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第384話 謀反人との謁見
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七家筆頭当主屋敷の謁見の間にて、サルーンが当主の椅子に座り、下座にレントーク王とクレイとサルーンの姉シスが共に並んで立っている。本来、レントークの正式な王に対してこのような扱いはあってはならないことだが、事情が事情故にこのような立ち位置になっている。サルーンはさながら審問官といったような感じだ。
レントーク王はクレイ達の父親だ。まだ四十歳を過ぎたばかりの男であるはずだが……見た目は白髪頭で顔には生気がない。まるで生涯を閉じようとしている老人のように感じる。杖を使いながらかろうじて歩いている様子で、シスの支えがなければ数歩と歩くことは難しそうだ。
この状態は、サルーンも予想外だったようで、父親の変わりように衝撃を受けていた。それでも王は審問される立場であるがゆえに、子として接することが許されないのだ。二人は、七家筆頭当主とレントーク王という独特な関係であり、その関係故に独特な雰囲気が漂っている。サルーンの横で座りながら、レントーク王をじっと見ていた。
サルーンはレントーク王に椅子を与えることにした。このまま立ち続けるのは難しく、話を聞くことも出来ないと判断したからだ。シスには与えられない。それに対して、シスは不満そうな顔を浮かべることはなかった。
ようやく会議が始まろうとしたときに、シスが急に僕を指差してきた。
「あの男は何者よ!! ここは人間が来ていい場所ではないわよ」
人間? ああ、僕のことか。なるほど、確かにこの場には人間という種族は僕だけになるか。しかし、別室には魔族だっているんだぞ。シスという女性を見つめ、どのような人物か探っているとサルーンが代わって答えてくれた。
「下衆の分際で何を言うか!このお方はイルス公国の主、ロッシュ公だ。今回は、お前たち王家が引き起こした騒動を鎮めるのに大変なご苦労を負わせてしまった。シス。お前は王の付き人であるからこの場にいることを許されている。本来ならばキツイ取り調べを受ける身。身の程を知れ!!」
サルーンがこのように語気を荒くする場面を見たのは初めてだった。これがサルーンの本来の姿なのか。
「さて、王よ。我らは王が招き入れた王国を返り討ちにした。我らに言うことはあるか?」
「お前たちは反逆だ。処刑になるべきだ」
「ほお。王国に降伏したのは正しい判断だったと思っているという事か?」
「ああ、そうだ。その通りだ。私は常に正しいのだ」
「なるほど。私が考える王とは民の生活を一番に考え、生命を守ってやるのが役目と心得るが、王はどう思う?」
「知るか。民など。私が一番大切なのは、王家だけだ」
「どうやら貴殿が王である以上、レントークは発展もしないし、民の幸せは永久に来ないだろう。王よ!! あなたには、退位を望む。今ならば、それなりの待遇でそなたの地位を約束しよう。考える気はあるか?」
「私は王だ。お前が何者でも、それは揺るがない」
どうもさっきから様子がおかしい。生気がなく、サルーンの話を理解しているかどうかもわからない。一応は話が通じているように見えるが気持ち悪い。サルーンに耳打ちをして、「シスにも聞いたほうが良い」と告げると、頷き返してきた。
「シスよ。お前は常に王の側にいたな? 王の意思で降伏を選択したのか?」
「当たり前でしょ? いえ、当たり前かと。降伏の署名は行いうる行為ですから。私もその時、王国の使者と王が対面しているのを見ていましたから」
「王国の使者と王か……ところで、シスの私室を調べさせてもらったが……王国との間で取り交わした密書がいくつか見つかっているが? これはどう説明する?」
「そ、そんなの知りません!! 私には何のことか分かりません」
「知らないというのか。そうか。そうなると、この密書はシスではない誰かが取り交わしたということか。そういうことでいいのか?」
「その通りよ。私でない誰かよ!!」
「そうか。しかし、密書が見つかった以上、王が何者に誑かされ、降伏に署名した可能性があると思うが、どうだ?」
「そんなこと知らないですよ」
「そうか。ところで、王は体調が悪いのか? 一年前にあった時は、大変元気だったと記憶しているが、今は明らかに顔色が優れないようだ。シスが王の側に付いたのは一年位前からか?」
「私を疑っているんですか? 知らないですよ。疲れているんじゃないですか?」
「どうやら王は医者にもかかっていなかったようだな。話ではシスが断っていたとか。何か理由があるのか?」
む? なんだか面白くなってきたぞ。シスが少しずつ追い込まれていくような感じがした。
「そ、それは……そう!! 王に必要なのは静養なのです。そ、それに医者にかかれば、レントークの民に無用な心配をさせてしまうから。だから、断ったのよ」
ちょっと厳しい言い訳だな。サルーンは何か確信的な事を掴んでいるのではないだろうか? それを言わないのはシスを追い詰めるためか?
