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第405話 終戦

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 終わった。全ての元凶である王弟は自らが対価となり魔界に、召喚された魔族と共に行ってしまった。この先に待っている王弟の運命はどうなっているかなんて、興味はない。周囲には瓦礫が山のように積まれ、歴史のある街並みが無残にも壊され尽くしていた。王城は焼け落ち、少しの骨組みを残すだけで綺麗に消失してしまっている。疲れからか瓦礫に腰を下ろしていた。

 そして、そっと呟いた。

「終わったな」

 周りにはミヤと眷属、リード、ルード、トラドとシェラがいた。戦いに参加した妻達が僕を囲んでいる。もちろん、カミュもいる。一応は大活躍したのだ。本来、公国のために戦う必要のない者なのだ。カミュには礼を尽くさねばならない。ただ、そんなことを言いたいのではない。男の声がしたのだ。

「まだ終わっていないぞ」

 その声にドキッとしたが、声のした方を振り返るとルドとマリーヌ、それにライロイド王が姿を現した。立ち上がり出迎えようとしたが、なかなか腰に力が入らない。立てないのを見て、ルドは立ち上がろうとする僕を気遣い、止めさせようとしてきた。そして、ライロイド王は前で片膝を付き、頭を下げてきた。

「ロッシュ公。この度は王国の危機を救ってくださり、感謝のしようもありません」

「ライロイド王。無事だったか。しかし、短時間でよくも民達を納得させたものだな。召喚された魔族達も驚いていたぞ」

「はい。本来であれば大神官の立会が必要となるのですが、王の証があったればこそ簡単に王になることが出来ました。それから布告をしようとしたのですが、王城はあの様ですから……ルドベックお兄様とマーガレットお姉様の協力でなんとか民達に僕が王になったことを伝えてくれたのです」

「そうか。これで名実ともにライロイド王の誕生だな。王にはこれから難問が多く出てくるだろう。はっきり言って、この地は一時は駄目になるかも知れない。その時は公国を頼ると良い。出来る限りの支援をさせてもらおう」

「ありがとうございます!! そのお言葉だけでも王国は救われるでしょう。諸々と準備がありますので、これで」

 準備? ああ、王の即位式でもやるのかな? とにかく王国の民達が無事でよかった。すると苦々しげな顔をしていたルドが近づいてきた。

「あれから大変だったんだ」

 ルドが言うのは、ライロイド王は今でこそ素直に王であることを認めているが、救助されたばかりの彼は王になることを何度も拒絶したらしい。それどころか、目の前にいる王位継承権を持つルドとマグ姉に押し付けようとする始末だ。王位を王弟から取り戻さなければならない状況下で、残された時間も少ない。二人は易しく声をかけるようにライロイド王を説得した。

 しかし、ライロイド王が首を縦に振ることはなかった。今までの幽閉生活ですっかり生きる力を失っているのだ。王という重責を担えるはずはない。そう判断したルドは王国を占領する方針にすることにしたのだ。これも王弟から王位を外す方法の一つだ。ただ、僕自身がそれを嫌っていたのだ。それゆえ、ルドも最後の手段としていたのだがライロイドに王位を継がせるのは無理だと思ったのだろう。

 マグ姉もルドの考えに同意して、ルドはライル達がいる司令室の方に向かった。残ったマグ姉はみすぼらしい姿に成り果てた弟を不憫に思い、自分の着ている服を脱ぎ、それを羽織らせた。そして持ってきた食料をライロイドに手渡したのだ。

「これは?」

「見ての通り、食べ物よ」

「これが……」

 ライロイドは一体、どんな食事をさせられていたのだろう。マグ姉に与えられた食事をむせながら、ライロイドは食らいついていた。食べ終わっても、まだ欲しがるライロイドにマグ姉は自分の分の全てを与えることにした。食べ終わってからはライロイドの表情は一変していた。

「お姉様。なんだか力が湧いてきたような気がします。なんとも不思議な食べ物ですね」

「そうよ。それが公国で作られた食材で出来た料理よ。この荒廃した土地の中で、皆が諦めずに作り上げた物よ。そう思いながら食べると元気が湧くのよね」

「これが公国の味か……この食材をここでも作ることが出来るかな?」

「分からないわ。でもね、公国だって苦労がなかったわけではないの。だから、諦めなければ、願い続ければきっと叶うはずよ。それが王としての役目だとロッシュはよく言っていたわ」

「そうか……ならば僕、やってみるよ。この食材をなんとか王国で作ってみようと思うよ。これで王国の民を元気にしてやるんだ」

 マグ姉はライロイドは農家にでもなるのかと思っていたようだ。

「それはいい考えだわ。きっとロッシュも一緒にやってくれるはずよ。そういうこと好きだから」

「そうかな? ロッシュ公が一緒にやってくれるなら、僕は安心だ。僕は上になれるはずがないからね」

「そんなことはないわ。何度も失敗して、そのうち成功してくるものよ。今は上下なんて気にしないで、研鑽を積み続けることが大切よ」

「分かったよ」

 その時のライロイドの笑顔は姉弟ながら魅力的に見えたらしい。その後、ルドとライル率いる公国軍が王都に入ってきた。ライル達はすぐに触れを出した。王都は連合軍管理下に入るというものだ。それに触れた王都民はどこかホッとしたような表情をしていたらしい。それでも王都は広い。周知するのにかなりの時間を必要とするだろう。ルドはライル達にそれを任せ、マグ姉のもとに戻った。

