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ep.17 死にいたる君への毒(省略版)
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その週の休息日に僕らは連れ立って、4人で街に買い物に出た。4人でというのはそれぞれが封筒と便箋を購入するためだ。
先日の一件から、各々手紙を書こうという話になったのだ。ヨナスまで書くと言い出したのは驚いたが、もとより今の状態をご両親に一方的に通知したいとのことだそうだ。
僕らの老婆心をよそに、ヨナスは確固たる意思で手紙を書こうと決めていたらしい。パオルは便乗して買っておくかという流れだが、どうも彼を保護した神祇官宛に何を書こうかそわそわしている節がある。ルカは言わずもがなだが、恨み節の一つでも書いてやれというパオルに若干触発されているようだ。
「ああ、僕これで良いや」
店内に入って早々、ルカは便箋と封筒がセットになった簡素なものを選んだ。選んだという表現はどこかおかしいが、さっさと会計を済ませて店内を物色している。
一方パオルは予算というものがあり、値段が安く量が多いものを必死に探している。
ヨナスは、彼に似合う花の加工がされた便箋を取り出しては眺め、また戻しという作業を繰り返している。
僕はルカと一緒で、いつも買う簡素な便箋をもう選んでいた。
「貸しますよ?」
「んなことできるか」
昨日から何度かこのやり取りを繰り返している。
彼には元々手持ちが無いため消耗品の購入のため幾ばくかのお小遣いが支給されている。ここ最近それらは勉強のためのノートに変わっているので、こういうものに使うお金はほとんど残っていない。失念していたなと、反省した。どうにかフィン先輩に最近大量に消費されるノートの補填を融通利かせてもらえないか、頼まなければならない。
「これが良いか」
見つけたのは彼の要望する量が多いものではなかったが、予算ギリギリのものだった。柔らかな箔押しが隅にあるもので、恩のある人に出すにはもってこいの便箋だった。
「とても素敵だと思いますよ」
「失敗できねぇけどな」
ヨナスもお気に入りがいくつか見つかったようで、どれにしようか迷っていた。
のぞいてみると、彼が悩んでいるのはどれにしようじゃなく、どちらにしようがしっくりきた。かたや清楚な花の模様が描かれているもの、かたや何も無い簡素なもの。
「どちらの便箋が好きですか?」
「…こっち」
ヨナスは迷わずに清楚な花の模様の描かれている便箋を指差した。
「じゃあそっちにしましょう」
「…でも…」
「ヨナスのお母様も好き勝手書いてるじゃ無いですか。相手と同じ土俵に立つのはあまりオススメできませんが、これがヨナス自身の形ですから、大事にして良いと思いますよ」
「僕、の、形?」
「好きなものってその人自身だと思いますよ。嫌いなものなんてみにつけたりしませんよね。手紙は相手に宛てるものですけど、自分をわかって欲しい時には自分を思い切り出して良いと思うんです」
「ヨナス決まった?」
ひょこりとルカが僕の後ろからヨナスを覗く。通路が狭いとはいえ、少しだけびっくりする。
「花柄綺麗じゃん、ヨナスに似合いそう」
「そう?」
「似合う似合う。色のうっすいピンクだし」
「これ、に…する」
そう言うと先に会計していたパオルの後ろに並んだ。
「最近仲良しですね」
「僕が一方的にね。搾取してるんだ」
「またそんな言い方をして。もう少し平和な言い方ありますよね」
「事実だからね。僕今中毒なんだよ。彼の歌声の」
ふとニコリとルカが笑った気がした。胸が軋む音がする。親に捨てられ、親を捨てようとしている少年がああも笑えるものかと、気のせいにしたかった。いや、それは当然の結果なのだ、捨てるに値する親なのだ。そう言い聞かせた。