「なるほど。王の体調不良はそれほどのものだったか。静養が必要となれば、七家に一言相談があっても良かったと思うが。我らは王家の補佐も王の要請があれば出来るはず。なにゆえ、相談がなかったのだ?」
「それは……王が、王が求めなかったからですわ!! 私の独断で決めることなんて出来ないことを知っているではないですか」
「王が求めなかったということだな? それは真だな?」
「え、ええ」
「王よ。七家への打診を断ったのは事実か? その理由が知りたいのだが」
「知らんな。私は王だ。何人も私の邪魔はさせんぞ」
王の言っていることが分からなくなったぞ。
「王は知らないようだが? シスは嘘を付いているのではないか?」
「し、知らないですよ。王は今は体調が優れないから、わからないだけではないですか?」
どうもさっきから平行線だ。話が進んでほしいものだ。するとサルーンが一つのツボを取り出した。
「シスよ、このツボに見覚えはないか?」
「え? なんでそれが……いいえ、知りません」
「そうか。これもシスの私室から出てきたが、密書同様、知らないというのだな? 自分の知らないものばかりがある部屋によく居られたと思うが。これはな、神経毒のようだぞ。これを服用すると徐々に体が蝕まれ、まさに王のような姿になるようだ」
「そ、そう。それは怖いわね」
「シスが王に与えていたのではないのか? 料理番の報告では、王への配膳は必ずシスがしていたらしいな。それで一騒動もあったみたいだが。なにゆえ、それほどまでに王の配膳にこだわるのだ?」
「違います!! 私は王の身の回りの世話をするために王家に入っているんですから。それが私の仕事だと心得ております」
「しかし、シスの部屋から神経毒が出てきて、食事にそれを混ぜることができる唯一の立場にいることは明らかだ。何か申し開きはあるか?」
「横暴よ。私は薬のことなんて知らないし、毒も盛ってないわ。それに王の体調不良は毒のせいだっていい切れませんわ」
どうやらサルーンの出せる情報は終わってしまったようだ。毒と配膳はなかなか面白かったな。シスもなんとか逃げ切ったな。サルーンに声を掛けた。
「サルーン。どうであろう? 王に聞いてみては? 王ならば見ていたかも知れぬぞ」
「しかし、義兄上。王の返事がおかしいのは、さっきから見ていたではないですか」
王におもむろに近寄り、シスに顔を向けた。かなり睨まれているが、なにかしたか? 王は僕が目の前にいても焦点が全く合っていない。こんな状態でよくサルーンの質問に答えていたものだ。一つ聞いてみた。
「王よ。サツマイモは好きか?」
「知らんな。私は王だ」
何を言っているんだか。どうやら、王は洗脳されている様子だな。どんな質問にも同じような答えをするようになっている。よくできたものだ。王の頭に手をかざし、浄化魔法を使った。王を淡い光が包みだし、なにやら変な物体が外に出てきて、床のカーペットに黒いシミを作っていった。更に回復魔法を使うと、王の瞳の焦点が合ってきた。
「王よ。私が見えるか?」
「おお、なんだか長い夢を見ていたようだ。私は一体」
王の姿はさっきと打って変わって、年相応の姿になり、クレイの面影を感じる優しそうな王の顔があった。王に説明をすると、王は頭を抱えた。
「私は悪夢を見ていたと思っていたが……夢では……なかったのか」
そう言うや否や、立ち上がり、頭を下げてきた。
「公国のロッシュ公。この度はレントークをお救いして頂き、感謝の言いようもありません。どうやら、私はシスに……誑かされていたようです。知らず知らずのうちに毒を盛られ、王国の降伏の書類に署名をしてしまったようだ。このような失態は……サルーン!! いや、七家筆頭当主よ。私を処刑するがいい」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私は関係ないわよ。変なこと言わないでよ」
「シスよ。すまなかったな。私が不甲斐ないばかりに、お前に要らぬことをさせてしまったようだ。だが、お前の行為によって国民の多くが犠牲になったのだ。その責任は取らなければならない。お前が正直に語らなくても、いずれ真実が暴かれるだろう。夢の中で仲良さげにしていた、王国の者に聞ければな。フォレイン侯爵といったか?」
フォレイン侯爵? まさかこの一件にも深く関わっているとは。公国とレントーク王国を一人で翻弄するとは、大した人物だな。シスは観念したようにうなだれてしまった。フォレインの名前が出ては逃げられないと思ったのだろうか?
