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3.気持ち重なるミル・クレープ

3ー1

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 十月になり、すっかり頬を撫でる空気は秋らしくなった。

 そんな中、私たちの高校では文化祭が開催されていた。


 文化祭は一日のみの開催で、一般公開も行われる。

 文化系の部活動は日々の成果の発表の場でもあり、その他クラスごとで模擬店も開かれる。

 私たちのクラスは、ごく一般的なカフェをやることになった。


「綾乃って、そんなに料理できたっけ? めちゃくちゃ上手いんだけど」

 教室の三分の一を簡易のキッチンにして、家庭科室から借りているIHで他のクラスメイトが焼いたパンケーキにホイップクリームを絞る。


「え? ああ、まぁね……」

 基本的には寄り道カフェでの仕事は接客メインだが、坂部くんの見よう見まねで、クリームをそれっぽく絞れるようになったのは確かだ。


 まだ明美には、寄り道カフェでのバイトのことは話せていない。

 バイト先に坂部くんがいることや、何よりその坂部くんがあやかしだったことなどが、私の口を重たくさせる要因となっているのは間違いない。


 寄り道カフェ自体、人間も訪れる場所であることから、別にバイトのことだけなら明美に話しても大きく支障はないのだろう。

 だけど明美のことだから、私のバイトのことを知ったら根掘り葉掘り聞いてくることは確実だ。

 つい先日まで、ドジな私にはバイトは向かないと私自身屁理屈をこねていたくらいなのだ。

 いきなりバイトを始めただなんて話をした日には、バイト先まで見に来られてしまうことを覚悟しておかなければならない。

 そうなれば必然的に坂部くんと同じバイト先であることはバレてしまうだろう。

 そこまで想定した上で、まだ心の準備ができてないというのが、私の今の言い訳だ。


「怪しいなぁ。もしかして綾乃、私に隠れて何かしてる?」

 私の物言いが不自然だったのか、訝しげに明美は私を見る。


「な、何もしてないよ!」

 明美は良くも悪くも、人のことをよく見ている。

 私が隠したところで、バレてしまうのも時間の問題かもしれない。


「そうかなぁ? 最近、やけに表情もイキイキしてるし……」

 明美がチョコペンを持ったまま宙に視線を上げる。そして、ひらめいたようにパチンと手を叩いた。


「わかった! もしかして綾乃、好きな人でもできた?」

 思わず生クリームをその辺に飛ばしてしまいそうになった。


「何でそうなるのよ。好きな人なんていないから」

 なぜか瞬間に坂部くんの顔が出てきてしまったのは、ついこの前、京子さんに坂部くんのことでからかわれたからだ。


「ほんとかなぁ~?」

 明美にも坂部くんのことが気になってるんじゃないのかと最近言われていたから、もしかしたら京子さんと同じことを思われているのかもしれない。

 何となく怪しむようにこちらを見る明美の前に、私は慌てて生クリームのデコレーションを終えた皿を差し出した。


「明美、お客さん待ってるから。これ、生クリームのデコレーションが終わったから、明美仕上げて」

「ああ、ごめんね」


 まるで今、文化祭の模擬店の営業中であることを忘れていたかのように返事をして、明美は私がクリームでデコレーションしたパンケーキの真ん中部分にチョコペンでクマと模様を描く。


「……このクマ、ぶっさいくかな?」

「そう? 愛嬌ある顔だから大丈夫だよ」


 チョコペンでクマを描いた明美が難しそうな顔で首を傾げる。

 恐らく明美はクマの輪郭が少しぶれてしまっていることや、目が均等に描けていないところを気にしているのだろうけれど、私から見たら可愛く描けていると思う。


「そっか、それなら良かった。坂部、これ一番テーブルの注文」

 ちょうどキッチン側とフロア側に仕切ったカーテンの向こうから戻ってきた接客担当の坂部くんに、明美が声をかける。


「ああ」

 坂部くんは、表情ひとつ変えずに明美から四角いお盆に乗った二皿のパンケーキを持って、再びフロア側へ出ていった。


「本当、イケメンがもったいない。なんで無愛想な坂部がオーダー担当なのよ」

「そうだね」

 坂部くんこそデコレーション担当とかパンケーキを作る担当が適任だろう。

 どうして坂部くんが接客を担当することになったか、その経緯を私は全く覚えていない。

 話題が坂部くんに向いたことでまた明美にからかわれるのかと少し身構えた。

 けれど、背後からギャハハとキッチンの作業中には似つかわしくない声が聞こえて、私たちの意識はそちらに移った。


「さすがにそれはねぇだろ。宇宙人かよ」

 デコレーション担当は、私たちの他に男子二人組が同じ時間帯にやっている。
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