「孤児か」
「別に今と変わらねぇんだろ?」
「綺麗さっぱりするくらいかな」
「良いことじゃねぇの?俺はどうなるかなー。ナジェカ以上になったところで、金でも入り出したら無心されんだろうな」
「パオルのところは、縁を切ろうが切らまいが関係なさそうだもんね」
「お貴族様みたいに、法律や戒律が通用する相手でも世界でもねぇしな」
「まぁ、確かに貴族といえば貴族だけどね。お金だけはいっぱいあるけど。それだけだよ」
「金って大事だぞ」
「だから貸すって言ったじゃん」
「ルカも貸すって言ってたんですか?」
「そうだよ。お前ら、ちなみにヨナスも無言でロンプ紙幣差し出してきたぞ」
「だから、あんな頑なだったんですか。フィン先輩も誘えばよかったですね」
「はあ?」
「方々から逆無心をされる気持ちはどうかな?」
「ウルセェ」
照れるパオルは足を早めて先を歩く。僕らはそれについていく。僕らは確かに今幸せの絶頂にいるのかもしれない。
それから2日後、いつもの定例報告を昼休みに行った時につい、うっかり自慢してしまった。
「なんで!僕を!誘わないの!!」
「他意はなかったんですが」
「全員でロンプ紙幣をパオルに差し出して、誰の紙幣を受け取るかとかやりたかった!!」
「すっかり仲良しですね」
「こっちはずっと避けられてるけどね。僕としては君のおかげで心境の変化かな」
「ルカは手紙を書きましたよ。フィン先輩の言いつけ通り」
「これでルカが無事に手放されてくれれば、良いんだけどね。読むかな?」
「どうでしょう。でも同じ内容の手紙を買った封筒分書いてましたよ」
「どこかで聞いた話だ」
「もっとも、内容は簡素ですけどね」
「息子からの最初で最後の手紙かもしれないんだ。読んでくれると信じたいね」
「その割には、事務的な面が大きいですけどね」
「それもそうだ。中身は読んだの?」
「いいえ、ルカは読むことを勧めてくれましたが、読みませんでした」
「そうなんだ。君はいつだってそうだよね」
なんの話だろうかと思ったが、フィン先輩は矢継ぎ早に続けてしまったので、口を挟む暇はなかった。
「そうだ、なぜかあの調停者、僕が窓口だと勘違いしてるらしくて、とうとう僕宛に手紙まで届き出したんだ。確かに、学校の対応には不審がるのはわかるけどね」
「何か進展があったんですか?」
「彼の乳母が彼に会いたいって言ってるってことが書いてあったんだけど、手紙をそっくりそのまま渡すか、どうするか」
「どちらでも良いと思いますけど」
「気が重い」
「そんな気が重くなるような内容なら、かいつまんだ方が良いかもしれませんけど」
「手紙内容じゃなく、こう彼の窓口になってることね。なんのために君に全部押し付けたのか。確かに僕は相談役として君の窓口であるのは確かだけど、君が担当する生徒に直接関与するのは、さすがにダメだと思うけど、正式な役員ではない君に外部とのやりとりまで背負わせるのはもっとダメなんだよ」
「さすがに僕には荷が重すぎますし、こちらでの書類仕事は全部フィン先輩がやってるので、仕方ないといえば仕方ないと思いますが」
「今すぐに君を役員して代わってもらいたい」
「残念ながら、まだ学年的に役員は無理です」
「そうなんだけど、そうなんだけどさ。最近毎日が辛い。ヨナスにおんぶにだっこだったから、聖歌隊の練習も割り増しして辛いし。全員がソロの練習とか、きついにも程がある」
「フィン先輩でも弱音吐くんですね」
「僕は元々弱音しか吐いてないよ、あんまり度量が大きくないんだ」
少し前まで役員の面々は一足飛びに大人になった完璧な人たちの集まりだと思っていた。とりわけフィン先輩は相談役で、ずば抜けていて、誰しも彼に感心していた。そんな彼がこうも身近に思える日が来るとは思ってもみなかった。