そういえば、サルーンはさっきから一言も発していないな。
「義兄上。王に何をしたんですか?」
そっちか。王の言葉は無視ですか?
「浄化魔法というやつだ。毒を除去することが出来るんだ。そして、毒によるダメージを回復魔法で治療したんだ」
「凄いですね。それが出来るとわかっていれば、こんな問答なんて要らなかったのに」
ん? サルーンが面白がってやっていると思っていたが、違ったようだな。それよりも王が孤立しているぞ。早くかまってやったほうがいいんじゃないか? サルーンは王に目を向けた。
「王よ。ひとまず、体が元に戻ったことは喜ばしい限りだ。私は……王の処刑は考えていない。禅譲さえしてくれれば良いと思っている」
「それでは示しがつかぬ。私が王国にレントークを売ったのは事実だ。その責任を……」
「良いではないですか。これは作戦だったのです。王国をおびき寄せ、完膚なきまでに叩く。それが見事、公国と協力して成し遂げた。国王はむしろ偉業を成し遂げたのです」
「それはちと無理があるのではないのか? 私もそこまで馬鹿ではないぞ」
「良いのです!! 私はもう少し王と……いえ、父上と話をすればよかったと思っております。王家と七家という壁が今回のような悲劇を生んだのです。私が王となれば、その壁をなくすつもりです。そして、父上には私を補佐してほしいのです」
「ふむ。サルーン。私の息子よ。立派になったな。私もお前ともう少し話をしていれば、違った今があったかも知れないな。しかしな、私が生きてレントークにいることは、おまえにとって決して良いとは思えない。やはり処刑をしてくれ。それが……王として、父として、お前に残せる唯一のことなのだ」
「父上……」
二人の気持ちがぶつかり合い、なんとも悲しい結末になりそうになっていた。この場にいる意味をようやく見つけることが出来た気がした。
「王よ。どうであろう。公国に来ないか? こうやって頼りになる息子が後を継いでくれるのだ。安心できるであろう」
その提案に王は難色を示そうとしたが、サルーンは手を叩いた。
「それがいいでしょう。父上にはレントークの特使として公国に赴いてもらいましょう。公国との外交全般を担ってもらうことにしようと思いますが。どうでしょう父上」
「しかしな……」
その時、扉が開けられクレイが現れた。クレイは父親の顔を見ると胸に飛び込んでいった。
「父上、お久しぶりにございます」
「クレイ……本当に済まなかった。お前には辛い思いばかりさせてしまった。しかし、なぜお前がここに?」
クレイがここにいる理由を説明すると、王の表情はみるみる怒りに変わり、虎が相手を威嚇する目つきで僕を睨みつけてきた。娘を嬲った男と映ったのか?
