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第234話 視察の旅 その38 黒装束

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 僕達は未だに坑道の中に作られた拠点で無為な時間を過ごしていた。ガムドは、なかなか戻らない斥候を探すための捜索隊を結成し、斥候が通ったであろう道をくまなく探すように指示がした。それから、一体どれくらいの時間が経っただろうか。すると、捜索隊の一人が命からがらと言った様子で拠点に転がり込んできた。一瞬、騒然とした様子になった。ガムドがその者に駆け寄り、事情を聞いていた。

 僕も側にいたのだが、相当疲れがひどいのか、声が小さいため聞き取ることが難しい。しかし、時折震えているような気がした。ガムドはコクコクと頷きながら、その者の話を聞いている。聞き終えたのか、ガムドは他の兵を呼び、その者を休ませるように指示をした。ガムドは難しいそうな顔をしながら、僕の方に振り向いた。

 「ロッシュ公。大変なことになってしまいました。先程の者の話を聞く限りでは、斥候と捜索隊の殆どが何者かに捕まったようです。あの者はかろうじて逃げ出すことが出来たようですが、あまりの唐突な出来事で敵の情報が全くわからないとか。おそらくですが、あの者は逃されただけかも知れませんな。我らに警告するために」

 まさか、信じられない。こんな山奥に兵たちを容易に拘束できるだけの戦力があるというのか。敵も分からず、相手の脅威だけだが見えてしまっているのか。どうしたものか。

 「ガムド。まず、方針を決めたい。僕は斥候と捜索隊の者たちを救助に行きたいと考えている。もし、先程の者が警告としてこちらに戻ってきているとすれば、皆が生きている可能性が高いと思う。どうだろうか」

 「その可能性は高いかも知れませんな。警告をしてきたということは、こちらとの争いをこれ以上望んではいないと捉えることが出来ます。そうであれば、殺してしまってこちらの恨みを買うことはしないでしょう。しかし、我らも捜索隊と同じ道筋を使えば、二の舞いになる恐れがあります。眼下の集落まで掘り下げて進むことは出来ないでしょうか。そうすれば、敵の意表を突けるかもしれません」

 なるほどな。ガムドの作戦でやってみるか。とはいえ、相手の意表をついたところで、向こうがこちらの戦力を凌駕しているのであれば意味がないだろう。なにか、策を打っておかなければな。ここは坑道だ。最悪、逃げ込めれば、相手を巻くことくらいはできるだろう。どうするか。

 僕とシラーはガムドの提案どおり、階段状の道を作り、眼下の里があった場所まで降って行った。あとはここに横穴を開ければ、里の目の前に出られるはずだ。僕はガムドに静かに合図をしてから、横穴を開けた。新鮮な空気が坑道に入り込み、光が差し込んできた。まずはガムド達が警戒しながら、外に飛び出していった。

 ガムド達は坑道から徐々に離れていき、辺りに敵の影がないことを確認してから僕の方に合図を送ってきた。大丈夫という合図だ。僕はシラーと共に外に出た。眼前に広がるのは森だ。深い森とは言い難く、木々の隙間から里の集落が見えている。僕達は、周囲を伺いながらガムドに近寄っていった。

 「ロッシュ公。どうやら、敵の意表を突くことには成功したようです。まさか、里近くに我らが現われるとは思ってもいないでしょう。まずは我らのみで里を偵察に行きたいと思います。ロッシュ公は安全な場所を確保して、我らの帰りを待っていて頂けると有り難いのですが」

 ふむ。ガムドの言っている方法が今取りうる手段としては最適だろう。ここは敵の腹の中のようなもんだ。僕達がその中を動き回っても、敵の思う壺になりかねない。それよりも敵の本陣を直接、進んだほうが無難と言えるだろう。ガムドは僕達の安全を一番に考えているようだが……。僕は、ガムドの提案に賛成した。そのうえで、ガムドには攻撃をされない限り、里のものに危害は加えないことと交渉が出来るのであれば交渉の場を作ることを命令して里に向かわせた。

 さて、僕達はどうしたものか。ここには、僕とシラー、それに自警団が同行してくれている。この人数で坑道に戻って待機しているのもなぁ。とりあえず、敵が襲来してもいいように、この辺りに落とし穴でも作っておくか。敵の規模がわからない以上は、たっぷりと奥行きを持たせて……おお、なんだか面白くなってきたな。退屈なのも相まってか、予定よりも多くの落とし穴を作った。もちろん、穴がないように偽装済みだ。土を極限まで圧縮した板を用意して、それを穴を塞ぐように設置するだけ。落ち葉を乗せれば完成。どうみても、森の地面にしか見えないぞ。

