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最終章 真相【過去 赤松朱里】
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どうやって驚かせてやろうか。迷いに迷った彼女は、結局スタンダードに驚かせることにした。茂みの中から、牛のマスクを被った人間が飛び出しただけでも、かなりの恐怖となるだろう。
息を潜めてじっくりと待つ。どうやら、谷惇のほうが先行してやって来たようだった。なるほど、実に心許ない光に見えていたのは、ペンライトの明かりだったらしい。昼間でも薄暗いと言われているこの森において、ペンライト程度の光量ではまるで意味がない。文字通りの気休め程度――といったところか。
彼がゆっくりとこちらに近づいてくる。ぬっと立ち上がり、斧でも振りかぶってみたら、きっと腰を抜かすに違いない。彼が目と鼻の先にやってきたところで、考えていた通りに姿を現すことにした。斧を振りかぶりつつ、勢いよく立ち上がった――つもりだった。
谷がまたまた視線をそらしてしまったようで、立ち上がったミノタウロスのことに気づかない。そして、立ち上がると同時に斧を振りかぶってしまったミノタウロスには、やや不都合が生じていた。思ったよりも斧が重く、立ち上がると同時にバランスを崩したのだ。
――あっと思った時には、重力に従って斧を振り下ろしてしまっていた。それも、運が悪いことに谷の脳天に向かってだ。
手が滑ったというか、足が滑ったというか。とにもかくにも、全身の力を込めて斧を振り下ろしてしまったミノタウロス。斧は谷の脳天をかち割った後、地面へと突き刺さった。谷と目が合う。
まるでゾンビであるかのごとく、ミノタウロスのほうへと手を伸ばした谷は、しかし茂みを少し過ぎたところでうつ伏せに倒れ込んでしまった。
なんてことだ――。彼女は狼狽した。足元に倒れた谷はピクリとも動かない。ふと、地面に突き刺さった斧を見ると真っ赤に染まっていた。人はこうも簡単に死んでしまうのか。彼女はその時、初めて知ってしまったのだ。人間という生き物のもろさに。
何よりも、その手応えに快感のようなものがあった。生あるものから命を断ち切ってやったような感覚。その生命の鼓動、呼吸――全てを斧という道具ひとつで断ち切ってやったという支配感。
あの谷が。クラスでも影響力のある谷が、あっさりと死んでしまった。本当に呆気なく、あっさりとだ。手足が震えていたが、それはどうやら恐怖からくるものではなかったらしい。歓喜――快楽の類からくるものだった。
息を潜めてじっくりと待つ。どうやら、谷惇のほうが先行してやって来たようだった。なるほど、実に心許ない光に見えていたのは、ペンライトの明かりだったらしい。昼間でも薄暗いと言われているこの森において、ペンライト程度の光量ではまるで意味がない。文字通りの気休め程度――といったところか。
彼がゆっくりとこちらに近づいてくる。ぬっと立ち上がり、斧でも振りかぶってみたら、きっと腰を抜かすに違いない。彼が目と鼻の先にやってきたところで、考えていた通りに姿を現すことにした。斧を振りかぶりつつ、勢いよく立ち上がった――つもりだった。
谷がまたまた視線をそらしてしまったようで、立ち上がったミノタウロスのことに気づかない。そして、立ち上がると同時に斧を振りかぶってしまったミノタウロスには、やや不都合が生じていた。思ったよりも斧が重く、立ち上がると同時にバランスを崩したのだ。
――あっと思った時には、重力に従って斧を振り下ろしてしまっていた。それも、運が悪いことに谷の脳天に向かってだ。
手が滑ったというか、足が滑ったというか。とにもかくにも、全身の力を込めて斧を振り下ろしてしまったミノタウロス。斧は谷の脳天をかち割った後、地面へと突き刺さった。谷と目が合う。
まるでゾンビであるかのごとく、ミノタウロスのほうへと手を伸ばした谷は、しかし茂みを少し過ぎたところでうつ伏せに倒れ込んでしまった。
なんてことだ――。彼女は狼狽した。足元に倒れた谷はピクリとも動かない。ふと、地面に突き刺さった斧を見ると真っ赤に染まっていた。人はこうも簡単に死んでしまうのか。彼女はその時、初めて知ってしまったのだ。人間という生き物のもろさに。
何よりも、その手応えに快感のようなものがあった。生あるものから命を断ち切ってやったような感覚。その生命の鼓動、呼吸――全てを斧という道具ひとつで断ち切ってやったという支配感。
あの谷が。クラスでも影響力のある谷が、あっさりと死んでしまった。本当に呆気なく、あっさりとだ。手足が震えていたが、それはどうやら恐怖からくるものではなかったらしい。歓喜――快楽の類からくるものだった。
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