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「もう、いいなぁ~この幸せ者め!」
「ちょ、ちょっと梓っ、声大きいって!」
俊彦さんと付き合い始めてから、一ヶ月が経過した。
私たちの付き合いは順調。
特別私たちの関係を黙ってようと言い合ってるわけではないけれど、一応社内ではちゃんと社長と秘書の関係を保っているからか、誰もまだ私たちの関係の変化には気づいてなさそうだった。
とはいえ、ずっと私の俊彦さんへの気持ちを知っていて、私のことを心配してくれていた梓には本当のことを言おうと思って、この日の夜、私は梓と串カツ屋さんに来ていた。
「ごめんごめんって。でも、本当に良かった。琴子見てたら、社長とどうにかなれなくても見てるだけで幸せだからって言って、一生夢見て恋人すら作らないんじゃないかって心配してたんだから」
梓に言われて、思わず苦笑いを浮かべる。
さすが私の親友なだけあって、私のことをよくわかっている。
俊彦さんと付き合うようになるまでは、本当にそれでも良いと思っていたのだから。
「これで琴子は玉の輿かぁ~うらやましい~」
「なっ。そんな理由で私が社長のことを好きになったわけじゃないって、梓は知ってるでしょ!?」
「あはは、ごめんって」
確かに社内で俊彦さんのことを狙ってる女子の中には、俊彦さんの肩書きや財産とか見た目とか、そういったところに惹かれている人もゼロではない。
だけど、私は確かに俊彦さんのことはかっこいいとは思うけど、そういった彼の外見的なものじゃなくて、俊彦さんの内面の優しさに惹かれたのだ。
──それはまだ、私が秘書課に異動したばかりの頃のことだ。
『きゃっ』
『あ、中瀬さんごめんなさい。そんなところに突っ立ってるとは思わなくて』
異動したばかりの頃、私は一時期嫌がらせのようなものを受けていた。
うちの会社の秘書課は空きが出来たときに、上司の目に止まった人が引き抜かれる。そんな部署だったから、みんな苦労して秘書課に入ってるのに、私だけ若くしてあっさりと秘書課に入ったことが、その当時の女性の上司たちの気に障ったらしい。
女性の上司にぶつかられたことで、せっかく入れたお茶が床に散乱することなんて日常茶飯事だった。
幸いにも湯飲みは割れにくい素材のものを使っているらしく、割れて悲惨な事態になることはほとんどなかった。
だけど、この日ばかりは当たりどころが悪かったのか、そのうちのひとつの湯飲みが割れてしまったんだ。
『わっ、大変っ』
早く片付けないと、他の人が怪我したら大変。
慌てて破片を拾い集めたけれど、私はうっかり右手の人差し指を、小さい破片の角で切ってしまったのだ。
『痛っ』
いつもは些細な嫌がらせに胸を痛めることはあっても、さすがに泣くことはなかった。だけど、このときばかりはそれが引き金になったかのように一気に涙が滲んだ。
『大丈夫!?』
だけど、そのときだった。
一人の男性が私の様子に気づいてこちらに来てくれたんだ。
『指、切っちゃったんだね。俺が処理するから、危ないから触らないで』
彼はそう言うと、すぐそばの掃除用具入れからほうきとちり取りを持ってきて、あっという間に湯飲みの破片を片付けてくれたのだ。
『焦って破片を拾おうとすると、今回みたいに怪我しちゃうから。これからはほうきとちり取りを使って。お茶もこぼれたみたいだけど、やけどはしてない?』
『……はい。すみません、ありがとうございます』
そう言って私に手を差しのべてくれたのは、社長就任に向けて勉強を重ねている当時の社長の息子さん──俊彦さんだった。
俊彦さんはそのあと、濡らしてしまった床を拭くのも手伝ってくれて、私の指の消毒までしてくれたのだ。
『あの、すみません。こんなことをさせてしまって……』
『気にしないで。俺もこの会社の人間だから、困ったときはお互い様だ。今は辛いだろうけど、もう少しだけ耐えて』
『……え?』
『また何か困ったことがあったときは助けるから、そのときは相談してほしい。俺はきみの味方だから』
『ありがとう、ございます……』
さすがに彼にこれ以上迷惑をかけることはできないと思って、そう言ってもらっても私が俊彦さんのことを頼るようなことはなかった。
だけど、彼の言葉が心の支えとなったのは確かだ。
その後、すぐに私に嫌がらせをしていた女性の上司がみんな他の部署に異動させられて、秘書課の顔ぶれは一新した。
もう少し耐えて、って、そういう意味だったの……?