 一応、地元の人間が落ちても可愛そうだから、小さな立て看板を建てておこう。「落とし穴注意」。これで大丈夫だろう。さて、敵はやってくるのだろうか。しばらく経つと、シラーが遠くを見つめだした。どうやら、僕達の存在に気づいた敵が到来したようだ。森の奥の方から人影が見え始めてきた。

 僕は驚いてしまった。なんと、その者たちは、木の上を跳んで移動しているではないか。しかも、真っ黒な装束に身を纏い、僕の認識ではまさに……。そんなことを考えている場合ではない。せっかく作った落とし穴が無駄になってしまったではないか。黒装束の集団はこちらに向かって、速い速度で距離を詰めてくる。どうしたものか。

 するとシラーが、落としたらどうですか? と言ってきた。僕は何のことか全く分からなかったが、ふと頭に閃いた。それもそうだな。僕は風魔法を使い、黒装束達が足場にしていた木を伐り倒し始めた。それでも黒装束達は慌てる様子もなく、倒れる木々を蹴りながら止まろうとはしなかった。それでも、僕達の目の前には木々が存在しないのだ。

 黒装束達は僕達に襲いかかろうと、最後の一蹴りで大きな跳躍をして、僕達の眼前に迫る勢いだった。このままでは落とし穴を飛び越えてこちらにやってきてしまうだろう。そうならないために、僕は風魔法を使い、高い風圧の風を黒装束の者たちにぶつけた。急に吹いた風に体制を崩しながらも地面に華麗に着地をした。その身のこなし、素晴らしいな。だが、その瞬間、黒装束達は眼前から姿を消した。

 なんだか、戦いというものに泥を塗ったような感覚に襲われてしまったが、考えないようにしよう。落とし穴も立派な戦術なのだ。こちらの被害を最小限、いや皆無とし、相手の戦力を無力化する。なんと素晴らしい作戦なんだ。しかも、ここの土地は荒廃しているため、砂地みたいな感触だ。きっと、黒装束達はこの砂に足を取られて満足に飛び上がることも出来ないだろうな。

 僕達は、落とし穴を回避しながら黒装束達が落ちた穴を覗きに行った。黒装束達は全部で50名ほどだった。思ったよりも大所帯なことに驚いてしまった。僕達が見ていた人数だけでは十人程度にしか見えなかったが。一体、どういう仕組みだったんだ? 考えても分からないな。足を取られている黒装束達に僕は声をかけた。

 「まずは、このような所業に済まないと言っておこう。さて、僕達が送った斥候と捜索隊について知っていることがあったら教えてもらいたいのだが?」

 僕がそう言っても相手はまったく答える様子がなかった。しばらく、沈黙が流れた。やはり話さないか。それならば……。

 「言っておくが、里に僕達の正規兵を送った。この意味が分かるか? 正直に話したほうが皆が幸せになると思うが」

 僕がそう言うと、さすがに黒装束達に動揺が走ったようだ。互いに顔を見合い、何やら相談している様子だ。そんな中、激昂している者がこちらに怒りをぶつけてきた。

 「この卑怯者が。いいか、里の者に手を出してみろ!! お前たちを必ず八つ裂きにしてやる」

 随分と威勢のいい若者のようだ。たしかに、今の会話では僕は完全に悪者だ。だが、こちらは人質が取られているのだ。こちらが優位であることを思わせ続けなければならない。

 「そんなことを言ってもいいのか。それよりも早く僕達の仲間のことを教えてくれ。それと攻撃を仕掛けてきたのはお前たちか?」

 すると、先程喚いていた若者が、斥候と捜索隊の者達の居所を白状した。どうやら、殺さずに少し離れたところに縛られて放置されているらしい。しかも、この周囲には攻撃を仕掛けてくるものはいないと言う。若者のことは分からないが、嘘は付いていないだろうと思う。僕は自警団の数人にその場所に急行してもらい、救出に行ってもらうことにした。

 さて、これからどうしたものか。とりあえず、縛っておくかな? そんなことを考えていると、ガムド達がこちらにやってきた。一人の老人を連れて。老人は、黒装束達に向かってだろうか、何やら喚いているように聞こえる。その声を聞いて、若者が何やら震えだした。僕が老人のことを聞き出すと、里の長老だと言う。ガムドは長老を連れ出すことに成功したのか。

 僕は、ガムドと老人がこちらに向かってくるのが見えたので、待つことにした。そういえば、その辺に落とし穴を作っていたような……僕が注意しようと思ったが遅かった。老人は僕の前から姿を消した。ガムドも老人が消えたことに唖然とした様子で突っ立ていた。なんとか、救出してから再び僕の近くにやってきて、穴を覗き込んでいた。

 「こんな惨めな負け方があるか。油断しているからこうなるんじゃ。すまぬが、この者たちを出してはくれんか? ロッシュ殿」

 僕はなんとなく、この老人の言葉に安心感があり、素直に応じることにした。
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