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期末前

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「ねー、君らって童貞?」

月曜日の昼休み、購買のサンドイッチを頬張る天音におもむろに問われ、山下は飲んでいたパックの茶でむせ、日吉は「急」と苦笑いした。

昼食をとる場所は様々だが、あたたかくなり出せばやはり中庭の木陰のベンチが最高だ。食べ終わればそのまますぐにグラウンドにも出ていける。この時間は、大吾郎は同じバスケ部の面々と、耀介も野球部員たちと固まっていることが多い。

天音はサッカー部の試合にたまに紛れ込むせいか、このサッカー少年たちとよくつるんでいる。

「ふたりとも彼女いるよね?」

「いるけど……」

「いつからだっけ」

「去年の夏」

「俺も」

「じゃーセックスしてないってことないよね」

セックスって……とふたりが照れたように笑う。

「まあしてないことはない」

「ない」

「最近は減ったけどな。何かヤりたがると機嫌悪くなるから」

「女って性欲ないよな」

「ふうん……」

「なに、天音彼女できた?」

「んーん。ただ何となく聞きたかっただけ」

「なんだあ?怪しいな、気になる子とかいるんじゃなくて?」

「違う」

「お前出会いとか探さないの?部活の打ち上げとか呼んでやってるのに、ぜんぜん来ないしさあ」

「高校生の打ち上げなんてねぇ。何が楽しいんだか」

鼻で笑う天音に、「お前も高校生だろ」と山下が返した。

「お前けっこーモテてるのにもったいないなあ。前に練習試合に顔出したときさ、相手チームの女子マネと応援の子たちが星崎くんかっこい~いとか言って、紹介しろって言われたんだぞ。それなのにお前、終わったらとっとと帰っちまってさあ」

すると天音はまた「高校生なんてねぇ」と嫌味っぽく笑い、日吉が「さっきから何コイツ」と顔をしかめた。

「じゃ年上がいいの?大学生とか?」

「別に出会いなんて求めてない。僕は童貞のままでいっこうに構わない」

「やけに童貞にこだわってるあたりが、そうとは思えない」

「強がってるよな」

「違うよ、ホントに違う。……それよりさあ、話変わるけど、僕ってイグアナに似てる?」

「い、イグアナ?」

「……ええ、どうだろ」

「ガラパゴスリクイグアナとか」

「ガラパゴス……?え、なに?わかんない」

「怪獣?」

「いや……ごめん。いい。似てなければいいんだ」

なぜか少し顔を赤くしてズルズルとパックの紅茶を吸い上げる天音に、山下と日吉は目配せをして首をかしげた。


午後の体育は長距離走だった。天音は運動部に所属していないが、毎日厳しい鍛錬をする運動部の生徒たちを大きく引き離し、半分の距離を過ぎたところで2位に食い込んでいた。1位は耀介だ。スポーツは観るのもやるのも全般好きなのだが、しかし自分でやる分には、ときどき助っ人で参加するサッカーやバスケの練習試合と、気楽な体育の授業だけでいいと思っている。

部活のように長く拘束される不自由な時間が嫌いだし、ビシバシしごかれて怒られるのだって絶対に嫌だ。だから放課後は静かな美術室にて、美術教師とたわいもない話をしながら、自由な心で絵を描いたり粘土をこねたりしている方がずっと気分がいい。

走っているとだんだん無心になるものだが、今日はずっとハルヒコとサラがチラチラと出現して邪魔をしてくる。こんな気持ちを抱くのは初めてだが、あの男の言うとおり、ふたりが仲良くしているのが気にくわない。
無いとは思うが、もしもハルヒコがトチ狂ってサラで童貞を捨てたらどうしよう、と考える。性欲しかない男子の巣窟だ。ふたりが珠希と高鷹のようなことになったっておかしくはない。

「あっ」

ズサっと砂埃をあげて転倒する。たぶん今ヒザをすりむいた。しかしすぐに起き上がるべきなのに、日に当たってあたたまった砂の上に腹ばいになるのは、なんと気持ちがいいのだろう。「よっしゃあー邪魔者が消えた!」と、後に続いていた生徒が速度を上げてどんどん追い抜いていく。

「星崎どうした?足痛めたか?」

2年の体育担当の片岡が心配して近づいてきたが、天音は顔も上げずに「あったかくて気持ちいいんです。」と返し、彼を呆れさせた。天音はこのとき、遠い南の島で日光浴をするイグアナの気分が、なんとなく分かったような気がした。

ー「あーあー、砂まみれ」

無事に1位で走り終えた耀介に笑われ、鼻についた砂を指先でぬぐわれた。天音は結局棄権となった。

「怪我してねえの?」

「ヒザすりむいただけ」

バシャバシャと顔を洗い、その場で汚れた体操服を脱ぎ、「ふー、明日も体育あるのに。これここで洗いたい」と言うと、「俺もユニフォーム洗うから、帰ったらまとめて洗濯しようぜ」と言われた。まるで家族のようだと今さらながらに感じた。

「せっかく2位だったのになあ。ラスト1周で耀介のこと抜かすつもりだったのに」

「ふ~ん、そのためにあんなチンタラ走ってたのか。体力温存してたんだな」

「あーそうだよ」

「美術部にしてはやるな」

「僕が野球部だったらすぐエースになって、地方大会も楽勝で突破できる」

「言ったな?今からブチ込んでもいいんだぞ。死ぬほどしごいてやる」

「1週間で下剋上を見せてあげるよ」

「ビッグマウスすぎるだろ」

「でも野球歴ゼロなのにほんとに今から入部して甲子園行けたらスターだよね」

「超スカウト来るな」

窓を全開にしても汗の匂いが立ち込める体育後の教室。異性の目がない空間はだらしなくたるんでいくばかりで、暑いからと半裸のまま次の授業を受ける者も多数ある。体操服が脱ぎ散らかされ、使用済みのタオルや汚れた片方だけの靴下が床に転がり、持ち込み禁止の成人誌は堂々と机上に置かれ、ゴミは分別もされずゴミ箱で山積みになり、誰のものかわからぬ飲みかけのレモンジュースのパックは、半月前からずっと同じ場所に置かれている。男だらけのむさ苦しい不潔な花園だ。

だが男子校の教室なんてものは、どんなに綺麗にしたってどうせすぐにこうなるのだ。綺麗好きを自称する者もこの環境にはすっかり慣れきっている。

しかし寮の共有スペースがこのような状態になっていたら、寮生はみんな必死で掃除をするだろう。なぜなら芳賀が口うるさいのもあるが、教室と違い、自分たちがそこに寝起きしなければならないからである。天音たちが入寮したてのころは当時の上級生たちが怠惰で、今のように整頓されておらず、まさしくこの教室のような野戦病院状態であった。こんな汚い場所で3年も暮らすのかと初日からウンザリしたものだ。

だから一晩かけて勝手に共有スペースの掃除をし、持ち主不明のものはたとえ教科書でも、遠慮なく捨ててもらうよう管理人のおばさんに頼んだおかげで、日ごとに少しずつ私物の放置も減り、半月後にはすっかり散らかされることはなくなっていた。その成果があったから、ひとりでは力不足で寮の惨状に頭を痛めていた当時の芳賀は、心強い補佐として天音を新たな副寮長に据えたのだ。
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