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第390話 回復魔法のあり方

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 都では祭りが待っているという中でルドの屋敷で足止めを食らっている。内容が重要なのは分かっているつもりなんだが……。ルドが進行役のようにライルに質問する。

「公国軍の現状を教えてくれないか?」

「王国軍との……いや魔族との接触による怪我人がかなり多いな。治療を施しているが、問題が多すぎて回復が遅れているのが現状だ。出来れば、ロッシュ村長に回復魔法をお願いしたいところだ」

 やはり怪我人は相当数だったんだな。レントークのときは然程には感じなかったが、戦場ということで皆は痛痒感が鈍っていたのかも知れないな。出来る限り治療に協力するというと、ライルは素直に頭を下げてきた。

「情けない話だぜ。本当はロッシュ村長の魔法にはなるべく頼らないようにしたいんだが」

 そうなのか? 使えるものがあれば使う。それが素直な考え方だと思うが。

「回復魔法ってやつはたしかに凄い。皆が使えるようになったら、戦争なんてものは劇的に変わる可能性だってある。でもな、大怪我だって魔法で一発で治っちまうと勘違いするやつが出てくるんだ。そいつはシェラさんに治療をしてもらって戦線に復帰した口なんだが、回復できるからって無謀にも王国軍に突っ込んでいきやがったんだ。幸い大怪我程度で済んだが、どうも回復魔法ってやつは命を軽んずるやつを生む傾向があるんだ」

 ライルの顔は切実さを物語っていた。おそらく、そのような者が後を絶たなかったのだろう。僕やシェラからすれば回復魔法は簡単に使えるものだ。それを見ているが故に回復魔法を使われることへの抵抗がなくなり、怪我をすることへの抵抗も無くなっていくのかも知れないな。

「それでも戦場では兵士の回復が早いのは助かる。オレ達将軍ってのをやっていれば、その気持ちは人一倍強いだろう。でもな、体は回復しても精神までは回復しないんだ。今回の戦争でも精神がおかしくなっちまった奴が何人も出た。俺達は回復魔法ってやつをちゃんと考えて使わないといけないと思うぜ」

 ライルの言葉は重い。グルドも頷いている。

「確かにライルの言うことは正しいかもな。回復魔法をかけられてから戦線に復帰したやつは、戦後の気持ちの部分がなかなか元に戻らない気はするな。体は治っても、そんな状態のやつに兵士をさせておくことはできないんだ。うちの部隊からもかなりの人数を軍から外してしまった」

 そうだったのか。回復魔法は精神まで回復するものではない。それを完全を失念していたな。

「ただ一応言っておくが、回復魔法はありがたいんだぜ。ただ問題は兵を預かるオレ達の問題だ。オレ達はずっと王国との戦いで少ない兵で大軍を打ち破ってきた。その背後が回復魔法のおかげであることは間違いないんだ。でも、王国も兵をかなり失い、公国との戦力差は以前ほどではなくなってきている。オレは、怪我をすれば戦線に復帰できないという事を実践するべきときなのではないかと思うぜ。グルドさんもそう思うか?」

「ああ。回復魔法の便利さに常識が変わったと思っていたが、人が強くなっているわけではないからな。すり減った精神にも目を向けるべきだっただろう。是非、ライルの意見を軍に取り入れよう。回復魔法に頼らなくても勝てる軍隊を作ればいい話だ。そうなると、兵がもう少し必要だな。ゴードンさん……どうだ?」

「私もその話を聞いて、なるほどと思ってしまいました。軍人にも休養が必要というわけですな。分かりました。人員の増員をもう少し認めましょう。それで軍人の活力が戻るのであれば」

 ん? んん? この話って結局のところ、軍の人員増加を持っていくための話だった? まぁライル達は嘘を言っているわけでもないし、納得してしまったのだから別にいいんだが……。それよりも早く話を終わらせてくれるとありがたいんだが。

 それからは戦力分析というのが始まった。公国の現状は陸軍五万人、海軍一万五千人が所属しており、すぐに戦線に出られるのはその半分と言った状態らしい。一年程度をかけて全員復帰ということを計画しているらしいが、どうなるかわからないようだ。大砲などの新兵器も相当数が失われ、現在急ぎで大砲の製造をしているようだが、半年程度の時間が必要なようだ。

 また、レントークとサントークの状況だ。サントークは残念ながら評価するほどの兵力はない。ガモン隊の五千人はサントークの守備隊も含めた数字で、国を空にしないと実現しない数字なのだ。それゆえ、遠征となると兵数は少なくなるだろう。レントークは軍の再編が進められ、人数は八万人程度。地域の振興のために人数が若干少なくなってしまった。といっても、減ったのはほとんど兵としての素養がない者たちばかりだと言う。レントーク軍には公国からクロスボウが輸出されており、クロスボウ隊が徐々に増えているそうだ。

 一方王国軍は数としては五十万人と言われるが、実質的には十五万から二十万人程度と考えられている。今回の戦で精鋭の大多数を失ってしまったからだ。これは、王国軍は局地戦をやるだけの能力しかなくなってしまった事を意味する。ライルは言葉をまとめた。

