ミノタウロスの森とアリアドネの嘘

鬼霧宗作

文字の大きさ
上 下
174 / 203
最終章 真相【過去 赤松朱里】

4

しおりを挟む
 どうやって驚かせてやろうか。迷いに迷った彼女は、結局スタンダードに驚かせることにした。茂みの中から、牛のマスクを被った人間が飛び出しただけでも、かなりの恐怖となるだろう。

 息を潜めてじっくりと待つ。どうやら、谷惇のほうが先行してやって来たようだった。なるほど、実に心許ない光に見えていたのは、ペンライトの明かりだったらしい。昼間でも薄暗いと言われているこの森において、ペンライト程度の光量ではまるで意味がない。文字通りの気休め程度――といったところか。

 彼がゆっくりとこちらに近づいてくる。ぬっと立ち上がり、斧でも振りかぶってみたら、きっと腰を抜かすに違いない。彼が目と鼻の先にやってきたところで、考えていた通りに姿を現すことにした。斧を振りかぶりつつ、勢いよく立ち上がった――つもりだった。

 谷がまたまた視線をそらしてしまったようで、立ち上がったミノタウロスのことに気づかない。そして、立ち上がると同時に斧を振りかぶってしまったミノタウロスには、やや不都合が生じていた。思ったよりも斧が重く、立ち上がると同時にバランスを崩したのだ。

 ――あっと思った時には、重力に従って斧を振り下ろしてしまっていた。それも、運が悪いことに谷の脳天に向かってだ。

 手が滑ったというか、足が滑ったというか。とにもかくにも、全身の力を込めて斧を振り下ろしてしまったミノタウロス。斧は谷の脳天をかち割った後、地面へと突き刺さった。谷と目が合う。

 まるでゾンビであるかのごとく、ミノタウロスのほうへと手を伸ばした谷は、しかし茂みを少し過ぎたところでうつ伏せに倒れ込んでしまった。

 なんてことだ――。彼女は狼狽した。足元に倒れた谷はピクリとも動かない。ふと、地面に突き刺さった斧を見ると真っ赤に染まっていた。人はこうも簡単に死んでしまうのか。彼女はその時、初めて知ってしまったのだ。人間という生き物のもろさに。

 何よりも、その手応えに快感のようなものがあった。生あるものから命を断ち切ってやったような感覚。その生命の鼓動、呼吸――全てを斧という道具ひとつで断ち切ってやったという支配感。

 あの谷が。クラスでも影響力のある谷が、あっさりと死んでしまった。本当に呆気なく、あっさりとだ。手足が震えていたが、それはどうやら恐怖からくるものではなかったらしい。歓喜――快楽の類からくるものだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ダブルの謎

KT
ミステリー
舞台は、港町横浜。ある1人の男が水死した状態で見つかった。しかし、その水死したはずの男を捜査1課刑事の正行は、目撃してしまう。ついに事件は誰も予想がつかない状況に発展していく。真犯人は一体誰で、何のために、、 読み出したら止まらない、迫力満点短編ミステリー

舞姫【中編】

友秋
ミステリー
天涯孤独の少女は、夜の歓楽街で二人の男に拾われた。 三人の運命を変えた過去の事故と事件。 そこには、三人を繋ぐ思いもかけない縁(えにし)が隠れていた。 剣崎星児 29歳。故郷を大火の家族も何もかもを失い、夜の街で強く生きてきた。 兵藤保 28歳。星児の幼馴染。同じく、実姉以外の家族を失った。明晰な頭脳を持って星児の抱く野望と復讐の計画をサポートしてきた。 津田みちる 20歳。両親を事故で亡くし孤児となり、夜の街を彷徨っていた16歳の時、星児と保に拾われた。ストリップダンサーとしてのデビューを控える。 桑名麗子 保の姉。星児の彼女で、ストリップ劇場香蘭の元ダンサー。みちるの師匠。 亀岡 みちるの両親が亡くなった事故の事を調べている刑事。 津田(郡司)武 星児と保が追う謎多き男。 切り札にするつもりで拾った少女は、彼らにとっての急所となる。 大人になった少女の背中には、羽根が生える。 与り知らないところで生まれた禍根の渦に三人は巻き込まれていく。 彼らの行く手に待つものは。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ロンダリングプリンセス―事故物件住みます令嬢―

鬼霧宗作
ミステリー
 窓辺野コトリは、窓辺野不動産の社長令嬢である。誰もが羨む悠々自適な生活を送っていた彼女には、ちょっとだけ――ほんのちょっとだけ、人がドン引きしてしまうような趣味があった。  事故物件に異常なほどの執着――いや、愛着をみせること。むしろ、性的興奮さえ抱いているのかもしれない。  不動産会社の令嬢という立場を利用して、事故物件を転々とする彼女は、いつしか【ロンダリングプリンセス】と呼ばれるようになり――。  これは、事故物件を心から愛する、ちょっとだけ趣味の歪んだ御令嬢と、それを取り巻く個性豊かな面々の物語。  ※本作品は他作品【猫屋敷古物商店の事件台帳】の精神的続編となります。本作から読んでいただいても問題ありませんが、前作からお読みいただくとなおお楽しみいただけるかと思います。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...