まさかとは思うけれど、そう思ってしまうようなタイミングだった。
そのときの人事変更に俊彦さんが関わっていたのかまではわからない。
でも、そうじゃなくても私はあの日俊彦さんに救われた。それは確かな事実だ。
社長の息子っていうと、偉そうにしているイメージしかなかったけど、全然そんなことない。
俊彦さんの優しさに触れたあの日から、俊彦さんが前社長のあとを継いで社長に就任してからも、私はずっと俊彦さんのことを密かに想い続けてきたのだった──。
「ちょ、ちょっと梓っ、声大きいって!」
俊彦さんと付き合い始めてから、一ヶ月が経過した。
私たちの付き合いは順調。
特別私たちの関係を黙ってようと言い合ってるわけではないけれど、一応社内ではちゃんと社長と秘書の関係を保っているからか、誰もまだ私たちの関係の変化には気づいてなさそうだった。
とはいえ、ずっと私の俊彦さんへの気持ちを知っていて、私のことを心配してくれていた梓には本当のことを言おうと思って、この日の夜、私は梓と串カツ屋さんに来ていた。
「ごめんごめんって。でも、本当に良かった。琴子見てたら、社長とどうにかなれなくても見てるだけで幸せだからって言って、一生夢見て恋人すら作らないんじゃないかって心配してたんだから」
梓に言われて、思わず苦笑いを浮かべる。
さすが私の親友なだけあって、私のことをよくわかっている。
俊彦さんと付き合うようになるまでは、本当にそれでも良いと思っていたのだから。
「これで琴子は玉の輿かぁ~うらやましい~」
「なっ。そんな理由で私が社長のことを好きになったわけじゃないって、梓は知ってるでしょ!?」
「あはは、ごめんって」
確かに社内で俊彦さんのことを狙ってる女子の中には、俊彦さんの肩書きや財産とか見た目とか、そういったところに惹かれている人もゼロではない。
だけど、私は確かに俊彦さんのことはかっこいいとは思うけど、そういった彼の外見的なものじゃなくて、俊彦さんの内面の優しさに惹かれたのだ。
──それはまだ、私が秘書課に異動したばかりの頃のことだ。
『きゃっ』
『あ、中瀬さんごめんなさい。そんなところに突っ立ってるとは思わなくて』
異動したばかりの頃、私は一時期嫌がらせのようなものを受けていた。
うちの会社の秘書課は空きが出来たときに、上司の目に止まった人が引き抜かれる。そんな部署だったから、みんな苦労して秘書課に入ってるのに、私だけ若くしてあっさりと秘書課に入ったことが、その当時の女性の上司たちの気に障ったらしい。
女性の上司にぶつかられたことで、せっかく入れたお茶が床に散乱することなんて日常茶飯事だった。
幸いにも湯飲みは割れにくい素材のものを使っているらしく、割れて悲惨な事態になることはほとんどなかった。
だけど、この日ばかりは当たりどころが悪かったのか、そのうちのひとつの湯飲みが割れてしまったんだ。
『わっ、大変っ』
早く片付けないと、他の人が怪我したら大変。
慌てて破片を拾い集めたけれど、私はうっかり右手の人差し指を、小さい破片の角で切ってしまったのだ。
『痛っ』
いつもは些細な嫌がらせに胸を痛めることはあっても、さすがに泣くことはなかった。だけど、このときばかりはそれが引き金になったかのように一気に涙が滲んだ。
『大丈夫!?』
だけど、そのときだった。
一人の男性が私の様子に気づいてこちらに来てくれたんだ。
『指、切っちゃったんだね。俺が処理するから、危ないから触らないで』
彼はそう言うと、すぐそばの掃除用具入れからほうきとちり取りを持ってきて、あっという間に湯飲みの破片を片付けてくれたのだ。
『焦って破片を拾おうとすると、今回みたいに怪我しちゃうから。これからはほうきとちり取りを使って。お茶もこぼれたみたいだけど、やけどはしてない?』
『……はい。すみません、ありがとうございます』
そう言って私に手を差しのべてくれたのは、社長就任に向けて勉強を重ねている当時の社長の息子さん──俊彦さんだった。
俊彦さんはそのあと、濡らしてしまった床を拭くのも手伝ってくれて、私の指の消毒までしてくれたのだ。
『あの、すみません。こんなことをさせてしまって……』
『気にしないで。俺もこの会社の人間だから、困ったときはお互い様だ。今は辛いだろうけど、もう少しだけ耐えて』
『……え?』
『また何か困ったことがあったときは助けるから、そのときは相談してほしい。俺はきみの味方だから』
『ありがとう、ございます……』
さすがに彼にこれ以上迷惑をかけることはできないと思って、そう言ってもらっても私が俊彦さんのことを頼るようなことはなかった。
だけど、彼の言葉が心の支えとなったのは確かだ。
その後、すぐに私に嫌がらせをしていた女性の上司がみんな他の部署に異動させられて、秘書課の顔ぶれは一新した。
もう少し耐えて、って、そういう意味だったの……?
まさかとは思うけれど、そう思ってしまうようなタイミングだった。
そのときの人事変更に俊彦さんが関わっていたのかまではわからない。
でも、そうじゃなくても私はあの日俊彦さんに救われた。それは確かな事実だ。
社長の息子っていうと、偉そうにしているイメージしかなかったけど、全然そんなことない。
俊彦さんの優しさに触れたあの日から、俊彦さんが前社長のあとを継いで社長に就任してからも、私はずっと俊彦さんのことを密かに想い続けてきたのだった──。
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