リスタート―三度目の正直―

鶴機 亀輔

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第1章

捨てる神あれば拾う神あり2

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 エドワード様は、そんな店主の言葉なんかお構いなしに、自分の意見を論じていく。

「こやつは魔物か悪魔の眷属に違いない。今すぐこの場で殺さねば、俺の腹の虫が治まらん!」と、ふたたび地を這う虫を踏みつけようとする。

「エドワード様、この後はどうなさいますか? せっかくのデートなんです。もっと楽しいところへ行きましょうよ!? ほら、あそこにあるお茶屋さんは最近できたばかりのお店で、若い女の子たちからも人気が高いそうです。紅茶やコーヒーだけでなく、東の国のきれいな花のお茶や緑の苦いお茶を飲めるんだとか! 気分転換をしましょうよ、ねっ?」

 彼の怒りをなだめるために話題を変えれば、しぶしぶながら「それもそうだな」とエドワードさまが僕の言葉に了承してくれた。

「おい、虫! 今日はルキウスに免じて見逃してやる。だが次はないぞ。二度と俺の前に姿を現すな!」

 言うやいなやエドワードさまは靴をカツカツ鳴らして茶屋のほうへ歩いていった。

 店主が僕の近くに来て何度も頭を下げた。

「すまないね。あんたの恋人にも、いやな思いをさせちまったな。お代は全額お返ししますよ」

「そんな! どうかお気になさらないでください。僕も彼の気を逸らすためとはいえ失礼なことを口にしました。本当に申し訳ありません」

「滅相もねえ! うちは、お客様へ食い物を売るのが仕事でさあ。それなのに食い物の中から虫が出てきちまったんだ。それは店主であり、作り手であるあっしの落ち度です。そんなふうに謝らないでくだせえ!」

 店主は顔をあおめさせ、胸の前で両手を振った。

 重い荷物を運ぶ牛のように地面を這う七色の虫を手のひらに乗せる。

「『新鮮な葉っぱをサンドイッチに使ってる』。だから、この子もおいしそうに、むしゃむしゃ食べていたんですよ」

 虫が人間の言葉を理解できるわけがないのに七色の虫は、うんうんとうなずくような仕草をした。なんだか心が通じ合ってるみたいだ。その姿は相棒であり、愛馬であるフロレンスを連想させる。僕は気がつくと七色の虫の頭を指先でそっとでていた。

「こんな素敵な野菜を作る農家の方と、その葉で美味しい料理を作るあなたのことを尊敬します。とても素晴らしいです。感謝します」

「あ、ああ。そりゃあ、どうも」と店主は頭の後ろに右手をやって、どもりながら頭を下げた。頭を上げた彼は、なんだか戸惑った表情を浮かべている。「なんだか、あんた、変わった人だねえ。まるで、お貴族様や騎士様みたいな口をきくじゃないか」と店主が今にも消えそうな声でつぶやいた。

 身分を偽り、お忍びでエドワード様と出かけていることを思い出した僕は、勢いよく立ち上がった。

「これ以降は気をつけてくださいね。中には悪評を立てて、お店の評判を落とそうと考える人もいますから。ごちそうさまでした、また来ます」

 そそくさとその場を去って路地に出る。

「ルキウス、何をしている!? さっさと来い!」

 大声で怒鳴るエドワードさまに「少々お待ちください!」と返事をする。目の前の生け垣の濃い緑の葉の上へ七色の虫を放した。

「ごめんね、びっくりさせちゃって。ここでお別れだ」

 七色の虫がしょんぼりしているように見えるのだから不思議だ。元気づけるように、もう一度、人さし指の頭で虫の頭を撫でる。

「じゃあね。立派に育って、きれいな蝶になるんだよ」



   *



「あのときの子だったんだね……よかった。ちゃんと蝶になれたんだね」

 七色に光る蝶が女神様の手のひらから飛び立った。ヒラヒラとはばたいいて夜空に輝く星のようなりんぷんを出しながら、僕の左手の人さし指にとまる。

「やっと思い出してくれましたね」と女神様が微笑む。「最近は、悪魔や魔物たちの蛮行が目にあまります。その被害は人間やエレフ、ドワーフのみでなく神々にまで及んでいるのです。魔物が私の庭を荒らし、薬草やエーテルのもととなる草花を奪っていきました。そのときにこの子も外界へ連れていかれ、市場に卸す積み荷の中へ紛れ込んでしまったのでしょう。その節は、この子がお世話になりました。感謝します」

 僕らの住む世界には神、エレフ、ドワーフ、人間、そして悪魔や魔物、魔獣といった魔族が存在するのだ。

 魔族の多くは千年前に封印された魔王を今も信奉し、神々やエレフ、ドワーフ、人間を敵視している。やつらは命あるものを襲う。

 フェアリーランドの国民が安心して暮らせるように魔族を討伐してくれているのがギルドの人たちだ。

 彼らの多くは奴隷上がりで、王様や国へ直接忠誠を誓い、魔族を倒すことによってフェアリーランドでの市民権を得ている。ときには命懸けで魔族と戦い、神官たちの言葉を民衆へ伝える神父や修道女や協力し、魔族がフェアリーランドに住む人たちに害を与えないよう目を光らせている。

