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【本編】天使な姫君 side。
②
しおりを挟むお城の中庭に用意されたテーブルには、色とりどりなお菓子や軽食が並んでいる。私はお茶の支度をしながら、新しい婚約者様を待っていた。
「フランシス様! 」
ザイール様が足早に歩いてくる。ニコニコとした笑顔が素敵だわ。
「ザイール様。こんにちは。私のためにわざわざ足をお運びいただき、誠にありがとうございます」
私は彼にお礼を述べる。だっていきなり婚約しろなんて言われたと思ったら、お茶会への呼び出しだもの。王命では逆らえないから困るわよね。
「いえ。フランシス様のお茶会なら喜んで! しかも婚約してくださるとか? 本当に私でよろしいのですか? 私は初恋のあなたと婚約出来るなんて、未だに夢を見ているようです」
ザイール様は己の頬をつねっている。そんなお茶目な姿をみると、なんだかホッコリとしてしまう。
「こちらこそありがとうございます。しかし父が無理を言ったのではないのですか? 」
私が初恋の君だとは言ってくれてるみたいだけど……
「とんでもない! 私はフランシス様を愛しております。お恥ずかしい話ですが、初恋をずっと引きずっておりましたが、私には貴女は手の届かぬ人だと……しかしどうしても忘れられずに、この年まで婚約もできず……」
たしかに貴族としては遅いかもしれないけど、お兄ちゃんはまだ二十六才じゃない。
「お兄ちゃん……」
「その呼び方も久し振りに聞きますね。あのバカ王子との婚約には腹が立ちましたが、国のためには仕方がないと思い諦めていたのです。しかしあのバカの噂を聞くたびに、婚約が破棄にならぬかと期待していた私もいました。フランが悲しむと解っているのに……浅ましい己に嫌気がさします……」
そんなことないよ! だって私はまったく悲しんでなんかいないもの!
「お兄ちゃん呼びはもう止める。これからはザイルと呼ぶわ。だから私のことは、以前の様にフランと呼んで欲しいの。だって婚約者だもの」
「……昔はフランシス様がお子様でしたので呼べたのです。さすがに素敵な大人になった今は……」
「ザイル? さっきフランと呼んでいたわよ? それに夫婦になったなら対等でしょ? いつまでも様付は嫌だわ。それにそんなに遠慮するなら、キスもできないじゃない。毎回私に許可を取るの? 初夜も無理よね。私はリードなんてできないし、そんなムードもなにも無いのは嫌よ」
「フッフラン……」
私は慌てるザイルにしっかりと抱きついた。懐かしい香りがする。ザイルが養子に来た頃には、公爵家の子供たちとともに、良くお城に遊びに来ていた。私とお兄様方の遊び相手と、先々のご学友探しよ。しかし学園に通い始めるころには、男女は分けられてしまった。その後は年に数回、元婚約者の代理のパートナーとして会うだけ。しかしこれはザイルが従兄で、婚約者がいなかったから叶っていたこと。
「あのバカ王子は無理だったけど、ザイルなら私は愛せるわ。だってたくさんの優しさや優秀さを知っているから。学園では公爵家の恥にならぬ様にと、誰よりも努力していたのも知っているから……」
「…………」
抱き締めるザイルの肩が震えている。きっとたくさんの辛いこともあったのだろう。公爵家の人々は、分け隔てなく育ててくれたと聞いている。しかし周囲はそうはいかない。現に学園では、養子のくせにと誹謗中傷が蔓延っていたから。お母様は王姉なのに、本当に無礼よね。
顔を上げてうつ向くザイルの顔を見上げる。泣いているの?頬を伝い落ちる涙をそっとハンカチで拭い、その頬に軽くキスをする。
「フランッ! だっ大丈夫ですか? 」
え?大丈夫ってなに?しかも勇気を出して頑張ったのに、なぜ心配するの?
