伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

文字の大きさ
上 下
54 / 69
4.親子をむすぶいよかんムース

4ー7

しおりを挟む
 *


 言われるがままに帰ってきてしまったけれど、お母さんは今、どこでどんな思いで過ごしているのだろう。

 晃さんは幽霊になったお母さんをあんな風に追い出したというのに、まるでそんなことなかったかのように、他のお客様に対して紳士的で優しい接客を崩すことなく、私たちの前ではいつも通りクールだった。


 何も変わっていないように見える晃さんも、お母さんと会ったことでつらかったときのことを思い出したり、何か落ち着かない気持ちになったりしているのだろうか。


 晃さんのお母さんの幽霊がむすび屋に訪ねてきてから、一夜が明けた。

 今は、ちょうど昼休憩のタイミングが同じだった晃さんとともに、お昼のまかない食をいただいている。

 一方的に気まずさを感じていた私の頭は、晃さんとお母さんのことで一杯で、気づいたら様子をうかがうようにチラチラと見ていた。すると、突然晃さんがこちらを向いて目が合った。


「……どうした」

「い、いえ。すみません……」


 上手く誤魔化すことも、良い言い訳も思いつかず、私はとっさに謝った。

 変に思われてしまっただろうか。


「……昨日は取り乱してすまなかった」

「えっ」
 
 
 過去の話をするのも嫌がっていたし、晃さんから昨日の話を持ちかけてくるとは思わなかった。

 まさか私がずっと二人のことを考えていたって見抜かれたのだろうか。そんなことはないとは思うけど、内心ドキリとしてしまう。


「なずなから聞いたんだろ。俺の母親のこと」

「……はい。すみません」

「いや。おまえは悪くないから。話したのはなずなだし。なずなからも、昨日のことがあって必要性を感じて話したと聞いてる」

 そうはいっても、晃さんのいないところで、勝手に晃さんのトラウマとなっている過去を知ってしまったことは事実で、少なからず罪悪感を覚える。


「それに聞いたなら話は早い。あいつは自分の子どもを捨てるような親だ。もしかしたらまだ近くをうろついてるかもしれないが、一切関わらないでほしい。しつこいようなら俺が話をつけてくるから」

 淡々と話す晃さんは、まるでひとつの業務命令を伝えるかのような口ぶりだ。

 晃さんは、どんな気持ちで“自分の子どもを捨てるような親”って言っているのだろう。

 それに晃さんの言い方だと、晃さんはお母さんに捨てられたんだと思ってるっていうことだよね……?


 つまり、お母さんの口からは晃さんのことはおじいさんに預けたと言っていたけれど、その事実を晃さんは全く知らないということだろう。

 晃さんをおじいさんに託した本当の理由は話さなかったとお母さんは言っていたけれど、そこから生まれたすれ違いが今も二人を不幸にし続けているのではないだろうか。

 それなら、もしかしたら晃さんは本当のことを知った方が楽になれるんじゃないかな……。


「あの……っ」

「晃、今宿泊中のお客様のことなんやけど……」

 そのとき厨房から拓也さんが出てきて、晃さんは「すまない、あとで聞く」と私に告げて席を立つ。

 仕方ないとはいえ、タイミングが悪い。


 絶妙なタイミングで拓也さんが来てくれたから言えなかったけど、もしお母さんの想いを私の口から伝えてどうなっただろう?

 自分の中でヒートアップしてたけど、改めて冷静になって考えてみると、やっぱり晃さんを不快にさせてしまうだけかもしれない。

 残念ながら私には、結局何が正しいのかわからないのだった。


 *


 初めて晃さんのお母さんがむすび屋に訪れてから、一週間近くが経過した。

 秋晴れを感じさせる朝陽を受けながら、交代制で行っているチャチャの散歩からの帰り道、私は思わずもうあと数メートルでむすび屋に着くというところで足を止めた。

 晃さんのお母さんだ……。

 今日“も”むすび屋の敷地の外から、中をうかがうように生垣のそばに立っている。

 お母さんから個人的に晃さんとの過去について聞いた日から、彼女はよくここに立っている。


 数日前、直接本人から聞いた話によると、中には入れてもらえなくても、遠くからでもいいから息子の姿を見ていたいんだそうだ。

 少なくとも、私がチャチャの散歩に出た日の帰り道、必ずお母さんはここに立っている。


 お母さんにとって、私は話を聞いてくれた人という位置付けになっていて、私になら見られても大丈夫と変な安心感を持たれているようだ。

 その証拠に、実際、晃さんや拓也さん、なずなさんとなのかさんからは、あの日以来、お母さんに会っていないと聞いている。

 これはこれで、晃さんに対して悪いことをしているような気がしてならない。


 お母さんの横を静かに通りすぎて、むすび屋の敷地内に入る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

ラスト・チケット

釜瑪 秋摩
ライト文芸
目が覚めたら真っ白な部屋にいた。 いつの間にか手にしていたチケットで 最後の七日間の旅にでる。 オムニバス形式で七人が送る七日間の話――。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...