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【本編】悪魔な王子 side。
【Ⅰ】
しおりを挟む悪魔の国と天使の国は、長きにわたりいがみ合ってきた。まあ好戦的な悪魔国が、天使国に言いがかりをつけ開戦したのが始まりだ。だがあのすました天使族はたしかに鬱陶しい。あんな国、滅亡させて構わんだろう。しかしそれでは世の理が崩れると、互いに歩み寄り王家の者たちが婚約を結ぶことにより、戦争を締結し両国の友好を結ぶこととなった。
悪魔国の第一王子である俺は、両国の和平のための生け贄となったのだ。
俺は悪魔国の第一王子、グランデという。俺が八才の時に天使国との友好条約が結ばれ、同時に天使国の第一王女との婚約が結ばれた。天使国の姫が今年十八才になり、来年の春には悪魔国へ嫁いでくる。
明日はその相手の婚約者である、フランシス姫とのお茶会だ。まったく俺は多忙だというのに、律儀に毎月必ず茶会を開き招待してくる。行きたくなくて嘯き断りの返事をだすが、懲りずに毎月誘われる。たしかに俺は良い男だ。俺に惚れるのも解らぬことはない。だかアイツの相手は退屈だ。俺が好きなら俺に合わせろ。俺好みの女になれ。この俺に侍る妖艶な美女たちの様にな!
まったくつまらない女が婚約者になったもんだ。まあだが結婚はしてやっても良いかもな。あのすました顔をグチャグチャにしてやるのも面白い。
この俺の生涯の伴侶として、敬い支えることなど当たり前だろう。政略結婚に愛など求めるな。そんなものあるわけがないだろう。互いに歩み寄り尊重しあえる関係を育むだ? なぜ愛してもいない相手に寄り添う必要がある? 女は男に仕え奴隷の様に言うことを聞けばよい。そして世継ぎを孕むのが一番の仕事だ。そのためには俺をその気にさせろ。それが政略結婚というものだろうが!
俺はそう考えている。正直あのすまし顔の女とは婚約を破棄したい。しかしさすがに国同士の婚約を、俺様にも簡単には破棄できない。父である現王が友好派だからな。己の代で叶えた友好を、壊すことを良しとしないだろう。遺憾ではあるが、今は俺が我慢すれば済むことだ。
くそっ!くそ親父に明日の茶会の招待には、必ず出席しろと叱咤された。フランシスめ!茶会になど誘うな! 俺は愛するロゼッタを愛でるのに忙しいのだ! 彼女こそは運命の人。真実の愛はなにものにも変えがたいのだ!良し!親父に進言してこよう。
天使国との友好が保てぬから駄目だ? ロゼッタは王家に嫁ぐには相応しくないだと?それ以上は聞きたくない!親父でもそれ以上は言うな!
決めたぞ!俺は愛に生きる!婚約破棄を突き付けてやる!フランシスは別れたくないと泣いてごねるだろう。ならば愛妾として可愛がってやってもよいな。俺にもそれくらいの慈悲はあるんだ。さあ明日は婚約破棄だ!
天使国の中庭に向かい進んで行くと、衛兵と護衛がゴロゴロ居やがる。コイツらに婚約破棄の邪魔をされたら面倒だ。俺は中庭の入り口に結界を張り巡らせる。どうだ?素晴らしいだろう。悪魔族は攻撃魔法には秀でているが、癒し系はまったくだし、結界の様な防御系は苦手だ。しかし俺には簡単だ。俺様は優秀だからな!
扉を大きな音を立て開き、イスに腰を掛けているフランシスに宣言する。
「フランシス! 貴様との婚約は破棄だ! 大人しくつまらないお前とは、一生を過ごすことが苦痛だからな! しかもキスすらさせやしない! たいした体でもないくせに、勿体つけすぎなんだよ! だいたい天使は貞操観念が強すぎるんだ! これでは次期王である私の後継を、孕めるかを確かめることすらできんわ! 」
きょとんと俺を見るフランシス。おい!俺様の宣言を聞いているのか?人差し指を下顎に添えながら、なにかを考えながら首を傾げている。いったいなにを考える必要があるんだ!泣いてすがるならまだ可愛いげがあるが、まったく反応がないのも不気味だ……
まさかショックすぎて硬直しているのか?ならば許してやらんでもないが……
「そうですか……しかし私たちの婚約は、国同士の和平を結ぶための政略結婚です。それを勝手に破棄してもよろしいのですか? 」
はあ?ようやく話し出したと思ったら、なぜそんなに冷静なんだ?泣けよ! この愛する俺様に婚約破棄を叫ばれたんだぞ!
「ふん! 天使族など恐れるに足らんわ。私が軍を率いれば、すぐにでも滅ぼせる。さすれば貴様を愛妾にしてやっても良いぞ。愛する私に捨てられては、さすがに可哀想だからな」
これでどうだ?俺の慈悲に涙がでたのではないか?
