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1.はじまりは、フルーツタルト
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そのとき上を輪ゴムで縛ったビニール袋が音もなく私の目の前に置かれた。
ビニール袋の中には、ビスケットが数枚入っているようだった。
「……え?」
何だろう、とビニール袋をつかむ手の持ち主を見上げると、カフェ制服姿の坂部くんがこちらを見下ろしていた。
そして、木の擦り棒をこちらに向けて差し出してくる。
「それ、潰して。上、縛ってるから大丈夫」
「え? 何で?」
「いいからやって」
わけがわからないまま坂部くんの言うとおりに、グリグリと袋の中のビスケットを潰す。
綺麗な四角の形をしていたものを粉々にしてしまうのは何だかとても勿体ないような気持ちになる。
その間、一度厨房の方に戻った坂部くんは、何やら白いココットとシルバー型を手に戻ってくる。
「いい感じだな」
そして私が砕いたクッキーの入った袋を取ると、坂部くんはその中に白いココットの中の黄色い液体を入れた。
「ここに溶かしバターを加えて。はい、よく揉んで」
「え? うん……」
手渡された袋は、粉々に砕いたクッキーに溶けたバターを加えたことでほんのり温かい。
「これをタルト型に、入れて」
坂部くんが目の前に置いたシルバーの型は、タルト型らしい。タルト型にはあらかじめラップが敷かれている。
袋の中身をタルト型に入れると、坂部くんは平らにするよう押し固めるように言った。
再び厨房に戻った坂部くんは、今度は銀色のボールとマグカップを持ってくる。
「溶かしたチョコレートとすでに温めてある生クリームだ。チョコレートの入ったボールに生クリームを入れて混ぜて」
「……はい」
「自分で家でやるときは、チョコレートに温めた生クリームを加えて、その熱で溶かすといい」
ぐるぐると渦を描いていた生クリームの白い線が、チョコレートに溶け込んでいく。
均一に混ざったところで、坂部くんはさっきまで私が作業していたタルト型を手前に動かした。
「混ざったら、今混ぜ合わせたチョコレートを全部この中に入れて」
「……はい」
坂部くんが前もって計量していたようで、チョコレートはちょうど私が作業していたタルト型の七分目くらいまでで収まる。
「うん、いい感じだな。じゃあ俺はこれを冷やしてくるから、ちょっと待ってろ」
「……うん?」
一体、何なのだろう。
言われるがままにやってみたけれど、坂部くんの意図してることはわからずに、タルト型を再び厨房の方へ持っていってしまう彼の後ろ姿を見やる。
すると、坂部くんと入れ替わるようにして、いつの間にか姿を消していたミーコさんが数種類のフルーツを手に厨房から出てくる。
「次はこのフルーツたちを切ってもらいます」
「……え?」
ビスケットを砕いて、チョコレートを混ぜ合わせて入れた次は、フルーツを切る?
「私、あまり上手に切れる自信ないんですけど」
家での手伝いを全くしないわけではないが、私が包丁を触るのは家庭科の調理実習くらいだ。
「上手く切ろうと思わないで、心を込めて切れば大丈夫です」
「……そうですか?」
私の目の前に薄っぺらいまな板を置くと、ミーコさんはそこにすでに八分の一カットくらいの大きさにされたメロンをのせる。そして、メロンの隣に果物ナイフを置いた。
「形はどんなものでもいいので、綾乃さんが食べやすい大きさに切ってください」
「え……?」
私が戸惑っていると、ミーコさんが代わりにひとつサイコロ状に切ってくれる。
「こんな感じです」
ミーコさんから果物ナイフを受け取ると、私もそれを真似てメロンを切る。順にいちごや四分の一のサイズにカットされているりんご、そして缶詰の黄桃も一口サイズに切った。
「みかん缶のみかんはそのままで大丈夫でしょう。綾乃さん、とてもお上手でしたよ」
「はぁ……」
そんなに褒められるほどの腕でもないだろうに、にこやかに拍手をされて恥ずかしくなる。
何だか突然ケーキのレッスンでも受けに来たような気分になる。そもそもここはカフェだし、私は坂部くんとミーコさんの秘密を知ってしまったとはいえ、一体どうなっているのだろう。
何が何だかわからない間に、再び厨房から坂部くんがさっきのタルト型を持って私の前に戻ってきた。