「ロッシュ公は……クレイを大切にしてくれているのか?」
「もちろんですよ。父上。私のために公国軍を動かし、レントークを救ってくれたのですから」
「何⁉ それほどの想い……ロッシュ公、私はこれほど感動したことはないぞ。娘を……クレイをこれからもよろしく頼む」
おお、随分とあっさりと認めてくれたものだな。さっきのあの鋭い眼光は何だったのだ。
「よし!! 決めたぞ。私は公国に行く。ロッシュ公。私はそなたに数え切れないほどの恩が出来たようだ。是非とも、返させてくれ。そうでなければ、死んでも死にきれぬわ」
「これにて一件落着ですね」
そういってサルーンが幕を下ろそうとした。しかし、一人だけ忘れられた存在がいた。シスだ。サルーンは汚物でも見るような視線をシスに向けた。
「お前には掛ける言葉もない。あろうことか王に毒を盛り、王国と通じるとは言語道断。お前には然るべき取り調べをした後、死罪とする。この件については恩赦はないと心得よ」
この決断について、王は何も言うことはなかった。情状酌量の余地がなさすぎたのだ。これからの熾烈な取り調べによって事実が明らかになることだろう。シスが巻き起こしたレントークの悲劇はなんとか回避できたが、それでも受けた被害は甚大なものとなってしまった。
レントーク王はクレイ達の父親だ。まだ四十歳を過ぎたばかりの男であるはずだが……見た目は白髪頭で顔には生気がない。まるで生涯を閉じようとしている老人のように感じる。杖を使いながらかろうじて歩いている様子で、シスの支えがなければ数歩と歩くことは難しそうだ。
この状態は、サルーンも予想外だったようで、父親の変わりように衝撃を受けていた。それでも王は審問される立場であるがゆえに、子として接することが許されないのだ。二人は、七家筆頭当主とレントーク王という独特な関係であり、その関係故に独特な雰囲気が漂っている。サルーンの横で座りながら、レントーク王をじっと見ていた。
サルーンはレントーク王に椅子を与えることにした。このまま立ち続けるのは難しく、話を聞くことも出来ないと判断したからだ。シスには与えられない。それに対して、シスは不満そうな顔を浮かべることはなかった。
ようやく会議が始まろうとしたときに、シスが急に僕を指差してきた。
「あの男は何者よ!! ここは人間が来ていい場所ではないわよ」
人間? ああ、僕のことか。なるほど、確かにこの場には人間という種族は僕だけになるか。しかし、別室には魔族だっているんだぞ。シスという女性を見つめ、どのような人物か探っているとサルーンが代わって答えてくれた。
「下衆の分際で何を言うか!このお方はイルス公国の主、ロッシュ公だ。今回は、お前たち王家が引き起こした騒動を鎮めるのに大変なご苦労を負わせてしまった。シス。お前は王の付き人であるからこの場にいることを許されている。本来ならばキツイ取り調べを受ける身。身の程を知れ!!」
サルーンがこのように語気を荒くする場面を見たのは初めてだった。これがサルーンの本来の姿なのか。
「さて、王よ。我らは王が招き入れた王国を返り討ちにした。我らに言うことはあるか?」
「お前たちは反逆だ。処刑になるべきだ」
「ほお。王国に降伏したのは正しい判断だったと思っているという事か?」
「ああ、そうだ。その通りだ。私は常に正しいのだ」
「なるほど。私が考える王とは民の生活を一番に考え、生命を守ってやるのが役目と心得るが、王はどう思う?」
「知るか。民など。私が一番大切なのは、王家だけだ」
「どうやら貴殿が王である以上、レントークは発展もしないし、民の幸せは永久に来ないだろう。王よ!! あなたには、退位を望む。今ならば、それなりの待遇でそなたの地位を約束しよう。考える気はあるか?」
「私は王だ。お前が何者でも、それは揺るがない」
どうもさっきから様子がおかしい。生気がなく、サルーンの話を理解しているかどうかもわからない。一応は話が通じているように見えるが気持ち悪い。サルーンに耳打ちをして、「シスにも聞いたほうが良い」と告げると、頷き返してきた。
「シスよ。お前は常に王の側にいたな? 王の意思で降伏を選択したのか?」
「当たり前でしょ? いえ、当たり前かと。降伏の署名は行いうる行為ですから。私もその時、王国の使者と王が対面しているのを見ていましたから」
「王国の使者と王か……ところで、シスの私室を調べさせてもらったが……王国との間で取り交わした密書がいくつか見つかっているが? これはどう説明する?」
「そ、そんなの知りません!! 私には何のことか分かりません」
「知らないというのか。そうか。そうなると、この密書はシスではない誰かが取り交わしたということか。そういうことでいいのか?」
「その通りよ。私でない誰かよ!!」
「そうか。しかし、密書が見つかった以上、王が何者に誑かされ、降伏に署名した可能性があると思うが、どうだ?」
「そんなこと知らないですよ」
「そうか。ところで、王は体調が悪いのか? 一年前にあった時は、大変元気だったと記憶しているが、今は明らかに顔色が優れないようだ。シスが王の側に付いたのは一年位前からか?」
「私を疑っているんですか? 知らないですよ。疲れているんじゃないですか?」
「どうやら王は医者にもかかっていなかったようだな。話ではシスが断っていたとか。何か理由があるのか?」
む? なんだか面白くなってきたぞ。シスが少しずつ追い込まれていくような感じがした。
「そ、それは……そう!! 王に必要なのは静養なのです。そ、それに医者にかかれば、レントークの民に無用な心配をさせてしまうから。だから、断ったのよ」
ちょっと厳しい言い訳だな。サルーンは何か確信的な事を掴んでいるのではないだろうか? それを言わないのはシスを追い詰めるためか?