「はっきり言えば、レントークと同時に王国に侵攻すれば勝てる見込みはかなり高いと思うぜ。ただ、オレ達が相手にしないといけないのは王国軍兵士だけじゃない。あの魔族もだ。おそらくあの魔族だけで精鋭二十万人、三十万人に相当する戦力だと考えている。次も出てくるとなれば、こちらも相当な準備をしなければならないぜ」

 やはりあの魔族、カミュと言ったか。彼女の存在が次の戦の趨勢を決めると言っても過言ではないようだな。なんとかこちらの味方……とまではいかなくとも召喚を阻止することが出来ればよいのだが。ルドはじっとこちらを見てきた。

「そういえば、その魔族は召喚と言っていたがどういうものなのだ?」

 ふむ。僕が言うよりミヤに聞いたほうが良いかも知れないな。僕はミヤを呼ぶことにした。すでにミヤは酒を浴びるほど飲んでいたのか、呼ばれて不機嫌極まりない表情だ。それでもカミュのためだというと、仕方ないという表情くらいには変わった……気がする。

「それで何が聞きたいの?」

「魔族の召喚についてだ」

「ああ。召喚するには一冊の本が必要なのよ。魔界では召喚される部署っていうのがあってね、その者たちは各人が本を作らされるのよ。それを使って、召喚をしてもらって対価を稼ぐの」

「つまり、その本がこちらの手もとに渡れば召喚を阻止できるということか?」

「そういうことね。現にバカが召喚してたじゃない」

 バカとは王弟の息子ミータスのことだ。一応は故人になってしまったのだから、名前で呼んだほうが良いような気もするが、魔族には関係のない考えか。

「なあ、ロッシュ。その本を手に入れる方法はないか?」

 そんな方法があれば、今頃やって……あっ、あるかも。そういえば、盗……拝借することが得意な組織があったな。

「その顔は心当たりがありそうだな。それをやってみないか? 公国はかつてないほど王国を追い詰めている。今叩かなければ、いずれ勢力を盛り返すだろう。その時間は然程ないと思うぞ」

 ふむ。僕は頷いた。とりあえず、やるだけやってもらおう。一旦部屋を出ることにした。そして、ハトリを呼び出した。すぐにやってきたハトリは涙ぐみながら僕に抱きついてきた。

「ようやく……ようやく呼んでくださいましたね。私のことを忘れているのではないかと思いましたよ」

 忘れていたわけではないねど、最近はハトリを通さなくても忍びの里から情報が入るようになったからな。ハトリを仲介する必要性が乏しくなっていたのだ。

「それだったら、もう隠れてないで堂々としていたらどうだ? ハトリも公国の一員で僕の部下なのだから」

 僕としてはいい考えだと思っているのだが、ハトリはきっぱりと断ってきた。

「それはできません。私の美学に反するので」

「それじゃあ、今までどおりだな。ハトリを呼び出す機会はこれが最期かも知れないな」

「ぐぐぐ……。分かりましたよ。ちょっとは人前に姿を現しますから。そんなことは言わないでください」

「分かった分かった。ところで話は聞いていたな? 出来そうか?」

「分かりません、としか言いようがありません。所在も分かりませんし、未だに発見したという報告もありません。おそらく王都のどこかにあるのでしょうが……もうちょっと深い部分まで探る必要がありそうですね」

 ハトリがいうには調査だけでもかなりの時間がかかるそうだ。そうなると公国の軍の立て直しが先か、僕達が召喚の書を奪い、レントークと共に王国打倒の軍を起こすのが先か、微妙な感じになってきたな。それでも希望があるだけマシかも知れないな。今すぐ、王国打倒の軍を起こしても魔族による返り討ちがあるかも知れないからな。

「ハトリ、この任務はこれからの公国の命運を分ける重要なものだ。脅しているわけではないが、念押しのつもりで言う。頼むぞ」

「ハッ!!」

 そう言うとハトリはどこへともなく消えていった。僕は再び部屋に戻ると、皆の注目が集まる。僕は頷くと、皆にはそれだけで伝わった。ミヤもどことなくホッとした様子だ。それでは話は終わりだな。

 そうもいかなかった。対魔族という答えが見えない話し合いに突入したのだ。ミヤも何故か面白そうに話に参加していた。それも魔族に寄った話し方でライルやグルドが提案する度に粉砕していった。ミヤがいる限り、この話し合いに終わりはないのではないだろうか。

 結局、解放されたのは日が暮れようとしていたときだった。おそらく祭りはすでに始まっていることだろう。聞こえない祭囃子が脳内で再生されていく。ゴードンも同じような気持ちなのだろうか。しきりに窓の外を覗き、時間帯を気にしているような表情を浮かべていた。

「長く拘束して申し訳なかったな。私としては王国打倒を一日も早く達成して、公国を真の平和な国家として君臨させたいのだ」

 それにはライルが感心したような声を上げた。

「ほお。ルドベックはそんなことを考えていたのか。なるほどな。たしかに俺のような亜人からしたら、公国はこれ以上ない国だ。しかし、ルドベックがそんなことを言うのは珍しいな。何かあったのか?」

 実は話を聞くと、マリーヌが妊娠したようなのだ。戦争をしている国に生まれてほしくないという親心らしい。なんとも微笑ましいことだが、危うさも同時に感じてしまう。気のせいだと良いが。ルドの屋敷を出ると、待機していた兵たちと共に都へ凱旋することにした。
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