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王都編

121 工房の職人

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 職人頭から名指しされた職人……いや、職人見習いの新人だった。

 名前はテッド。

 王都出身ということもあって、垢抜けた印象を受けるが、それ以外は至って平凡な感じだ。

 この者に職人頭でも投げてしまった仕事が出来るとは到底思えない。

「すまないな。変なことに巻き込んでしまって……」

 一応、名指しをされ、責任者の女性にも承認されてしまったので、僕達の担当の職人ということにはなってしまったが……。

「いえいえ。私なんかが専属になるだなんて……信じられなくて……」

 まだ、テッドは状況を飲み込めていないので、何を作らされるのかも知らされていない。

 それを知れば、職人頭のように首を横に振るだろうな。

「それで私は何を作れば良いのでしょうか?」

 半ば……いや、完全に諦めの気持ちで指輪を見せた。

「これを作って欲しいだ。知っての通り……」

「ええ。分かります……」

 さすがは王宮お抱えの鍛冶師であることはある。

 新人と言えども、見る目は良さそうだ。

「しかし……これほどのものを私に作れるのでしょうか?」

 それを聞きたいのはこっちの方なんだけどな。

「少なくとも職人頭は出来ないと言っていたぞ」

「そう、ですか……あの……出来るかどうか分かりませんが、やってみてもいいでしょうか? 私はこう見えても『錬金術』のスキルを持っているので……」

 それは驚きだ。

 しかし、確か職人頭も同じ。

 つまり、エリートのような存在なはずだ。

 どうして、こんなに待遇が悪いんだ?

 まぁ、今はどうでも良い話か。

「皆に断られていたところだから、挑戦してくれるだけでも僕達は有り難いよ。だけど、こういった事を頼むのは初めてだから分からないんだけど。どの程度の時間がかかるものなんだ?」

「そうですね……熟練した職人で、やりなれた仕事ということであれば一時間程度ですが、初めての仕事で、難易度が高いものとなれば数日……いや、数カ月必要になるかも知れません」

 数日から数カ月……かなりの幅があるが、すぐに出来るというものではないらしいな。

「ちなみに、この指輪は何が難しいんだ?」

「調整が極めて難しいという話は聞いたことがありますが……もっとも困難なことはレシピがないということですね。この指輪に使われている魔法は、古代の魔法に通ずるものですから、それを理解するための資料が非常に乏しいという現状があるんです」

 ほお。それは面白い話だな。

「理解するための資料というのは、文献みたいなものか?」

「いえいえ。使い手がいないということです。実は魔道具を一番簡単に作る方法があるんですよ。それは使い手の魔法を直接、金属に流し込むという方法です」

 ん?

 ミーチャと目を合わす。

 それって……つまり?

「魔法の使い手が見つかれば、簡単にこの指輪を作ることが出来るってこと?」

「はい」

 なんだろう……ものすごく簡単に解決する方法が見つかってしまった。

 いや、闇魔法使いがいる事自体がありえないのだから、偶然に過ぎないか。

「実はミーチャは闇魔法使いなんだ。変身の魔法も当然に使える。どうだろう?」

「冗談はやめて……えっ!? 本当なんですか? だったら、簡単に出来るはずです!! いえ、多分出来るはずです」

 なんだろう。若干、言葉が弱くなっていないか?

「大丈夫なのか?」

「え? ええ。ただ、頭では分かっているつもりなのですが、実際にはやったことがないので……いや、そもそも『錬金術』スキルを使ったことがほとんどなくて……」

 大丈夫なのか?

 ただ、やってみないと分からないからな。

「ミーチャ。お願いできる?」

「ええ。もちろんいいわよ。でも、どうやればいいの?」

「はい。ええと……実際に魔法を発動させる必要はないです。発動する寸前を維持して頂ければ。あとはこちらで金属に魔力を流し込んで、複写させてもらいますから」

 なんとも『錬金術』とは不思議なスキルだな。

 可能性という意味では無限な感じがする。

 いつしか、『錬金術』というスキルが手に入れることが出来るれば……

 なんてことを考えていると、ミーチャが詠唱を始め、手がほんのりと輝く。

 するとテッドが急にミーチャの手をつなぎ始めた。

 ……我慢できなかった。

 咄嗟にミーチャとテッドの手を離してしまった。

「ちょっと、何をするんですか!」

 さすがに可怪しな行動だった。

 分かってはいるんだが……

「いや、済まなかった」

「もう、次はやめてくださいね」

 だが、次も行動に出てしまった。

 どういうことだ?