「大丈夫の様ですね。初めてのときも大丈夫だったのです。ならば遠慮はしませんよ。フラン……あなたのセカンドキスも私のものです……」
涙に濡れたザイルの顔が私に被さる。私は静かに目を閉じた。
「フラン……愛しています。貴女のためなら邪魔ものの排除も厭いません。愚か者には制裁を与えます。苦労をかけるかもしれません。しかしもう歯車は回り始めてしまったのです……」
私はキスをしたまま気絶してしまったみたい。ザイルのバカ!なんてキスをするのよ。前婚約者は悪魔族だったから、あういうことには免疫がないの!しかもお姫様抱っこで、私ってば部屋のベッドまで運ばれたんですって。城中その噂でいっぱいよ。恥ずかしすぎて部屋から出られない。ううん。出たくないわよ。
「フランシス様! 起床されたなら入浴をいたしましょう」
ノックの音とともに扉が開き、侍女たちがなだれ込んでくる。
「どっどうしたの? 夕食の時間にはまだ早いし、わざわざ入浴して着替える必要はないわよ? 」
ウダウダしながら布団から出ないでいると、布団の上に大きな箱を置かれてしまう。
「これはなに? 」
「ザイール様からの贈り物です。大きな箱はドレスです。こちらの小さな箱はお飾り類ですね。そして正式な結婚リングは制作中で間に合わないとのことで、お披露目会談当日に持参される様です。さあお早く! サイズは伝えましたので大丈夫だとは思いますが、試着をしてみなけれは安心できません」
サイズを伝えたの?この箱は王家御用達の洋品店よ。わざわざザイルに伝えなくても、私のドレスだと伝えれば察してくれたわよ!なんで教えちゃうのー!私はどうせ妖艶な美女には勝てないのよー。
「フランシス様? バカ王子の言葉など、お忘れくださいませ。なにが妖艶な美女ですか! あんな頭も下も弛いバカに侍る女など、同じく頭も股も弛いアバズレなのです。清廉無垢な姫様とは比べものにもなりません」
うーん。バカ王子呼びなのね。でも仕方ないわよね。本当にバカだもの。私は侍女たちに促され、バスタブにつかり入浴をすませる。ガウンを羽織り部屋へ戻ると、真っ白な布地にビッシリと、銀色の刺繍が施されたドレスがかけられていた。
凄く綺麗……銀糸の刺繍の合間には、真珠や繊細な硝子ビーズが縫い止められている。さらには透けるオーガンジーにレース編みを幾重にも重ね、スカート部分にボリュームを持たせていた。これはベールを被れば花嫁衣装とも呼べるような豪華さね。
お飾りは……珊瑚かしら?真っ赤な真球と白い真珠をふんだんに使い、花をモチーフにして作られている。台座はプラチナで、ドレスの刺繍の色とあわせている訳よね。我が国は海へは遠い。真珠も紅珊瑚も高価なはず。
無理はしなかったかしら……
「さあさあ試着しますよ! 今まで贈り物をしたくてもできなかった。長年の夢だったそうです。だからぜひ着飾って欲しいとのことですよ」
「銀色はザイールの髪の色。赤は瞳の色よね。男性からの贈り物なんて、初めてだから凄く嬉しい……」
「姫様……バカ王子との婚約破棄、本当におめでとうございます。城中のものが両手を上げて喜んでおります。ザイール様と幸せになってくださいね」
「ありがとう。本当にこんなに幸せで良いのかしら……」
「おや? まだ着ていないのか? しかし本当に見事なドレスにお飾りだ。これは急には用意できる品ではないな。ザイールめ。フランシスを諦めきれずに、いつか贈ろうと企んでおったな」
お父様!
「お父様! 女性の部屋に突然乱入しないでくださいませ! 」
「いつまでも気絶していたお前が悪いのではないか? まあ良い。すでに悪魔国の王には話を通した。あのバカ王子との婚約は正式に解消された。初めからなかったことになったわけだ」
それは……でも和平は大丈夫なの?
「いらぬ心配はするな。すべての台本は仕上がっておる。お前は私たちを信じて黙って見ていてくれ。あのバカ王子は未だに、和平のためにもお前を愛妾にするなどとほざいているそうだ。さらには新たな婚約者だと、どこぞの馬の骨を連れてきたそうだぞ。まあ束の間の春を謳歌させてやれ。披露会談が楽しみだな! 」
お父様ってば……
私とザイールは披露会談までの期間を、婚約者としての仲を深めるために費やした。ちなみにバカ王子との婚約破棄は、すでに神により認められている。しかしそれはバカ王子には伝えられていないという。
つまりバカ王子はまだ、お披露目会談は私との発表だと思っているわけ。でも私には関係ないわよ。だってあちらが破棄を言い渡して来たんだし、婚約者としての義務を果たしていないんだもの。
まだ婚約者だからお披露目会を開催すると思っているなら、婚約者としての義務を果たしてください。結局パートナーの誘いも、ドレス類や正式なリングの贈り物も、どれも届きませんでした。
届いても送り返してしまいますけど。
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