第1通目を投函してから3日空きで手紙を送り続けた。結局5通送ったところで、書いていたものは全て送り切り、返信もないままだった。そのかん、調停者は何度もルカの両親に面会を取り付けたが、一度たりとも叶うことはなかった。
その間、ルカの乳母とルカの面会が行われた。
ルカの乳母は一体、何をしに来たという話ぶりで、彼女は自分のことばかりを話し、ルカを心配することすらしなかった。
彼女はルカの希望で同席した僕とフィン先輩に、これでもかと言うほど彼が幼少時、いかに小賢しい子供だったかと言うことを力説した。そして、あれだけ可愛がってやったのに、基地外に育ってルカのご両親に申し訳が立たず、ルカがこの学校へ来る時に辞めるしかなかったと自身の悲劇を嘆いた。
ルカも僕たちもそれを黙って聞いていた。ルカがそうしてくれと言ったからだ。
そして最後にもう一度乳母として働きたいから、ルカの異母弟の乳母となれるように取り成してくれと言ってきた。あの子だったら上手に育てられると思うと、彼女は言った。僕らは終始唖然とするほかなかった。ルカがただただじっと彼女を見つめた。
彼女がそれに対して違和感を持たないところを見ると、彼のあの表情の無さはもう随分と前からのものなのだろう。それか、ルカという存在に毛ほどの関心も無いのかどちらかだと思った。いや、両方なのかもしれない。
ルカが自分の手紙には返事は無いと言うと、そうだと思ったと言って、怒った。 お茶請けに出された焼き菓子と砂糖を全て掴んで手持ちの袋に入れると、こんなところまで来て無駄骨だったと言いながら扉を乱暴に開けて帰って行った。
別室にいた調停者がルカの乳母よりも大きな音を立てながら、慌てて応接室に入ってくる。別室にいる相手に声を届ける呪符を作ったが、僕らが作ったもので、さらに羊皮紙ではなかったため効果は半減していただろうが、どうやらちゃんとルカの乳母の声は聞こえていたらしい。
「ルカ、本当にすまない。あんなだとは思わなかった。ただルカを心配して会いたいと言っていたんだよ。だから、面会の都合をつけてしまった。君と、彼女についてちゃんと話をすべきだった」
「別に構わないよ、僕はあの人対して何も思っていないのだし、それに僕があなたに人となりを話して、あなたが会わせないと判断しても、きっと僕は会ってたよ。あの人はそういう人だから。どうにかして僕に会いに来ただろうし」
「それはそうだが、学校側に面会拒否の申請を出すことだってできたはずだ」
「あんなもの、あってないようなものだよ。あなたも職務が違うとはいえ、神祇官だからわかるでしょう。マハネの円環から人として生まれたのは、善性が合格ラインに達したからだって。悪意は後天的なものであるって。あの人が涙ながらに訴えたら、面会拒否の申請なんて意味がないよ」
「だが……」
「それに、そうだね。僕は案外あの罵倒を懐かしく感じていたんだ。自分でも意外だったけどね」
調停者は、ソファに座り直して正面からルカと目を合わせた。
「それは違うよ、ルカ。君は麻痺しているんだ、あんなものを君は懐かしんではいけないよ。あれは毒だ。君を蝕むものの一つだよ。ゆっくりと君を殺す毒だ」
「おかげですっかり中毒患者だ」
「治療は可能だ。君には良き友人がいるし、これからも増える」
「そうかな」
「そうですよ。増えます。だってルカは綺麗です。心根もちゃんと」
「ベンヤミンは相変わらず、盲信的だ」
「だって、僕はルカの真っ当な友人第1号ですから。でも一番の友人ではないですけどね」
「その席はヨナスのだからね」
そこまで言うとルカは顔を急に真っ青にして嘔吐するなりその場に倒れた。あまりに突然のことで、その場にいた僕らはルカを受け止めることすらできなかった。