「短時間で出来るように、今日は冷凍庫で急速冷凍をかけた」
ビニール袋の中には、ビスケットが数枚入っているようだった。
「……え?」
何だろう、とビニール袋をつかむ手の持ち主を見上げると、カフェ制服姿の坂部くんがこちらを見下ろしていた。
そして、木の擦り棒をこちらに向けて差し出してくる。
「それ、潰して。上、縛ってるから大丈夫」
「え? 何で?」
「いいからやって」
わけがわからないまま坂部くんの言うとおりに、グリグリと袋の中のビスケットを潰す。
綺麗な四角の形をしていたものを粉々にしてしまうのは何だかとても勿体ないような気持ちになる。
その間、一度厨房の方に戻った坂部くんは、何やら白いココットとシルバー型を手に戻ってくる。
「いい感じだな」
そして私が砕いたクッキーの入った袋を取ると、坂部くんはその中に白いココットの中の黄色い液体を入れた。
「ここに溶かしバターを加えて。はい、よく揉んで」
「え? うん……」
手渡された袋は、粉々に砕いたクッキーに溶けたバターを加えたことでほんのり温かい。
「これをタルト型に、入れて」
坂部くんが目の前に置いたシルバーの型は、タルト型らしい。タルト型にはあらかじめラップが敷かれている。
袋の中身をタルト型に入れると、坂部くんは平らにするよう押し固めるように言った。
再び厨房に戻った坂部くんは、今度は銀色のボールとマグカップを持ってくる。
「溶かしたチョコレートとすでに温めてある生クリームだ。チョコレートの入ったボールに生クリームを入れて混ぜて」
「……はい」
「自分で家でやるときは、チョコレートに温めた生クリームを加えて、その熱で溶かすといい」
ぐるぐると渦を描いていた生クリームの白い線が、チョコレートに溶け込んでいく。
均一に混ざったところで、坂部くんはさっきまで私が作業していたタルト型を手前に動かした。
「混ざったら、今混ぜ合わせたチョコレートを全部この中に入れて」
「……はい」
坂部くんが前もって計量していたようで、チョコレートはちょうど私が作業していたタルト型の七分目くらいまでで収まる。
「うん、いい感じだな。じゃあ俺はこれを冷やしてくるから、ちょっと待ってろ」
「……うん?」
一体、何なのだろう。
言われるがままにやってみたけれど、坂部くんの意図してることはわからずに、タルト型を再び厨房の方へ持っていってしまう彼の後ろ姿を見やる。
すると、坂部くんと入れ替わるようにして、いつの間にか姿を消していたミーコさんが数種類のフルーツを手に厨房から出てくる。
「次はこのフルーツたちを切ってもらいます」
「……え?」
ビスケットを砕いて、チョコレートを混ぜ合わせて入れた次は、フルーツを切る?
「私、あまり上手に切れる自信ないんですけど」
家での手伝いを全くしないわけではないが、私が包丁を触るのは家庭科の調理実習くらいだ。
「上手く切ろうと思わないで、心を込めて切れば大丈夫です」
「……そうですか?」
私の目の前に薄っぺらいまな板を置くと、ミーコさんはそこにすでに八分の一カットくらいの大きさにされたメロンをのせる。そして、メロンの隣に果物ナイフを置いた。
「形はどんなものでもいいので、綾乃さんが食べやすい大きさに切ってください」
「え……?」
私が戸惑っていると、ミーコさんが代わりにひとつサイコロ状に切ってくれる。
「こんな感じです」
ミーコさんから果物ナイフを受け取ると、私もそれを真似てメロンを切る。順にいちごや四分の一のサイズにカットされているりんご、そして缶詰の黄桃も一口サイズに切った。
「みかん缶のみかんはそのままで大丈夫でしょう。綾乃さん、とてもお上手でしたよ」
「はぁ……」
そんなに褒められるほどの腕でもないだろうに、にこやかに拍手をされて恥ずかしくなる。
何だか突然ケーキのレッスンでも受けに来たような気分になる。そもそもここはカフェだし、私は坂部くんとミーコさんの秘密を知ってしまったとはいえ、一体どうなっているのだろう。
何が何だかわからない間に、再び厨房から坂部くんがさっきのタルト型を持って私の前に戻ってきた。
「短時間で出来るように、今日は冷凍庫で急速冷凍をかけた」
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