少年カイザー(挿絵複数有り)

めめくらげ

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比重の違いはあれど、誰が悪いのかと言えば、4人全員が悪い。そそのかすようにハルヒコの弱点を勝手に明かした耀介と、同じく話し合いに加わり凶行を止めきれなかった大吾郎、そして首謀者であり実行犯の天音と、彼が狂気を発するに至るまで追い詰めたハルヒコ。寮長の芳賀を含めた5人の寮生たちは、教頭の前でそれをはっきりと認めた。

被害にあったのは、台座から根こそぎ掘り返された地蔵と、風呂場から210号室まで水浸しになった床、騒ぎで起こされた寮生たち、そして無関係なのに犯人扱いされたサラである。

天音はその日限りで副寮長の座を解任され、代打として珠希と高鷹がふたりで務めることとなった。芳賀は天音をかばったが、多数の寮生たちに迷惑をかけた張本人であることは認めざるを得ないため、いつものように強気には出られなかった。

明け方まで床掃除と地蔵の設置をしたサラを除く6人は、困憊したままその日を過ごした。そしてサラを泣かせた原因には自分も含まれるとあって、大吾郎はいつも以上に口数が少なかった。

しかし涙を見せたわりに、サラは皆が心配するほど「落ちて」はいなかった。彼の情緒はあくまでも「不調期」に急降下して底に到達するのであり、最近はそれを脱してやや安定していたおかげか、翌日にはいつもどおりに物静かなだけのサラに戻っていた。それに彼はやはり天音が近くにいなければ落ち着かないらしく、夕食でも風呂でも、部屋にいるとき以外は彼のとなりに寄り添っている。

しかし天音はサラに対する大きな罪悪感の渦中におり、1日じゅう彼と同じくらい静かだった。それでも7人は同じ時刻に続々と食堂に集まり、いつものテーブルに掛け、周りから冷ややかな視線を受けつつも、その気まずさを押し殺して黙々と食事をしていた。


ー「あのさあ……」

先に「重み」に耐えられなくなった高鷹が、どことなくわざとらしい口ぶりで切り出す。

「サラちゃんだけはかわいそうだったけどさあ……」

サラがちらりと高鷹を見やる。これまで誰も言わなかったが、誰しもが思っていたことを、彼がようやく口にした。

「……ボクたち全員めちゃくちゃ頭悪いね」

珠希と耀介がうっすらと笑い、天音と大吾郎はうつむき、サラとハルヒコは同じタイミングで味噌汁をすすった。

「わかってる?ボクら全員……あ、サラちゃんは違うけど、6人全員ものすごく偏差値低かったよね、昨日」

「なんで6人?僕は何にも悪くないよ」

「珠希もあんま関係ないけど、お前はもともとふつーに偏差値高くないじゃん?バカのくせに副委員長なんて恥ずかしくねえのかな、って俺が思ってるくらいバカだもん君」

「あ、そういうこと……」

「あと俺ら以外なら芳賀くんもおかしかったな。めっちゃくちゃ怒ってたくせによ、地蔵泥棒がカイザーじゃなくて天音だって知ったとたん、あいつアッサリと事件を隠ぺいしようとしただろ?なんか急に"あ~コレは敷地内のモノであって~裏庭から部屋に移動させただけなら窃盗でもないし~特に問題はないから~"とかごちゃごちゃ始まってよ。ずーっと秀才キャラだったくせに、急にただのヘリクツこねてる政治家みたいになってたじゃん。あいつもぜってえ地頭は悪いわ、雰囲気でごまかしてるだけで」

「一理ある」と耀介が鼻で笑いながら返した。

「けど何よりカイザー、布団に地蔵がいたから泡吹いて失神、ってお前の極端さスゴすぎるわ。だって俺ちょい前に、お前のあのデカイ帽子ん中にこっそりカマキリのたまご入れたよな?で、朝に孵化して内側でブワーってなってたのに、お前"凝った裏地だなあ"とか言ってフツーにかぶって、頭カマキリまみれんなりながら"カマキリかい!"とか余裕でノリツッコミみたいなのしてたじゃん。みんなドン引きだったし思いっきりスベってんのに、お前まったく何にも動じてなかったよな?でもアレの方が地蔵の100倍キツイからな?」

「俺を見くびるな。カメムシまでならおかわりもいける」

「そーだろ?だからお前おかしいんだよ基準が。ていうか頭おかしいんだよ。友としてハッキリ言ってやるけどお前は頭がおかしいんだ。あとたまに鼻たれてるのもちゃんと拭けよ。脳みそ溶け出てんだろ」

「ぬうぅ……ギリギリ同じ境界に生きてる奴に言われたくないんだがな……お前だってみんなとは別のクラスでお勉強させられてたタイプのはずだぞ」

「あーそうだよ、でもやっぱりお前の方がヤバイよ。しかも昨日あんな重い空気の中みんなでサラに謝ったのに、お前こないだネトフリで観てたヤクザ映画のマネしてただけだよな?広島弁使いたかったのと指詰めるって言いたかっただけだろアレ」

「誠意を示しただけだ」

「でも指詰めねえなら誠意でも何でもねえから。アレで許されたいんならお前今日中に電ノコで指ぜんぶ切断してこいよ」

「バカ言うな、クソみてえな親からもらった大事な指だ。それをこんななァ、高校生にもなって女みてえにメソメソ泣き暮らして、周りがぜーんぶ解決してくれると思ってる頭花畑のユーレイごときのためにみすみす失えるかってんだよ!」