 ルドはライロイドの様子が少し変わっていることを見逃さなかった。

「ライロイド。どうしたんだ?」

「お兄様。僕は決めたよ。王になる」

「本当か!? ならばライルさんを止めに行かなければ」

「いや、いいんだ。僕が王になっても、引っ張っていく力なんてないさ。民達は公国の民になったほうが幸せだろう。でも一部の者が王国を見捨てずにいてくれるのならば、それが僕の国の民なんだ。きっとすごく少ないだろうけど、僕はそれでいいと思っているんだ」

 ライロイドの決心は固かった。ルドはライルに伝言をした。王国の王はライロイドになった。そして王国の民は公国の民になるか、ライロイド王となった新生王国の民となるかを選ぶというものだ。その結果は、ライロイドの予想したとおりだったようだ。

 王都に住む百万人、王都周辺に住む四百万人の民の内、王国の民になることを選んだ者はたった一万人だった。それほど民達は王国への恨みが凄いものだった。そしてライロイドという新たな王への不信感が強く出た結果だった。

 それでもライロイドは一万人も王国を選んでくれたこと喜びを感じていた。

「お兄様。相談があるんですが……」

 ここでルドの話は終わった。えっ!? 一体、最期は何があったんだ? ただ、ルドは笑うだけで答えようとしない。あとで分かるということか。

 とにかく王都から出よう。ライル達とも今後の相談をしなければならない。王都の街道を歩いていると、王都の民の誰かが僕の存在に気付いたようだ。王都でも僕の顔を知っているとは意外だな。気付いた者が僕の名前を叫んだ。すると街道に人が徐々に集まり始め、僕を喝采しだしたのだ。とても戦争に来た先の土地の反応ではない。

 それでも民達が僕を受け入れてくれていることに少なからず喜びがあった。しかし、同時に彼らの明日からの生活を考えてやらねばならない重責が肩にのしかかってきた。どうしたものかな? アウーディア石を失ったこの地はこれから急速に荒廃していくだろう。王国の歴史の分だけ負債があるのだ。土地が本来の力を取り戻すのに同じくらいの時間がかかるかも知れない。

 それでも僕達はこの地にかつての力を取り戻さなければならない。そのための知識や人の力の全てが公国にはあるのだ。まさに今までやってきたことは、王国の民五百万人を救うことなのだ。これが達成されることで、おそらく僕の使命は終わる。ずっと最初に、この世界に来るときにシェラと約束した、この世界の人の飢えを無くすこと。その達成が目前まで迫っているのだろう。

 ちらっとシェラを見た。シェラはよく分かっていない様子で首を傾げながら、笑顔をくれた。シェラはもう天界とやらには戻れないのだろうか? 僕とシェラの約束が果たされたときにでも聞いてみよう。もしかしたら、シェラは天界に戻れるかも知れない。寂しいけど、天界こそが女神であるシェラの居場所なんだ。また、僕みたいなものをこの世界に送り、少しずつだがこの世界が良くなるようにする案内人を務めてもらわなければならない。

 ゆっくりと王都の街道を通過して、ライル達のいる司令室に向かった。そこには公国軍、レントーク王国軍、サントーク王国軍、そしてアウーディア王国軍の全てが参集していた。いや、アウーディア王国軍というのはもはや存在しないかも知れない。一部は王国に残ることを希望しているようだが、その殆どは公国に帰属することになっている。

 僕が通過すると、再び喝采の声が上がった。なんとも圧巻だった。そこには兵だけで七十万人近い数の者がいるのだ。そして、僕の存在に気付いた将軍たちが帷幕から続々と出てきた。公国軍からはライル、グルド、ガムド、ニードが、レントーク軍からはアロン、サントーク軍からはガモン、王国軍からは三人の知らない者が出てきた。その後ろにサルーンも控えている。その一同が僕の前で膝をつき、出迎えてくれたのだった。

 僕はここで戦いの終息を宣言したのだ。

「皆のもの。この戦い、我ら連合国の勝利だ!! 王弟を滅ぼし、王国は解放された。王都は完全に我らの手中にある。皆のもの!! 本当にご苦労だった。再び言う。我らは勝ったのだ!!」

 その言葉に呼応するように、将軍たちは思い思いに声を出す。自らの故郷を口にする者、王の名を口にする者、大切な者の名を、犠牲になった者を、様々だった。皆の、この戦いでのいろいろな思いが詰まった叫びだった。それはしばらく終わることはなかった。
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