「なるほど。王の体調不良はそれほどのものだったか。静養が必要となれば、七家に一言相談があっても良かったと思うが。我らは王家の補佐も王の要請があれば出来るはず。なにゆえ、相談がなかったのだ?」
「それは……王が、王が求めなかったからですわ!! 私の独断で決めることなんて出来ないことを知っているではないですか」
「王が求めなかったということだな? それは真だな?」
「え、ええ」
「王よ。七家への打診を断ったのは事実か? その理由が知りたいのだが」
「知らんな。私は王だ。何人も私の邪魔はさせんぞ」
王の言っていることが分からなくなったぞ。
「王は知らないようだが? シスは嘘を付いているのではないか?」
「し、知らないですよ。王は今は体調が優れないから、わからないだけではないですか?」
どうもさっきから平行線だ。話が進んでほしいものだ。するとサルーンが一つのツボを取り出した。
「シスよ、このツボに見覚えはないか?」
「え? なんでそれが……いいえ、知りません」
「そうか。これもシスの私室から出てきたが、密書同様、知らないというのだな? 自分の知らないものばかりがある部屋によく居られたと思うが。これはな、神経毒のようだぞ。これを服用すると徐々に体が蝕まれ、まさに王のような姿になるようだ」
「そ、そう。それは怖いわね」
「シスが王に与えていたのではないのか? 料理番の報告では、王への配膳は必ずシスがしていたらしいな。それで一騒動もあったみたいだが。なにゆえ、それほどまでに王の配膳にこだわるのだ?」
「違います!! 私は王の身の回りの世話をするために王家に入っているんですから。それが私の仕事だと心得ております」
「しかし、シスの部屋から神経毒が出てきて、食事にそれを混ぜることができる唯一の立場にいることは明らかだ。何か申し開きはあるか?」
「横暴よ。私は薬のことなんて知らないし、毒も盛ってないわ。それに王の体調不良は毒のせいだっていい切れませんわ」
どうやらサルーンの出せる情報は終わってしまったようだ。毒と配膳はなかなか面白かったな。シスもなんとか逃げ切ったな。サルーンに声を掛けた。
「サルーン。どうであろう? 王に聞いてみては? 王ならば見ていたかも知れぬぞ」
「しかし、義兄上。王の返事がおかしいのは、さっきから見ていたではないですか」
王におもむろに近寄り、シスに顔を向けた。かなり睨まれているが、なにかしたか? 王は僕が目の前にいても焦点が全く合っていない。こんな状態でよくサルーンの質問に答えていたものだ。一つ聞いてみた。
「王よ。サツマイモは好きか?」
「知らんな。私は王だ」
何を言っているんだか。どうやら、王は洗脳されている様子だな。どんな質問にも同じような答えをするようになっている。よくできたものだ。王の頭に手をかざし、浄化魔法を使った。王を淡い光が包みだし、なにやら変な物体が外に出てきて、床のカーペットに黒いシミを作っていった。更に回復魔法を使うと、王の瞳の焦点が合ってきた。
「王よ。私が見えるか?」
「おお、なんだか長い夢を見ていたようだ。私は一体」
王の姿はさっきと打って変わって、年相応の姿になり、クレイの面影を感じる優しそうな王の顔があった。王に説明をすると、王は頭を抱えた。
「私は悪夢を見ていたと思っていたが……夢では……なかったのか」
そう言うや否や、立ち上がり、頭を下げてきた。
「公国のロッシュ公。この度はレントークをお救いして頂き、感謝の言いようもありません。どうやら、私はシスに……誑かされていたようです。知らず知らずのうちに毒を盛られ、王国の降伏の書類に署名をしてしまったようだ。このような失態は……サルーン!! いや、七家筆頭当主よ。私を処刑するがいい」
「ちょ、ちょっと待ってよ。私は関係ないわよ。変なこと言わないでよ」
「シスよ。すまなかったな。私が不甲斐ないばかりに、お前に要らぬことをさせてしまったようだ。だが、お前の行為によって国民の多くが犠牲になったのだ。その責任は取らなければならない。お前が正直に語らなくても、いずれ真実が暴かれるだろう。夢の中で仲良さげにしていた、王国の者に聞ければな。フォレイン侯爵といったか?」
フォレイン侯爵? まさかこの一件にも深く関わっているとは。公国とレントーク王国を一人で翻弄するとは、大した人物だな。シスは観念したようにうなだれてしまった。フォレインの名前が出ては逃げられないと思ったのだろうか?