「婚約破棄の件は了承いたしました。慰謝料はいりません。破棄していただき助かりましたもの。ですが手続きの方はそちらでお願いしますね。もしもこのことで和平が崩れた場合の損害は、もちろん悪魔国の責任でお願い致します。それではお帰りください」
「…………」
なぜだ!フランシスはなぜこんなに冷静なのだ!この愛する俺様を追い出すつもりか!
「グランデ第一王子? お帰りはあちらですよ。入ってきた扉を忘れてしまいましたか? 」
己の顔に熱が籠るのがわかる。これは怒りだ。女に!しかも天使族の女にバカにされるなど、俺様のプライドが許さない!
「フッフランシスは……婚約破棄をされても良いのか? この私が愛妾にならしてやると言っているのだぞ? 」
「はあ? 良いのかって、グランデさまが宣言なさったのでは? この婚約は政略結婚です。しかし私はあなたの良いところを見つけようと努力はいたしました。しかしあなたは愚鈍で身勝手で、良いところなど皆無です。好きでもないあなたの愛妾だなんて、私はまっぴらごめんです。ちょうど良かったですわ」
「貴様はー! 負け惜しみを言いやがって! 私が情けをかけて愛妾にしてやると言っているんだ! 貴様が悪魔国へくれば問題はない! それで和平は保てるだろうが! フランシス! ごたくを並べるのもいい加減にしろ! 」
俺は拳を握りしめる。このすました女の顔を殴り付けてやりたい。
「婚約はたった今破棄されたのです。私を名前で呼び捨てないでください。女性に対して馴れ馴れしいです。それにいつまでも二人きりは良くないです。 さっさと退出してください。これくらいの常識も解らないのですか? バカにつける薬は無いと聞きます。王子はバカなのですか? 」
「なんだと! 意地を張るのもいい加減にしろ! 」
呆れた様な顔をし、大袈裟にため息をつくフランシス。さすがに堪忍袋の緒が切れた。
「キャァー! 誰か! 誰か来てー」
フランシスを突き飛ばし馬乗りになり、無理やり唇を奪ってやる。コイツはキスさえさせやしない。なにが神の審判だ!婚姻前にはできないとか勿体ぶりやがって!
唇の隙間を舌で侵し割り入ろうとする。突如唇に激痛を感じたと同時に、男の急所にも激痛が走った。
さらには身体中に焼けるような痛みを感じる。息が苦しい!頭が!脳内をかき混ぜられた様に痛い。いったいなにをしやがった!
「ウギャー! いっ痛い! しかもくっ苦しい! 貴様! 何しやがった! 」
のたうち回る俺の耳に複数の足音が聞こえてきた。急に廊下が騒がしくなり、護衛と兵士が駆け込んできた。
「姫様ご無事ですか? 申し訳ございません! グランデ王子に結界を張られ、中に突入できませんでした! 」
くそったれ!俺様の結界が破られたのか!
「不覚にもキスを奪われちゃったけど、苦しみは己に返るから構わないわ。ファーストキスは済んでるし。そういえばあの子は大丈夫だったのよね。不思議だわ」
なんだと?誰だ?フランシス!俺様という婚約者がいながら、他の男と浮気したのか!俺様にはキスすらさせなかったくせに!
俺は捕縛され悪魔国へと強制送還された……
「この愚か者が! 勝手に国同士の約束を破棄するなど、貴様は何様なのだ! しかも神の審判を知らぬわけではあるまい。キスすらさせぬから婚約破棄だと? ふざけるのもいい加減にしろ! 」
「しかし父上! 俺はロゼッタと結婚したいのです!友好を保ちたいのであれば、フランシスを愛妾として迎えましょう。彼女も咽び泣き感謝するでしょう。俺にもそれくらいの慈悲はあります」
「呆れてなにもいえん。もう良い! どうせ婚約者に色あわせのドレスやお飾り、正式な婚姻リングなども贈ってはいないのだろうな。」
はあ?色あわせのドレスやお飾り?そうか!ならばロゼッタに贈ろう。ロゼッタには深紅が良く似合う。私の瞳の色の赤でドレスを作り、髪の色の黒でお飾りだな。
「父上! 良きアドバイスをありがとうございます! 両国の合同婚姻お披露目会談には、俺の色を纏った素晴らしいロゼッタをお見せいたします。さすれば皆様も、必ずや祝福してくれるでしょう」
「…………」
「もちろんフランシスも伴いますよ。ですがエスコートするのは、未来の王妃であるロゼッタです。愛妾は後ろを歩かせましょう。俺の愛の差を見せつけなければなりませんから」
「もう良い下がれ! 」
はあ。どうやら親父も納得してくれたようだな。良し!早速ドレスを仕立てに行くぞ! お飾りの宝石はやはりオニキスか? 希少なブラックダイヤも良いな。どれもロゼッタに似合いそうだ。
お披露目会談が楽しみだ。
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