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5.安楽樹は渋々推理する
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「そんなくだらない理由で、娘はいじめに遭ったのか? そんな、馬鹿みたいな理由で、娘は留学を切り上げて帰って来たって? で、娘は自ら命を絶ったって? そんなの信じられるか? なぁ、誰か信じられるのか!」
管理人の言葉は、果たして誰に向けられたものだったのか。栓を抜いた瓶ビールを、コップに注ぐことなくラッパ飲みにすると、改めて周囲の人間に訴えるかのごとく辺りを睨みつけた。
「ごめんなさい……。本当にごめんなさい」
きっと良心の呵責があったのだろう。香純が小声で何度も謝る。憶測でしかないが、麗里と一緒になって、管理人の娘をいじめていたに違いない。
「――娘が死んでからしばらくして、あの子の部屋から茶封筒と便箋が出てきた。今思えば、あれは本来遺書として残すつもりだったのかもしれない。そこには、日本から娘が帰ってきた理由が書かれていたよ。仲間から邪険にされた上に、ありもしない噂まで流されてしまった……ってな。日本は好きだけど、あそこにはいたくなかったって。帰ってくれば元に戻ると本人も考えていたみたいだが、日本にいるうちに相当な心の傷を負ってしまったらしい。その傷が癒えないまま、娘は自ら命を絶ったんだ」
管理人は捲し立てるかのごとく言い放つと、そこで電池が切れてしまったかのごとく、椅子に沈み込んでしまった。
「日本から帰ってきた娘のことを、もっと見てやるべきだったんだ。寄り添ってやるべきだったんだ。それを怠ったのは俺だ。俺に責任がある。でもな――そもそも、娘が日本で嫌な思いさえしなければ、心に傷を負わなければ、こんなことにならなかったんじゃないかと思うんだよ」
父として、その葛藤は相当なものだったのであろう。人間誰もが犯罪者になりたくてなっているのではないだろう。ならざるを得なかったという場合がほとんどだと思いたい。もちろん、あの孤島で発生した事件は、事実として残り続けることだろう。しかし、管理人が根っからの犯罪者のようには見えない。絶海の孤島というシチュエーションが、なにかを凶暴化させたのではないだろうか。
「そんな折、もうひとつの茶封筒を開くことがあったんだ。そこには、書きかけの原稿が入っていたんだ。もちろん、日本語ではなく、こちらの母国の言葉でな。それは――小さい頃に良く連れて行った孤島を舞台に、事件が起きる推理小説だった。娘を失った俺は、心を埋めるように原稿にのめり込んだ。ややトリックとやらに無理矢理感はあったが、実行することは充分にできた」
管理人が言葉を区切るのを待っていたかのごとく、ぽつりと安楽が呟いた。
管理人の言葉は、果たして誰に向けられたものだったのか。栓を抜いた瓶ビールを、コップに注ぐことなくラッパ飲みにすると、改めて周囲の人間に訴えるかのごとく辺りを睨みつけた。
「ごめんなさい……。本当にごめんなさい」
きっと良心の呵責があったのだろう。香純が小声で何度も謝る。憶測でしかないが、麗里と一緒になって、管理人の娘をいじめていたに違いない。
「――娘が死んでからしばらくして、あの子の部屋から茶封筒と便箋が出てきた。今思えば、あれは本来遺書として残すつもりだったのかもしれない。そこには、日本から娘が帰ってきた理由が書かれていたよ。仲間から邪険にされた上に、ありもしない噂まで流されてしまった……ってな。日本は好きだけど、あそこにはいたくなかったって。帰ってくれば元に戻ると本人も考えていたみたいだが、日本にいるうちに相当な心の傷を負ってしまったらしい。その傷が癒えないまま、娘は自ら命を絶ったんだ」
管理人は捲し立てるかのごとく言い放つと、そこで電池が切れてしまったかのごとく、椅子に沈み込んでしまった。
「日本から帰ってきた娘のことを、もっと見てやるべきだったんだ。寄り添ってやるべきだったんだ。それを怠ったのは俺だ。俺に責任がある。でもな――そもそも、娘が日本で嫌な思いさえしなければ、心に傷を負わなければ、こんなことにならなかったんじゃないかと思うんだよ」
父として、その葛藤は相当なものだったのであろう。人間誰もが犯罪者になりたくてなっているのではないだろう。ならざるを得なかったという場合がほとんどだと思いたい。もちろん、あの孤島で発生した事件は、事実として残り続けることだろう。しかし、管理人が根っからの犯罪者のようには見えない。絶海の孤島というシチュエーションが、なにかを凶暴化させたのではないだろうか。
「そんな折、もうひとつの茶封筒を開くことがあったんだ。そこには、書きかけの原稿が入っていたんだ。もちろん、日本語ではなく、こちらの母国の言葉でな。それは――小さい頃に良く連れて行った孤島を舞台に、事件が起きる推理小説だった。娘を失った俺は、心を埋めるように原稿にのめり込んだ。ややトリックとやらに無理矢理感はあったが、実行することは充分にできた」
管理人が言葉を区切るのを待っていたかのごとく、ぽつりと安楽が呟いた。
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