事件が起きる推理小説だった。娘を失った俺は、心を埋めるように原稿にのめり込んだ。ややトリックとやらに無理矢理感はあったが、実行することは充分にできた」

 管理人が言葉を区切るのを待っていたかのごとく、ぽつりと安楽が呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜アソコ編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとエッチなショートショートつめあわせ♡

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~

しんいち
ミステリー
オカルトに魅了された主人公、しんいち君は、ある日、霊感を持つ少女「幽子」と出会う。彼女は不思議な力を持ち、様々な霊的な現象を感じ取ることができる。しんいち君は、幽子から依頼を受け、彼女の力を借りて数々のミステリアスな事件に挑むことになる。 彼らは、失われた魂の行方を追い、過去の悲劇に隠された真実を解き明かす旅に出る。幽子の霊感としんいち君の好奇心が交錯する中、彼らは次第に深い絆を築いていく。しかし、彼らの前には、恐ろしい霊や謎めいた存在が立ちはだかり、真実を知ることがどれほど危険であるかを思い知らされる。 果たして、しんいち君と幽子は、数々の試練を乗り越え、真実に辿り着くことができるのか?彼らの冒険は、オカルトの世界の奥深さと人間の心の闇を描き出す、ミステリアスな物語である。

♡ちょっとエッチなアンソロジー〜おっぱい編〜♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート詰め合わせ♡

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...