米が喉につっかえ、サラは小さく咳き込んだ。

「そら見ろ、一点の曇りもなく反省してねえじゃねーか!それからあとヨースケとゴロー、お前らだってまともなふうを装ってるけど、俺らとつるんでる時点でお前らもおんなじだから。俺らと系統は違うけどおんなじレベルのバカってことな」

「はあ?急に飛び火したぞ」

「……」

「……だが最大級で大バカだったのは、やっぱりお前だガラパゴスくん」

こっちに来るなと念じていたが、その願いもむなしく高鷹が箸で天音を指した。珠希も「ていうか昨日に関してはバカなの天音だけだよ」とめずらしく真顔で畳みかけた。

「お前はいったいどーーゆう心理状態であの地蔵を暗闇の中たったひとりで掘り出し、部屋まで抱き抱えて布団に隠したんだ?もうバカという次元ですらなくほとんどサイコパスだぞ。あいつの弱点は地蔵ですって言われて、じゃああのお地蔵さんを持ってこよう!って、どんな生き方してきたらそういう短絡的な発想が出てくるようになる?お前今までそんな奴じゃなかったよな?狂ってることすら無自覚であんな奇行を為したお前の方が、カイザーなんかよりよっぽどタチ悪いぞ」

ぐうの音も出ず、天音は教頭室にいたときと同じ顔でうなだれた。

「ハルヒコくんが呪われてると信じ込んだ高鷹と僕もヤバイけどさ、たとえ幽霊とか信じてなくたって、ふつうの感覚の人はお地蔵さんを使って仕返ししようなんて考えないよ。ただの石の塊でも、お地蔵さんの形をしている以上はバチあたりなことをしたくないなって思うのがたぶんフツーだよ」

「……」

「お前恐怖心とか無いわけ?」

「何に?」

「いや、だから、地蔵なんて怖いじゃん。しかも夜にさ、ひとりでアレを裏庭から持ってきたんだろ?怖いなって思わなかったの?」

「怖い……?」

天音が訝しげに尋ね返す。高鷹の質問の意味をいまいち理解しきれていないようだった。

「え、何その感じ。怖がってる俺らが不思議みたいな顔してるけど」

「あの、何ていうか……あんまりそういう感覚ではなかったかな……」

「じゃあ首なし地蔵とかは?」

「首なしだと何なの?」

「いや、だから、怖くない?」

「うん」

「じゃあたとえば、山奥の使ってないトンネルを、夜中にひとりで歩いて抜けられる?」

「足元さえ見えれば。あと、あんまり虫とかいなければ」

「樹海でキャンプできる?」

「したことないけど、道具が揃ってるなら。あとあんまり虫とかいなければ」

「飛び降り自殺があったばかりの橋を夜中に渡れる?」

「高いところは苦手だから、下さえ見えなければ何とか」

「じゃあ殺人のあった廃墟で1泊できる?」

「不良とかが来るとこじゃなければ」

「怖いって思わない?」

「……別に」

「いやフツーは怖いだろ」

「あー、暗くて危ないからってこと?」

「それもあるけど、もろもろを含めてだよ。殺人があったとこだぞ?雰囲気とか絶対ヤバイじゃん」

「雰囲気?」

天音がいよいよ困った顔で首を傾げた。まるでピンと来ていない様子だ。それを見て、高鷹は何かに納得したかのような顔でゆっくりと何度もうなずいた。

「わかったぞ珠希、こいつには人として重要な恐怖心が欠落してる。たったいま判明した」

「ねえ天音、肝試しとかしたことない?」

「あるよ」

「どんなことしたの?」

「えっと……親戚の家の近くにある神社で、丑の刻参りに使ったワラ人形が刺さりっぱなしの木がたくさんあるんだけど、それを多く取ってきた人が勝ちってやつ」

「それで、天音は?」

「制限時間までかなりあったから、森じゅう歩き回って30分で17個も見つけられたんだ。なのに戻ったらみんな1つも持ってなくてさ、勝負の意味がまったく無かった。それで、また付け直すのなんて不可能だから全部親戚の家に持って帰ってきたんだけど、親とかに見つかったら怒られると思って、おじいちゃんがゴミ燃やしてるとこにこっそり捨てといた」

「……呪われそうとか感じなかった?」

「まず呪いってのを信じてないけど、もし存在したとしても、そのワラ人形に髪の毛を入れられてる人たちが対象だろ?僕は見つけて燃やしただけなんだから、そんなこと少しも考えなかったよ」

「……」

先ほどまでとは違う種類の沈黙の中、ハルヒコだけが「やれやれ」という顔をして小さくため息をこぼしながら言った。

「……だから俺は何度も言ってきただろう、こいつは人の形をしているだけで人間ではないのだ。人としての恐怖心などあるわけがない。動物や爬虫類が心霊スポットに霊的な恐怖を抱いて、化け物を恐れたりするか?奴らは単純に、静かでさえあればどんなに霊験あらたかな場所だろうと、ただの巣として棲みつくまでだ。反対にうるさかったり天敵の多い住みづらい場所なら離れていく。どんなに曰くのある場所だろうが、奴らにはそれだけのことでしかないだろう。だからこいつにとっても、そういう感覚でしかないんだ」

そのとき天音を除く5人は、初めてハルヒコの言葉に納得した。そして反対に腑に落ちない顔をする天音に、「他の感情はちゃんと備わっててよかったね」と、ようやく口を開いたサラが彼なりのフォローをした。
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