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その週の休息日に僕らは連れ立って、4人で街に買い物に出た。4人でというのはそれぞれが封筒と便箋を購入するためだ。
先日の一件から、各々手紙を書こうという話になったのだ。ヨナスまで書くと言い出したのは驚いたが、もとより今の状態をご両親に一方的に通知したいとのことだそうだ。
僕らの老婆心をよそに、ヨナスは確固たる意思で手紙を書こうと決めていたらしい。パオルは便乗して買っておくかという流れだが、どうも彼を保護した神祇官宛に何を書こうかそわそわしている節がある。ルカは言わずもがなだが、恨み節の一つでも書いてやれというパオルに若干触発されているようだ。
「ああ、僕これで良いや」
店内に入って早々、ルカは便箋と封筒がセットになった簡素なものを選んだ。選んだという表現はどこかおかしいが、さっさと会計を済ませて店内を物色している。
一方パオルは予算というものがあり、値段が安く量が多いものを必死に探している。
ヨナスは、彼に似合う花の加工がされた便箋を取り出しては眺め、また戻しという作業を繰り返している。
僕はルカと一緒で、いつも買う簡素な便箋をもう選んでいた。
「貸しますよ?」
「んなことできるか」
昨日から何度かこのやり取りを繰り返している。
彼には元々手持ちが無いため消耗品の購入のため幾ばくかのお小遣いが支給されている。ここ最近それらは勉強のためのノートに変わっているので、こういうものに使うお金はほとんど残っていない。失念していたなと、反省した。どうにかフィン先輩に最近大量に消費されるノートの補填を融通利かせてもらえないか、頼まなければならない。
「これが良いか」
見つけたのは彼の要望する量が多いものではなかったが、予算ギリギリのものだった。柔らかな箔押しが隅にあるもので、恩のある人に出すにはもってこいの便箋だった。
「とても素敵だと思いますよ」
「失敗できねぇけどな」
ヨナスもお気に入りがいくつか見つかったようで、どれにしようか迷っていた。
のぞいてみると、彼が悩んでいるのはどれにしようじゃなく、どちらにしようがしっくりきた。かたや清楚な花の模様が描かれているもの、かたや何も無い簡素なもの。
「どちらの便箋が好きですか?」
「…こっち」
ヨナスは迷わずに清楚な花の模様の描かれている便箋を指差した。
「じゃあそっちにしましょう」
「…でも…」
「ヨナスのお母様も好き勝手書いてるじゃ無いですか。相手と同じ土俵に立つのはあまりオススメできませんが、これがヨナス自身の形ですから、大事にして良いと思いますよ」
「僕、の、形?」
「好きなものってその人自身だと思いますよ。嫌いなものなんてみにつけたりしませんよね。手紙は相手に宛てるものですけど、自分をわかって欲しい時には自分を思い切り出して良いと思うんです」
「ヨナス決まった?」
ひょこりとルカが僕の後ろからヨナスを覗く。通路が狭いとはいえ、少しだけびっくりする。
「花柄綺麗じゃん、ヨナスに似合いそう」
「そう?」
「似合う似合う。色のうっすいピンクだし」
「これ、に…する」
そう言うと先に会計していたパオルの後ろに並んだ。
「最近仲良しですね」
「僕が一方的にね。搾取してるんだ」
「またそんな言い方をして。もう少し平和な言い方ありますよね」
「事実だからね。僕今中毒なんだよ。彼の歌声の」
ふとニコリとルカが笑った気がした。胸が軋む音がする。親に捨てられ、親を捨てようとしている少年がああも笑えるものかと、気のせいにしたかった。いや、それは当然の結果なのだ、捨てるに値する親なのだ。そう言い聞かせた。
「孤児か」
「別に今と変わらねぇんだろ?」