 幸いにも僕の住んでいる場所はフェアリーランドの中心部である王都だ。王宮の兵士たちが常に見回りをし、神々に仕える神官たちが祈りを捧げているおかげで人を襲う魔族を目にしたことは一度もない。王宮で文官として働いている僕は、人づてに兵やギルドが「魔族を倒した」という噂を聞くばかり。

 その関係か女神様の話を聞いても実感が湧かなかった。自分が住んでいる国の話なのに遠い異国の地の話を耳にしているような気分になる。

「とんでもございません。お礼を言われるほどのことは何も……」

「いいえ、あなたのおかげでこの子は一命を取り留めたのです。本当に助かりました。さもなければエドワード王子に踏まれ、命はなかったでしょう」

 エドワード様の行いを言及され、彼の行動を思い出した僕は口をつぐむことしかできなかった。

「どうやら魔王の復活を目論む不届き者がいるようです。あの神子を名乗る少年がこの世界に現れたのも神の名をかたる悪魔の手引きによるもので間違いありません。そして、あなたのいた王宮にも、その悪魔を信奉する信者たちがいて神子を導き、あなたやあなたの大切な人たちを陥れたのです」

「待ってください! それは一体どういうことですか!?」

 女神様の言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。



   *



 ノエル様は、おとぎ話に出てくるお姫様のようにれんな容姿をした少年だ。東の果てに住む東国の者たちのように黒い髪に黒い瞳、象牙色の肌をしていて、西国では珍しい容貌をしている。

 彼がこの国にやってきたのは今から三ヵ月前。国をあげての建国祭があった日だ。



 その日は朝から王宮の城門前で空砲が空に向かって打たれていた。

 城下町では異国の楽団が楽器を奏で、歌い踊る姿があり、朝からどんちゃん騒ぎだった。異国の品を売る出店が立ち並び、遠い辺境の地や国境近くの田舎に住む者や旅人たちも国を訪れたのだ。富める者も、貧しき者もお祝いの雰囲気を楽しんでいた。

 王宮では王族や貴族、騎士や文官、博士、教授たち、国に貢献した商人や農民たちが招待され、大規模な宴会が催されていた。

 楽士たちが奏でる荘厳な音楽に合わせて華やかな衣装に身を包んだ神殿しょうの踊り子たちが軽やかに舞う。

 皆、序列ごとに席につき、女官たちが持ってくる豪勢な食事に舌鼓を打つ。

 楽士たちが曲を奏で終え、踊り子たちが舞うのをやめると、その場にいた者たちは美しい音色と華やかな踊りに、拍手した。

 次は、神官たちが王様や王妃様とともに、天上に住む神々へ祈りをささげる段階となった。

 だが急な悪天候により儀式は一時中断。

 雨が一滴も降らないのに王宮の真上にだけ真っ黒な雲が立ち込めて、雷鳴がとどろいていたのを今も覚えている。

 皆、雨にれ、雷が落ちるのを心配して屋根のあるところへ避難した。

 ピシャー! と大きな音を立てて雷が神々の姿を模した粘土の上へ落ちたのだ。黒い煙が、もくもくと立ち上り、火事を心配した騎士や衛兵、魔術師たちが水の準備を始めていた。

 煙が消えると粘土細工の置いてあった祭壇の上に――奇妙な格好をした少年がポツンと立っていた。

 奴隷のように裸足で、横に白いラインの入った絹で作られた黒いズボンを穿き、魔術師のローブを短くしたような上着を着ていた。手には長方形サイズの小さな板を握っている。

 彼は辺りを見回したかと思うと突然、「バンザーイ!」と両手を上げて大喜びした。

「やった、やったよ……ぼくも異世界転生ができたんだ!」

 不思議な出で立ちをした不審者の出現を皆、不審に思った。

 ところが高齢の神官長は少年の前で慌てて、ひれ伏した。

「神子様だ。異世界の神子様が現れたんじゃ!」と彼は叫んだ。

 僕らの住むフェアリーランドには古い言い伝えがある。

 ――「『愛』の女神の祝福を受けし神子。黒い髪に黒い瞳、象牙色の肌をした異世界の少年がこの世に現れしとき、国は繁栄する。地に住む者は皆、天上に住む神々から永遠の祝福を授かり、悪しき魔が滅ぶ」という伝承だ。

 でもノエル様は『愛』の女神様の加護を受けている神子とは、似ても似つかぬ人物だった。

 『愛』の女神様の加護を受けた人間は、癒しの魔法や士気を上げるための踊りを得意とする。

 でもノエル様は、魔王にくみする者たちが使う暗黒エネルギーを用いた闇の魔術や、死者や悪霊を操る死霊術を得意としていたのだ。

 多くの人間はノエル様を悪魔の使者だと疑ったけど、一部の人間は彼が神子だと信じて疑わなかった。何よりノエル様の信奉者が、ノエル様に物申す人間を次々と粛清し、亡き者にしていった。

 次第に皆、ノエル様のことを「悪魔の使者」と言うのをやめ、口をつぐんだ。

 それに僕の恋人であり、王様から一番可愛がられていたエドワード様がノエル様を「神子」と信じて疑わなかったから徐々にノエル様を神子と信じる人が、増えていったのだ。



 エドワード様は同性しか愛せない僕に初めてできた恋人だ。

 親戚だから子どもの頃からの顔見知りで昔から、よく声をかけてくださった。

 学院でも貴族や騎士からいじめを受けていた僕に対して優しく接してくれた人で、王宮へ出仕するようになってからは喋る機会が増えた。
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