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4.思い出のアップルパイ
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「洗濯か?」
「……ちょっと、汚しちゃって。あはは……」
前までは、学校で私に話しかけられること自体うっとうしそうにしていたというのに、最近ではまれに坂部くんの方から話しかけてくることもあった。
けど、このタイミングで話しかけてこなくてもいいのに……っ!
本当に明美の言う通り、坂部くんは変わってきているのかもしれない。
それに引き換え私は、今日だってミートボールをベストに落とすというミスをしでかして、何も変わってない。
「そうか。汚れ、落ちそうか?」
「あ、うん。ちょっと水で揉んだらきれいになってきたよ。少しせっけんつけて洗ったら大丈夫だと思う。あとは帰るまで窓辺で干させてもらうつもり」
「……ならいいが」
私の隣に立つ坂部くんは、手を洗うでもなく、窓の外を見ているようだ。
もしかして、私が終わるまでここにいるつもりなのだろうか。
イマイチ坂部くんの考えていることはわからない。
けど、坂部くんが隣に立ったことで、私はずっと胸の内で考えていたことを口にしていた。
「……由梨ちゃん、あれから何も言ってこないけど、でも寄り道カフェに毎日のように来てるってことは、やっぱり悩んでるんだよね、お母さんの再婚のこと」
「そりゃそうだろ。由梨にとっては、唯一素の姿でいられる空間を脅かされてるんだ。逃げ出したくなるのも当然だろう」
「そうだよね。だって人間同士でさえ、他人がいきなり家族になるって言われたら戸惑うもん」
私は人間だから、あやかしの気持ちも、ましてやあやかしと人間の子どもの気持ちも完全にはわからないところがあると思う。
けど、たとえそれがよく知った仲の人間だとしても、他人が家族として一緒に暮らすとなれば、人間同士でも難しい。
だから、本来の姿を隠して母親の再婚相手と家族になることを強いられる由梨ちゃんの苦悩は相当なものだろうし、拒んでしまうのも当然だろう。
「何か、由梨ちゃんのためにできることがあればいいのに……」
「綾乃は充分やってるじゃん」
「いやいやいや、全っ然」
思わぬ言葉をもらって、それを全否定するように首を横にふる。
けれど、坂部くんは、至って真面目な顔でこちらを見ていて、思わず恥ずかしくなった。
「……だって、最近になって寄り道カフェでの仕事も慣れてミスとかしなくなったけど、私なんて大したことできないし……」
「そうか? 京子さんの力にもなったし、あの吹奏楽の女子のことも助けてたじゃん」
「あれは、たまたまで……っ」
「まぁ仮にたまたまだとしても、それだけ綾乃が相手の心に寄り添おうとした結果なのは間違いないんじゃないか? 今回だって、由梨のことを真剣に考えてくれてるみたいだし」
「そうかもしれないけど……。でも由梨ちゃんには、結局何もできてないよ」
坂部くんの言う通り、みんなの心に寄り添うことで私が何か役に立てているのなら本当に嬉しい。
けれど坂部くんはそうは言っても、由梨ちゃんのことに関しては何もできてないし、どうしていいかすらもわからない。
「自分の居場所がなくなったと感じている由梨に、居場所をちゃんと作ってやってるじゃん。今はそれでいいんじゃないか?」
それなのに、そんなことを言ってくれる坂部くんの顔を思わず見つめる。
「それで根本的なものが解決するわけじゃないかもしれないが、由梨がまた助けを求めてきたら手を差し出して、話を聞いてほしそうにしてたら話を聞いてやる。それだけでも由梨は救われてると思うぞ」
坂部くんのことをちゃんと知るようになるまでは、クールな一匹狼は心が冷たいんだと思ってた。
けど、やっぱり坂部くんは不器用なだけで、優しい。
思わず坂部くんと見つめあっていることに気づいて、慌てて視線を手元に落とす。
話に集中しすぎていたせいで、ベストの汚れはすっかり取れていたが、部分洗いのはずがベストは全体が水浸しになっていて、手先は冷たくなっていた。
気恥ずかしさをもごまかすようにベストを絞りながら口を開く。
「坂部くん、少し変わったよね」
「……は?」
「最近、坂部くんがクラスの男子と話してるところを見かけることが増えたなって思って」
「それはあいつらが勝手に話しかけてくるからで……」
坂部くんは、少し困ったように眉を寄せる。
けれど、決して心から嫌だと思っているわけではないことは、見ててわかった。
「それでも進歩じゃん。前までいかにも俺に話しかけるな、近寄るなって感じだったのに」
「……そうか?」
「そうだよ。私は、嬉しいよ」
少し前に坂部くんに身の回りの人を受け入れてと話したとき、坂部くんは善処すると言っていたが、ちゃんと坂部くんなりに考えてくれたということなのだろう。
「……ちょっと、汚しちゃって。あはは……」
前までは、学校で私に話しかけられること自体うっとうしそうにしていたというのに、最近ではまれに坂部くんの方から話しかけてくることもあった。
けど、このタイミングで話しかけてこなくてもいいのに……っ!