「綺麗さっぱりするくらいかな」
「良いことじゃねぇの?俺はどうなるかなー。ナジェカ以上になったところで、金でも入り出したら無心されんだろうな」
「パオルのところは、縁を切ろうが切らまいが関係なさそうだもんね」
「お貴族様みたいに、法律や戒律が通用する相手でも世界でもねぇしな」
「まぁ、確かに貴族といえば貴族だけどね。お金だけはいっぱいあるけど。それだけだよ」
「金って大事だぞ」
「だから貸すって言ったじゃん」
「ルカも貸すって言ってたんですか?」
「そうだよ。お前ら、ちなみにヨナスも無言でロンプ紙幣差し出してきたぞ」
「だから、あんな頑なだったんですか。フィン先輩も誘えばよかったですね」
「はあ?」
「方々から逆無心をされる気持ちはどうかな?」
「ウルセェ」
照れるパオルは足を早めて先を歩く。僕らはそれについていく。僕らは確かに今幸せの絶頂にいるのかもしれない。
それから2日後、いつもの定例報告を昼休みに行った時につい、うっかり自慢してしまった。
「なんで!僕を!誘わないの!!」
「他意はなかったんですが」
「全員でロンプ紙幣をパオルに差し出して、誰の紙幣を受け取るかとかやりたかった!!」
「すっかり仲良しですね」
「こっちはずっと避けられてるけどね。僕としては君のおかげで心境の変化かな」
「ルカは手紙を書きましたよ。フィン先輩の言いつけ通り」
「これでルカが無事に手放されてくれれば、良いんだけどね。読むかな?」
「どうでしょう。でも同じ内容の手紙を買った封筒分書いてましたよ」
「どこかで聞いた話だ」
「もっとも、内容は簡素ですけどね」
「息子からの最初で最後の手紙かもしれないんだ。読んでくれると信じたいね」
「その割には、事務的な面が大きいですけどね」
「それもそうだ。中身は読んだの?」
「いいえ、ルカは読むことを勧めてくれましたが、読みませんでした」
「そうなんだ。君はいつだってそうだよね」
なんの話だろうかと思ったが、フィン先輩は矢継ぎ早に続けてしまったので、口を挟む暇はなかった。
「そうだ、なぜかあの調停者、僕が窓口だと勘違いしてるらしくて、とうとう僕宛に手紙まで届き出したんだ。確かに、学校の対応には不審がるのはわかるけどね」
「何か進展があったんですか?」
「彼の乳母が彼に会いたいって言ってるってことが書いてあったんだけど、手紙をそっくりそのまま渡すか、どうするか」
「どちらでも良いと思いますけど」
「気が重い」
「そんな気が重くなるような内容なら、かいつまんだ方が良いかもしれませんけど」
「手紙内容じゃなく、こう彼の窓口になってることね。なんのために君に全部押し付けたのか。確かに僕は相談役として君の窓口であるのは確かだけど、君が担当する生徒に直接関与するのは、さすがにダメだと思うけど、正式な役員ではない君に外部とのやりとりまで背負わせるのはもっとダメなんだよ」
「さすがに僕には荷が重すぎますし、こちらでの書類仕事は全部フィン先輩がやってるので、仕方ないといえば仕方ないと思いますが」
「今すぐに君を役員して代わってもらいたい」
「残念ながら、まだ学年的に役員は無理です」
「そうなんだけど、そうなんだけどさ。最近毎日が辛い。ヨナスにおんぶにだっこだったから、聖歌隊の練習も割り増しして辛いし。全員がソロの練習とか、きついにも程がある」
「フィン先輩でも弱音吐くんですね」
「僕は元々弱音しか吐いてないよ、あんまり度量が大きくないんだ」
少し前まで役員の面々は一足飛びに大人になった完璧な人たちの集まりだと思っていた。とりわけフィン先輩は相談役で、ずば抜けていて、誰しも彼に感心していた。そんな彼がこうも身近に思える日が来るとは思ってもみなかった。
