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2.恋するレモンチーズケーキ

2ー12

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「いらっしゃいま……っ、京子さんに綾乃さん。一緒にいらしたのですか?」

 京子さんとともに寄り道カフェの店内に現れた私に、ミーコさんが大きな猫目を見開いた。


「ええ、綾乃とはそこで一緒になって」

「はい」


 京子さんは私の肩を親しげにパシパシと叩く。

 出すぎた真似をしてしまったとばかり思っていたが、どうやら京子さんはそんな私を気に入ってくれたようだ。


「今日は私が綾乃の分も奢るわ。何か、こう、気分が晴れ晴れするようなケーキが食べたいのだけど、本日のケーキは何かしら?」

「うふふ。そろそろそう言ってお店に来られる頃だと思っておりました。それならば、ぴったりのメニューをご用意しておりますよ」

「さすがはミーコちゃん。じゃあ二つお願いね」


 トントン拍子に決めていってしまう京子さんに、思わず声をかける。

「あ、あの……っ」

「ああ、ごめんなさいね。綾乃、ドリンクの希望は?」

「えっと、じゃあカフェオレで」

「じゃああたしはいつものアイスミルクティーね」

 ミーコさんは私たちのオーダーを取るなり、厨房の奥へと消えていく。

 ……って、私は決して希望のドリンクを伝えるために口を開いたわけではないのに……っ。


「さすがに申し訳ないです。自分の分くらい出しますよ」

「遠慮しなくていいのに。あたしたちの仲じゃない」

 京子さんは相変わらず上機嫌で、とても私が少し何かを言ったところでそこを譲ってくれそうな様子はない。


「ほんっと他に好きな子作る時点で、クズ男だと思ってたけど、あそこまでゴミクズ男だったとはね」


 オーダーを取ったときにミーコさんが持ってきてくれたお冷やを一気に飲み干して、京子さんはオブラートに包むことなく口に出す。

 けれど、その声色はやっぱりどこかスッキリしているように聞こえた。


「……こんな言い方したら気を悪くさせてしまうかもしれませんが、今回は運が悪かったんだと思います。人間の男性がみんなああいうわけではないと思うので……」


 人間の男性を選んでお付き合いしていた京子さんは、今回のことで人間に対して悪い印象がついてしまったんじゃないか、少し気がかりだった。

 たった一人につけられた心の傷のせいで、関係のない他のものまで悪に見えることは、決してありえない話ではない。


「大丈夫よ。あたしは人間の世界が好きで人間に混ざって暮らしているのだから。今までの恋人もみんな人間の男性だったけど、みんなとても良い人だったわ」

「そうですか……」


 何となく胸の奥にあった気がかりがなくなって、スッと心が軽くなるようだ。

 そのとき、「お待たせしました」と坂部くんが盆に二つのケーキとドリンクを載せてこちらに来る。


「わぁ~っ」

 目の前に並んだケーキを見て一気に胃の運動が活発化したのか、同時にきゅるきゅると高い音を立てた。


「ぷっ」

 それは坂部くんにも聞こえていたようで、あろうことか彼は吹き出すように笑った。


「ちょ、ちょっと、笑うことないでしょ?」

「甘いものに目がないとは聞いていたが、食い意地張りすぎだろ」

「ムッキー! ちなみに今日は私もお客さんなんですけど!」


 坂部くんの発言に思わず憤慨してしまったけど、それでも堪える様子もなく肩を震わせる坂部くんを、思わずガン見してしまった。


「なんだよ」

 それに気づいた坂部くんは、いつもの不機嫌そうな顔に戻ってそう問い返してくる。


「……いや、坂部くんも笑うことがあるんだなって」

「別に。おまえが笑わせるようなことするからだろ? それより、早く食べなよ。京子さん、待たせてるぞ」


 向かいに座る京子さんに視線を戻す。京子さんは片手にフォークを持って、私たちの会話が終わるのを待っていてくれているような風だ。


「ああっ、す、すみません……っ」

「いいのよ。ギンと綾乃って、仲いいのね。びっくりしちゃった」

「全然っ。いつも坂部くんって冷たくて……。私をここで雇ったのも、私が偶然坂部くんの正体を知っちゃったから……っ」
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