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第389話 公国に到着

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 公国までの帰路は穏やかなものだった。一度、レントークの離れ小島に停泊した後、木材などの物資を降ろしてから再度出発することになった。離れ小島と聞かされていたのでどんなものかと思っていたが、思ったよりも面積は大きく、鬱蒼とした森林が広がり、船着き場のような施設の近くには倉庫が何棟か建てられていた。それでも未開の小島という印象は拭えなかった。

 レントークで仕入れた木材を離れ小島に使う予定らしく、特に大量の木材が運び込まれた。まだ離れ小島の計画を聞かされていないが、ただの物資の途中基地といった感じではなさそうだ。

 それからの船旅はまさに順風満帆といった様子でまっすぐと公国に向かう。この辺りは王国の海域にあるにも拘らず、王国海軍が出てくる様子もない。途中で離れ小島に向かうであろう公国船と行き交い、向こうから盛大な挨拶が交わされた。

 軍船も見かけたが、どれも公国の船だ。ガムドがいうように本当に王国の海を掌握しているのだと実感することが出来た。レントークを出発して五日ほど経つと、そこには懐かしい公国の地が見えてきた。遠目ながらも城も見えてきた。こんな距離でも見えるのかと驚いていると、横でボートレが城を指差して何やら騒いでいる。

「なんだ、あの山みたいな建築物は?」

「あれは城だ。公国の王都の中心にそびえる建物だぞ。僕の住まいでもあるな」

「信じられん。あんな建造物がこの世界にあるなんて。それにしても巨大すぎるな」

 そんなことを話していると、ついに三村の船着き場に到着した。船着き場ではすでにライルやグルド達が出迎えにやってきていて、公国軍と住民たちで人だかりが出来ていた。到着してもしばらく降りられないほどだ。なんとか三村の自警団が僕達が降りる空間を確保するように動いていくれたおかげで人だかりが少し緩和されていった。

 まずはニード隊が先に降りていき、僕が降りるべき空間を確保していく。それから僕と妻たちが一緒に降りていく。このときの歓声は今までに聞いたことがないほど大きく、驚いて海に落ちてしまいそうになった。なんとかドラドに支えられて落ちなくて済んだが、凄まじいものだ。

 一旦、三村の責任者であるルドと面会をするべく、ルドの屋敷へと向かった。もちろん、ルドも出迎えに来ていたが、住民の手前で馴れ馴れしく接することを嫌うルドは屋敷に案内している間は厳かな雰囲気を漂わせながら向かっていく。ライルとグルドもルドの雰囲気に当てられたのか、ゆっくりと静かに行進をしていく。その異様な雰囲気は公国軍にも伝わり、なんとも厳粛な軍隊という姿を住民の前に見せることになった。

 これは住民にとっては堪らない快事といえるだろう。自分たちが誇る公国軍がこうも見事な軍隊になっている姿を見ることが出来たのだ。ルドの屋敷の前ではマリーヌが立っており、深々と頭を下げてくる。

「おかえりさないませ。ロッシュ公。我が家で一時でも長旅の疲れを癒やしてくれれば幸いです」

「マリーヌも変わらなくて良かった。それでは中に入らせてもらおう。ライルも来るがいい。グルドには済まないが、兵を広場に移してから来てくれ。往来に兵がいては皆が迷惑するだろう。住民たちには今夜から三夜は祭りをするから、各々が準備するように伝えてくれ。我らが王国に勝った事を祝うのだ」

 その言葉をかけると、折角厳粛な軍隊という姿だったのに、そこには愚連隊と言っても差し支えないほど興奮した公国軍の姿があった。ただ、それを止めることは出来ない。住民も同じくらい興奮しているのだから。公国民の祭り好きは凄まじいものだな。

 ルドの屋敷に入ると、コーヒーの匂いが漂っていた。なんとも落ち着く匂いだな。マリーヌが率先して応接室までの案内をしてきた。もっとも、この屋敷の勝手は熟知している。案内は不要なのだが。応接室には僕とルド、ライルが入った。どうやらゴードンがこちらに向かっているようだ。僕は部屋を去ろうとしているマリーヌに木箱を手渡した。

