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第一話 コレクター【事件編】

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「ここから店までどれくらい歩く?」

 巌鉄は誰に問うたというわけではなかったのではあるが、やはり真っ先に返事をしたのは、その店の主人である新山だった。

「多分、10分くらいかしらね。もう今日は昼の営業は諦めているから、夜の開店までに終わらせてくれるのであれば協力するわ」

 新山の返事に「ご協力感謝する」と巌鉄。すると、不思議そうに新山が首を傾げる。

「でも、ついさっきまで警察の捜査が入っていたんだから、情報の共有をすれば済む話じゃないかしら? なんだか二度手間になっちゃうような気がするんだけど」

 新山と巌鉄の話の中に、すでに警察の捜査が入っているという話があった。あの時、巌鉄は楠野達と一緒にいたわけだから、もちろん彼は別行動だろう。

「警察ってのは、色々としがらみのある組織でね。俺と倉科じゃ立場も違えば、権限なんかも違ってくる。今回はたまたま組んでるだけでな」

 あまり踏み込むつもりはないが、大人というのは大変である。なんとなくで生きてきて、なんとなくで今の歳になったわけだが、来年には巌鉄と同じ大人として扱われると思うと、なんだか虚しくなる。もう好き勝手することはできなくなるし、社会的な責任も出てくることだろう。雨立街でぶらぶらしていても許される時期は、静かに終わろうとしていた。

「大人ってのも楽じゃないんですね」

 そんな楠野の呟きと一緒に。

 新山が巌鉄を案内する形で街中に入る。しばらく進むと、昼間なのに日の当たらぬ路地裏に入った。ここからはもう雨立街。年がら年中じっとりとしていて、人の欲望と本性が片隅でうごめく。

 何度か路地を折れると、まだネオンの灯っていない【グラウンドゼロ】の7文字が見えた。

「コーヒーくらいならサービスで入れてあげるわ。店の中を見るのはいいけど、営業に影響ない程度にお願い」

 警察の捜査に協力するのは市民の義務といわれているが、実際捜査に協力した人間には、わずかながら謝礼が支払われる。ただ、すでに捜査が入ってるとなれば、なぜか別行動している巌鉄の捜査は非公式だろうし、謝礼もないだろう。もちろん、新山がそれを目当てにするような人間ではないとは思っているが、それどころかコーヒーまで振る舞うと言い出す。誰かのために――そんな奉仕の心で、この雨立街に店を構えたのだから大したものだと思う。少なくとも楠野には真似できなかった。

「お構いなく……と遠慮したいところだが喉が渇いたな。とびきり冷えたのを頼む」

 新山の厚意に巌鉄が素直に甘えると、新山はうれしそうに「任せなさい。美味しいのを淹れてあげるわ」と店の鍵を開けた。
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