本当に明美の言う通り、坂部くんは変わってきているのかもしれない。
それに引き換え私は、今日だってミートボールをベストに落とすというミスをしでかして、何も変わってない。
「そうか。汚れ、落ちそうか?」
「あ、うん。ちょっと水で揉んだらきれいになってきたよ。少しせっけんつけて洗ったら大丈夫だと思う。あとは帰るまで窓辺で干させてもらうつもり」
「……ならいいが」
私の隣に立つ坂部くんは、手を洗うでもなく、窓の外を見ているようだ。
もしかして、私が終わるまでここにいるつもりなのだろうか。
イマイチ坂部くんの考えていることはわからない。
けど、坂部くんが隣に立ったことで、私はずっと胸の内で考えていたことを口にしていた。
「……由梨ちゃん、あれから何も言ってこないけど、でも寄り道カフェに毎日のように来てるってことは、やっぱり悩んでるんだよね、お母さんの再婚のこと」
「そりゃそうだろ。由梨にとっては、唯一素の姿でいられる空間を脅かされてるんだ。逃げ出したくなるのも当然だろう」
「そうだよね。だって人間同士でさえ、他人がいきなり家族になるって言われたら戸惑うもん」
私は人間だから、あやかしの気持ちも、ましてやあやかしと人間の子どもの気持ちも完全にはわからないところがあると思う。
けど、たとえそれがよく知った仲の人間だとしても、他人が家族として一緒に暮らすとなれば、人間同士でも難しい。
だから、本来の姿を隠して母親の再婚相手と家族になることを強いられる由梨ちゃんの苦悩は相当なものだろうし、拒んでしまうのも当然だろう。
「何か、由梨ちゃんのためにできることがあればいいのに……」
「綾乃は充分やってるじゃん」
「いやいやいや、全っ然」
思わぬ言葉をもらって、それを全否定するように首を横にふる。
けれど、坂部くんは、至って真面目な顔でこちらを見ていて、思わず恥ずかしくなった。
「……だって、最近になって寄り道カフェでの仕事も慣れてミスとかしなくなったけど、私なんて大したことできないし……」
「そうか? 京子さんの力にもなったし、あの吹奏楽の女子のことも助けてたじゃん」
「あれは、たまたまで……っ」
「まぁ仮にたまたまだとしても、それだけ綾乃が相手の心に寄り添おうとした結果なのは間違いないんじゃないか? 今回だって、由梨のことを真剣に考えてくれてるみたいだし」
「そうかもしれないけど……。でも由梨ちゃんには、結局何もできてないよ」
坂部くんの言う通り、みんなの心に寄り添うことで私が何か役に立てているのなら本当に嬉しい。
けれど坂部くんはそうは言っても、由梨ちゃんのことに関しては何もできてないし、どうしていいかすらもわからない。
「自分の居場所がなくなったと感じている由梨に、居場所をちゃんと作ってやってるじゃん。今はそれでいいんじゃないか?」
それなのに、そんなことを言ってくれる坂部くんの顔を思わず見つめる。
「それで根本的なものが解決するわけじゃないかもしれないが、由梨がまた助けを求めてきたら手を差し出して、話を聞いてほしそうにしてたら話を聞いてやる。それだけでも由梨は救われてると思うぞ」
坂部くんのことをちゃんと知るようになるまでは、クールな一匹狼は心が冷たいんだと思ってた。
けど、やっぱり坂部くんは不器用なだけで、優しい。
思わず坂部くんと見つめあっていることに気づいて、慌てて視線を手元に落とす。
話に集中しすぎていたせいで、ベストの汚れはすっかり取れていたが、部分洗いのはずがベストは全体が水浸しになっていて、手先は冷たくなっていた。
気恥ずかしさをもごまかすようにベストを絞りながら口を開く。
「坂部くん、少し変わったよね」
「……は?」
「最近、坂部くんがクラスの男子と話してるところを見かけることが増えたなって思って」
「それはあいつらが勝手に話しかけてくるからで……」
坂部くんは、少し困ったように眉を寄せる。
けれど、決して心から嫌だと思っているわけではないことは、見ててわかった。
「それでも進歩じゃん。前までいかにも俺に話しかけるな、近寄るなって感じだったのに」
「……そうか?」
「そうだよ。私は、嬉しいよ」
少し前に坂部くんに身の回りの人を受け入れてと話したとき、坂部くんは善処すると言っていたが、ちゃんと坂部くんなりに考えてくれたということなのだろう。
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