伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

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4.親子をむすぶいよかんムース

4ー6

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「晃がある日、言ったのよ。お母さんに寄り添うように、眼鏡をかけた優しそうな男の人がいるって。男の人の特徴も事細かに説明してくれたわ」

 男の人、それってまさか。


「教えてくれた特徴は、亡くなった恋人そのものだったの。一度も会わせたことがなかったのにね……」

「そうだったんですね」

「けど、彼はもう死んでしまっているの。いくらそばにいるって言われても、私には何も見えない。彼の姿も見えなければ、気配も感じないし、声も聞こえない。一緒に生きていくはずだった彼の死をやっと受け入れられそうだったのに、頭がおかしくなりそうだった。……ううん、あの瞬間、私の中で何かが壊れたのよ」

 そして晃さんのお母さんは、まるで過去の自分を嘲笑うように首を横に振ると、負の感情を吐き出した。


「どうして晃には見えるのにって、つらくて苦しくてたまらなかった。私には見えないのに、そんなこといちいち言わないでほしかった。だから、気持ち悪い、どっか行けって。あんたがいたら幸せになれないって、散々暴言を吐いてしまったのよ」


 自分に言われているわけではないのに、まるで自分自身が拒絶されているかのように感じて、胃が押し上げられるような気持ち悪さに襲われる。

 それを直接、面と向かって実の母親に言われた晃さんの苦しみは相当のものだっただろう。


「ただでさえ借金のせいで、晃に不自由な思いをさせてしまう。優しい晃のことだから、私を気遣ってたくさんのことを我慢させてしまうかもしれない。晃の選択肢を狭めたり、可能性を奪ってしまうのは嫌だった。晃らしく生きてほしかった。それなのに私は晃を傷つけて……。すっかり笑うことも話すこともしなくなってしまった晃を見て、このままじゃダメだと思って、あの子を私の父親と姉の家族に託したの」


 晃さんだけじゃなく、お母さんもその過去に苦しんでいたんだ。

 恐らく残りの人生は、強い悲しみと後悔も抱えて過ごしたのだろう。


「それからは、死ぬまで孤独に借金地獄。身体が許す限り働いて、十年かかって借金はなんとか全て返済したわ。でも、私自身にも限界が来てたみたい。過労死だったの、私」

 あまりにも不幸な結末に、何も言えなかった。


「借金や恋人の死で精神的に狂ってた私が勢いのままに晃を傷つけて、別れたあの日から一度も晃の姿を見ることもなく死んでしまったことを、後悔してるの。また晃に会いたい、許してもらえなくても晃に謝りたい……」

 きっとそれが、お母さんをこの世に縛り付けている未練なのだろう。


「突き放してしまった理由やおじいさんの元に預けた理由を、晃さんは知っているのですか?」

「……いいえ、言ってないわ。あのときは、晃のことを不幸にするくらいなら一生私のことを嫌って近づかないでいてくれたら良いって、やけになってたから」


 なんて身勝手なのだろう。

 大事なことは何一つ話さず、散々傷つけて突き放しておいて、死んだあとでやっぱり会いたかった、謝りたかった、だなんて。

 私だって、信頼していた人に突然自分のことを否定されて、突き放されてしまったら、晃さんと同じように許すことはできないと思う。


 だけど話を聞いたら、私にはお母さんだけを責めるなんてことはできなかった。

 不幸や不運が重なって、きっと一杯一杯だったんじゃないかって思ったから。

 自分に余裕がないとき、誰だって正しい判断が上手にできなくなることはあると思う。お母さんの場合もきっとそうだったんじゃないかな。

 晃さんを自分から遠ざけたのも、晃さんのことを考えての上でのことみたいだし、完全な悪なわけじゃないから責めきれない。

 だからって、お母さんのやったことが正当化されるわけじゃないけれど……。


「勝手よね……。わかってるの。化けて出たって無理だってことくらい。聞いてくれてありがとう」

「いえ……」


 相反する二つの感情が自分の中でせめぎ合っていて、悲しそうに微笑むお母さんに何と返せばいいかわからなかった。


「晃は、幸せそう?」

「私はまだむすび屋で働き始めてまだ日が浅いので、何とも言えません」


 もしお母さんと対峙したときの晃さんの表情を知らなかったら、それなりに幸せに生きているように見えたのだろうか。


 晃さんがお母さんを前にして見せたのは、拒絶、憎しみ、その中にある深い悲しみ。それらが強く表情と声と態度に滲み出ていた。

 なずなさんが言っていた、晃さんの幼い頃のトラウマ。

 私が今まで知らなかっただけで、晃さんは、今もつらい過去に縛られて苦しんでいるのではないかと思った。

 何とか晃さんもお母さんも二人が救われる方法は、ないのだろうか。


「そっか。ありがとう」

 そのとき、ポツンと私の顔に小さな滴が降ってくる。


「あら、また降り始めたわね。ごめんね、連れ回しちゃって」

「いえ。最初に声をかけたのは私なので……」

「行っていいわよ」

「……え?」

「ほら私、もう死んでるじゃない? むすび屋に泊まれないからといっても困らないから」

 私を気遣ってなのか、「ほら、濡れちゃうわよ」とお母さんは明るい声で私をむすび屋に帰るように促した。
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