「これは?」

「実はな、レントーク産のコーヒーが手に入ったんだよ。マリーヌはコーヒー好きだろ?」

「ロッシュ様……これ以上のお土産は存在しません。ありがとうございます。如何です? 早速飲んでみますか?」

「それはいいな。ぜひ頂こう」

 ソファーに腰掛けると、ルドが僕に手を伸ばしてきた。僕はその手を掴んだ。

「ロッシュ。やってくれたな!! 私はライル将軍から公国大勝の話を聞いた時、不覚にも足が震えてしまった。王国軍三十五万を打ち破る勝利など聞いたこともない。先の大戦でも、局地戦でこれほどの大軍が出兵した記録もない」

 お? おお。ルドが随分と興奮しているな。こんなルドを見たことがなかったぞ。ライルもしきりと頷いて満足げな顔をしている。

「そうか。それほどの大戦だったのだな」

「何を言っているんだ!! これだからロッシュは。あれほどの勝利をもう少し喜んだらどうなんだ? ライル将軍も何か言ってやってくれ」

「何かって言われてもな……それが我らのロッシュ村長ではないか。我らが驚くようなことも、ロッシュ村長にかかれば簡単にやり遂げてしまう。実はな、ルドには……というかあの戦争に参加したものたちに箝口令を布いているのだが、魔族が出現したのだ。それゆえ、かなり苦戦を強いられることになったのだ」

「なんですと!?」

 ルドが別人になっているぞ。そんな反応しているのを初めてみた。
 
「ど、どういうことだ? 王国に魔族? 信じられん。あの国は人間至上主義だ。魔族だってその例外ではない。なぜ?」

 僕が口を挟んだ。

「召喚されたのだ。王国兵三万人を対価にな。あの魔族があと一体現れていたら、敗北を味わっていたのは我々かも知れない。それほど強大な魔族だった。ただ、ミヤがその者を知っていたし、召喚というものにも詳しい。何かしら対処の仕方があるだろう。我らはこれからはその対策に全力を注ぐつもりだ」

「なるほど。考えてみればミヤさんは魔王の娘だ。ところで、王国兵三万人はどうなったんだ?」

「言う必要はないだろ?」

「そうか……王国はそこまで追い込まれているということか? ライル将軍、現状の王国の戦力はどれほどなのだ?」

 ライルは天井を仰ぎ見て、一呼吸おいてから答えた。

「そうだな。オレが把握している限りでは王国軍は二十万人程度に減っているだろうな。もっとも王国の人口は公国とは比にならないし、王都周辺の貴族たちに召集をかける可能性もあるから。常時五十万人というのは崩れないだろう。しかし、兵の質という点では雲泥の差だろうな」

「それでは……」

 ライルとルドが公国と王国の戦力分析の話をしているとグルドが顔を出し、次いでゴードンが姿を現した。

「ロッシュ村長。よくぞ無事に戻って参られました。王国に大勝したという話を聞いて安堵はいたしておりましたが、やはり姿を見るまではなかなか安心できないもので。これで今夜からゆっくりと休めそうですな」

「おや? そうか。それではゴードンは祭りには不参加ということか」

「ロッシュ村長。ご冗談を。今のは言葉の綾でございます」

「そうだろうな。それでゴードンには祭りの主催を頼みたい。急だが、なんとかしてくれないか?」

「私がロッシュ村長に仕えてから何年が経ちましょう。準備はすでに出来ておりますぞ。あとは主賓であるロッシュ村長の帰りを待っていたに過ぎないのです。都では大勢の住民が祭りの開始を今か今かと待ち望んでおりますぞ」

「本当か!! よくやったぞ、ゴードン。さすがは祭りにかけては右に出るものがいないと僕が思っていることはある。それでは早速都に帰るとするか!!」

 それを制するのはルドだ。

「ロッシュ。祭りもいいが、この数日はとても重要だ。ここで準備を始められるか否かで結論が大きく変わる可能性がある。戦力分析と今後の予想、軍の配備についてよく考えておく必要があると思うが」