そういえば、サルーンはさっきから一言も発していないな。
「義兄上。王に何をしたんですか?」
そっちか。王の言葉は無視ですか?
「浄化魔法というやつだ。毒を除去することが出来るんだ。そして、毒によるダメージを回復魔法で治療したんだ」
「凄いですね。それが出来るとわかっていれば、こんな問答なんて要らなかったのに」
ん? サルーンが面白がってやっていると思っていたが、違ったようだな。それよりも王が孤立しているぞ。早くかまってやったほうがいいんじゃないか? サルーンは王に目を向けた。
「王よ。ひとまず、体が元に戻ったことは喜ばしい限りだ。私は……王の処刑は考えていない。禅譲さえしてくれれば良いと思っている」
「それでは示しがつかぬ。私が王国にレントークを売ったのは事実だ。その責任を……」
「良いではないですか。これは作戦だったのです。王国をおびき寄せ、完膚なきまでに叩く。それが見事、公国と協力して成し遂げた。国王はむしろ偉業を成し遂げたのです」
「それはちと無理があるのではないのか? 私もそこまで馬鹿ではないぞ」
「良いのです!! 私はもう少し王と……いえ、父上と話をすればよかったと思っております。王家と七家という壁が今回のような悲劇を生んだのです。私が王となれば、その壁をなくすつもりです。そして、父上には私を補佐してほしいのです」
「ふむ。サルーン。私の息子よ。立派になったな。私もお前ともう少し話をしていれば、違った今があったかも知れないな。しかしな、私が生きてレントークにいることは、おまえにとって決して良いとは思えない。やはり処刑をしてくれ。それが……王として、父として、お前に残せる唯一のことなのだ」
「父上……」
二人の気持ちがぶつかり合い、なんとも悲しい結末になりそうになっていた。この場にいる意味をようやく見つけることが出来た気がした。
「王よ。どうであろう。公国に来ないか? こうやって頼りになる息子が後を継いでくれるのだ。安心できるであろう」
その提案に王は難色を示そうとしたが、サルーンは手を叩いた。
「それがいいでしょう。父上にはレントークの特使として公国に赴いてもらいましょう。公国との外交全般を担ってもらうことにしようと思いますが。どうでしょう父上」
「しかしな……」
その時、扉が開けられクレイが現れた。クレイは父親の顔を見ると胸に飛び込んでいった。
「父上、お久しぶりにございます」
「クレイ……本当に済まなかった。お前には辛い思いばかりさせてしまった。しかし、なぜお前がここに?」
クレイがここにいる理由を説明すると、王の表情はみるみる怒りに変わり、虎が相手を威嚇する目つきで僕を睨みつけてきた。娘を嬲った男と映ったのか?
「ロッシュ公は……クレイを大切にしてくれているのか?」
「もちろんですよ。父上。私のために公国軍を動かし、レントークを救ってくれたのですから」
「何⁉ それほどの想い……ロッシュ公、私はこれほど感動したことはないぞ。娘を……クレイをこれからもよろしく頼む」
おお、随分とあっさりと認めてくれたものだな。さっきのあの鋭い眼光は何だったのだ。
「よし!! 決めたぞ。私は公国に行く。ロッシュ公。私はそなたに数え切れないほどの恩が出来たようだ。是非とも、返させてくれ。そうでなければ、死んでも死にきれぬわ」
「これにて一件落着ですね」
そういってサルーンが幕を下ろそうとした。しかし、一人だけ忘れられた存在がいた。シスだ。サルーンは汚物でも見るような視線をシスに向けた。
「お前には掛ける言葉もない。あろうことか王に毒を盛り、王国と通じるとは言語道断。お前には然るべき取り調べをした後、死罪とする。この件については恩赦はないと心得よ」
この決断について、王は何も言うことはなかった。情状酌量の余地がなさすぎたのだ。これからの熾烈な取り調べによって事実が明らかになることだろう。シスが巻き起こしたレントークの悲劇はなんとか回避できたが、それでも受けた被害は甚大なものとなってしまった。
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