第1通目を投函してから3日空きで手紙を送り続けた。結局5通送ったところで、書いていたものは全て送り切り、返信もないままだった。そのかん、調停者は何度もルカの両親に面会を取り付けたが、一度たりとも叶うことはなかった。
その間、ルカの乳母とルカの面会が行われた。
ルカの乳母は一体、何をしに来たという話ぶりで、彼女は自分のことばかりを話し、ルカを心配することすらしなかった。
彼女はルカの希望で同席した僕とフィン先輩に、これでもかと言うほど彼が幼少時、いかに小賢しい子供だったかと言うことを力説した。そして、あれだけ可愛がってやったのに、基地外に育ってルカのご両親に申し訳が立たず、ルカがこの学校へ来る時に辞めるしかなかったと自身の悲劇を嘆いた。
ルカも僕たちもそれを黙って聞いていた。ルカがそうしてくれと言ったからだ。
そして最後にもう一度乳母として働きたいから、ルカの異母弟の乳母となれるように取り成してくれと言ってきた。あの子だったら上手に育てられると思うと、彼女は言った。僕らは終始唖然とするほかなかった。ルカがただただじっと彼女を見つめた。
彼女がそれに対して違和感を持たないところを見ると、彼のあの表情の無さはもう随分と前からのものなのだろう。それか、ルカという存在に毛ほどの関心も無いのかどちらかだと思った。いや、両方なのかもしれない。
ルカが自分の手紙には返事は無いと言うと、そうだと思ったと言って、怒った。 お茶請けに出された焼き菓子と砂糖を全て掴んで手持ちの袋に入れると、こんなところまで来て無駄骨だったと言いながら扉を乱暴に開けて帰って行った。
別室にいた調停者がルカの乳母よりも大きな音を立てながら、慌てて応接室に入ってくる。別室にいる相手に声を届ける呪符を作ったが、僕らが作ったもので、さらに羊皮紙ではなかったため効果は半減していただろうが、どうやらちゃんとルカの乳母の声は聞こえていたらしい。
「ルカ、本当にすまない。あんなだとは思わなかった。ただルカを心配して会いたいと言っていたんだよ。だから、面会の都合をつけてしまった。君と、彼女についてちゃんと話をすべきだった」
「別に構わないよ、僕はあの人対して何も思っていないのだし、それに僕があなたに人となりを話して、あなたが会わせないと判断しても、きっと僕は会ってたよ。あの人はそういう人だから。どうにかして僕に会いに来ただろうし」
「それはそうだが、学校側に面会拒否の申請を出すことだってできたはずだ」
「あんなもの、あってないようなものだよ。あなたも職務が違うとはいえ、神祇官だからわかるでしょう。マハネの円環から人として生まれたのは、善性が合格ラインに達したからだって。悪意は後天的なものであるって。あの人が涙ながらに訴えたら、面会拒否の申請なんて意味がないよ」
「だが……」
「それに、そうだね。僕は案外あの罵倒を懐かしく感じていたんだ。自分でも意外だったけどね」
調停者は、ソファに座り直して正面からルカと目を合わせた。
「それは違うよ、ルカ。君は麻痺しているんだ、あんなものを君は懐かしんではいけないよ。あれは毒だ。君を蝕むものの一つだよ。ゆっくりと君を殺す毒だ」
「おかげですっかり中毒患者だ」
「治療は可能だ。君には良き友人がいるし、これからも増える」
「そうかな」
「そうですよ。増えます。だってルカは綺麗です。心根もちゃんと」
「ベンヤミンは相変わらず、盲信的だ」
「だって、僕はルカの真っ当な友人第1号ですから。でも一番の友人ではないですけどね」
「その席はヨナスのだからね」
そこまで言うとルカは顔を急に真っ青にして嘔吐するなりその場に倒れた。あまりに突然のことで、その場にいた僕らはルカを受け止めることすらできなかった。
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