 それにはライルも今来たグルドも賛成に意思を示す。

「オレも賛成だな。確かにあの魔族の出現は予想外であった。それに大砲の何十発分、いや何百発分の威力の何か。あの対策は早めに講じておいたほうがいいだろうな」

 くっ……するとゴードンが足を後ろに一歩下げたのを見た。逃げる気か!! そうはさせぬ。すかさずゴードンに話しかけた。

「ゴードンにもすまないが話し合いに参加してもらうぞ。兵站を取り仕切るのはゴードンの仕事だからな」

「私は……分かりました。すぐに終わらせましょう!!」

 そんなゴードンの姿に皆が失笑するのであった。そこでマリーヌがレントーク産のコーヒーを持ってきてくれた。ライルやグルドは酒のほうが望ましかったようだが、挽きたてのコーヒーを前にすれば、興味が沸いてくるだろう。一口すすると、なるほど!! これは旨いな。やや酸味が強いクセのある味だが、僕好みのものだ。なによりも香りが素晴らしいのだ。いいものを手に入れられたものだな。

 さて、何の話だったかな? もう忘れて都に帰りたいのだが……しかしルドがそれを許してくれない。

「そういえば、船に王国兵が乗っていたのを見たが。彼らはどうしたんだ?」

「ああ。彼らは一応は捕虜として扱う予定だ。ただ、王国からはどのような扱いをしてもいいと許可をもらっているからな。とりあえずは鉱山開発を任せようかと思っている」

「しかし大丈夫なのか?」

「僕としても危険は承知だ。ただ、放っておけば彼らは魔族の対価にされるところだったのだ。出来れば、彼らが公国に属してくれると助かるのだが」

「そうだったのか……それならば私に任せてもらえないだろうか? 私に出来ることは少ないが、なんとか公国に属するように説得するつもりだ。説得に応じてくれれば、亡命は認めてくれるんだろ?」

「もちろんだ。公国に属する意思を示したものは受け入れるのが公国だ。だが、どうするつもりだ? 彼らは一応は王国の精鋭たちだ。王国への忠誠も高いだろう」

「ふむ。話を聞いてみなければ分からないが……おそらく大丈夫だと思う。彼らは王国でも身分の低い者たちの集まりだ。その者たちは軍で身を立てたり、武勲を上げ出世を狙う者たちだ。公国での身分と生活を保証してやれば意外と鞍替えをするかもしれない」

 それに対してグルドも同意するようなことを言ってきた。

「オレもルドさんの言うことは一理あると思うぞ。どれ、その説得にはオレも参加しよう。元王国軍というは説得には役に立つこともあるだろう。出来ることなら、二十万人が公国軍に属してくれるとありがたいな。彼らは精鋭だ。更に鍛えれば、かなり面白い軍隊になるだろう」

 さすがに二十万人が軍に編成されることについてはゴードンが難色を示していた。それはそうだろう。軍は組織そのものは生産的ではない。軍人が多ければ、それだけ国家の余剰の富が消えてしまうし、最悪維持ができなくなるのだ。それは流石にグルドも分かっている。

「今の冗談だ。いつの世も軍人っていうのは軍が強くなることばかり考えてしまうからな。精々、五万人程度しか増やせないことは承知しているぞ」

 それにもゴードンは首を降った。

「二万人が限界ですぞ。一時的に五万人を許容することが出来ますが、常時となると厳しいですな。残りは、農業か鉱山開発か。なんにしても軍だけに人を振ることは難しいですな」

「二万か……少ないな」

 グルドはそれ以上は言わなかった。その場は静寂に包まれた。お? これで話は終わりか? 僕がソファーから立ち上がろうとするとルドがすかさず止めに入ってきた。

「まだ話は終わってないぞ。というか、何も話は始まってないぞ」

 僕は意気消沈し、コーヒーをのみながら話に加わることにした。
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