 なぜ、こうもミーチャに触れられるのが許せないのだ?

「ロスティ。嬉しいけど……意外ね!! そこの貴方。悪いけど、手袋をしてやってもらえるかしら?」

「えっ? わ、分かりました。どうやら、気が回らなかったようで……」

 次は問題はなかった。

 素手と素手が駄目だったのか?

 自分の感情ながら、不思議なものだな。

 テッドが目を瞑り、ミーチャの手と金属を橋渡しするように、じっとしている。

 おそらく、『錬金術』が発動しているのだろう。

 金属がほのかに光っている。

 あの金属に闇魔法が流れ込んでいるのか……いや、書き込まれているのか。

「ふう」

 テッドが一仕事をしたかのように、深いため息をついた。

 こちらを息を止めていたのか、一緒にため息を漏らした。

「ミーチャ。体に異変は?」

「特にないわよ。それよりも今日は祝杯をしましょうね」

 一体、何の祝杯をするつもりなんだ?

 そもそも、祝杯って毎日するものなのか?

「テッド。どうだったんだ? 成功したかのように見えたけど」

 金属を手に取り、じっと見つめてから、ニヤッと笑った。

 どうやら、成功のようだな。

 なんとも呆気ないものだったな。

 こんなに簡単に出来るなら、ヘスリオの街にもしばらくは行き必要はないな。

 本当に良かった。

「失敗ですね」

 ん?

 聞き間違いか?

「いや、ですから。失敗だと。金属には何の魔法も付与されていませんね。いやぁ、惜しかったなぁ」

 あれ? なんだろう。

 ものすごく殴りたい。

 あっ、ミーチャが殴り掛かるのね。

 一応、止めさせてもらうよ。

 相手は王宮お抱えの人だからね。

「失敗ってどういうこと?」

「言葉の通りですよ。やっぱり、私には技術が足りなかったようです。いや、残念」

 残念と言っておきながら、全く残念な表情をしていない。

「でも、もう一度やったら成功するかもしれません」

 ……それもそうだな。

 テッドは今まで魔道具制作の機会に恵まれてこなかったようだからな。

 もしかしたら……

「ねぇ、ロスティ。そろそろ帰らない? 私、もう飽きちゃったわ」

 三十回目……もう諦めても良いのではないか?

「私にはやっぱり才能がないのでしょうか?」

 テッドは大きく肩を落としている。

 『錬金術』スキルは優秀なスキルのはずだ。

 それでも出来ないのは、熟練度が不足しているのが原因だろう。

「才能があるのかないのは、ともかく。まずは熟練度を上げてみたらどうだ?」

「ロスティさんは簡単に言うんですね。私はここに一年います。それでこの程度なんですよ。熟練度を上げると言っても……」

 どうしたものか……。

 スキルは使えば使うほど熟練度が上達する。

 逆に、その機会に恵まれなければ、熟練度は上達しない。

 そのため、仕事を選ぶときは機会に恵まれるかどうかが重要視される。

 そう言う意味では、テッドはこの仕事は向いていないのかもしれない。

「だったら、仕事を変えてみたらどうだ? 別にここでなければならないということではないだろ?」

 そういうと、ぱっと明るい表情になった。

「ロスティさんは変わったことをいいますね」

 そんなつもりはないんだけど……。

「私のスキルを知れば、誰だって王宮お抱え以上の仕事はないと言うと思いますよ。それ以外の仕事をしろだなんて、言われたこともありませんよ」

「そうかな? 機会に恵まれなければ……」

 テッドに話そうとしたが、ミーチャが帰りたいようだ。

「テッド。また明日にしよう」

 ミーチャと共に工房を離れようとするとテッドに呼び止められた。

「お二人はお腹が空いていませんか?」

 急なお誘いが来た。
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