伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

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3.恋する特製カレーオムライス

3ー2

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 陽が傾きつつある中、宴会の予約時間も近づいて、そろそろ今日の宿泊客の皆さんがむすび屋に戻って来る時間も迫ってきている。

 玄関の掃除を終え、打ち水をしに外へ出る。

 さんさんと照りつけていた太陽は西の低い空に移動しているものの、まだまだ熱気がすごい。

 いつもはむすび屋のはなれのそばの庭で過ごしているチャチャも、さすがに暑いからとはなれの中で今は過ごしている。


 バケツに水を汲んで、パシャッパシャッと桶で水を撒く。
 その水音が、夕方になっても残る暑さを癒してくれるようだった。

 汲んできた水が残り三分の一ほどになったとき、ふと見た先で女の人と目が合った。

 女性は数瞬驚きの表情を見せたが、一縷いちるの光を見つけたかのように一目散にこちらにやって来る。

 肩より長いストレートの黒髪に、控えめな顔立ちをした女の人は、私と同じくらいかもう少し歳下か。


「あの、私のこと、見えてますよね?」

「……はい」


 私のこたえにぱぁっと表情を輝かせる彼女は、幽霊だった。

 この季節にぴったりのひまわり柄がたくさんついた水色のワンピース姿に、麦わら帽子を被っている。


「じゃあ、ここですか? むすび屋という、幽霊も泊まれる民宿というのは」

「はい、そうです。ここで間違いないです」


 もしかして、飛び入りのお客さんだろうか。


「せっかく足を運んでいただいた中、大変申し訳ないのですが、あいにく今日は満室でして……」

「そうですか……」


 女性の霊は、明らかに残念そうな顔をする。


「あ、いいんです。私が突然訪ねてきたんですから」

 困ったようにそう言う彼女だが、その顔はとてもじゃないけれど全然いいとは言えないものだった。


「よかったら入られますか?」

「……え、でも……」

「話くらい、聞きますよ。何かお力になれるかもしれないので」

 さすがにここで門前払いするのも可哀想に思えて、満室にも関わらず彼女を迎え入れていた。



 *


 一階の食堂からは、先ほどからワイワイガヤガヤと宴会で盛り上がる声が聞こえてくる。

 食堂から受付カウンターを挟んで反対側にある談話室に、私は民宿の玄関前で出会った霊──清美きよみさんをお通しした。

 ここは、私が初めてむすび屋におばあさんの幽霊と訪れたときに通された部屋で、日頃は従業員の休憩室として使われている場所だった。

 悲しげな彼女を見て門前払いすることもできなければ、かといってお通しするお部屋もないので、やむを得ずの対応だ。

 初めてむすび屋を訪れたときに通されたのがこの談話室だったのは、チャチャが一緒だったからなのだそうだ。


 お茶を出そうと食堂の厨房に入ると、料理を運んだりお酒のおかわりのオーダーを持っていったりとせわしなく動き回っていた晃さんがちょうど厨房に戻ってきたところだった。
 
 少し手が空いたのか、晃さんは私に気づくなり厨房の奥へと手招きする。

 清美さんを招き入れた直後に団体客が戻って来られたために、晃さんにはまだ詳しく説明できていなかった。

 きっと清美さんのことで何かを言われるのだろうと覚悟して向かうけれど、厨房の奥に着くなりジロリと刺すような視線を向けられて、背筋にいやな汗が出る。


「今日は満室で、稀に見る大人数の客がいて、今夜は全員が忙しいことはケイもわかってたはずだろ。彼女、どうするんだよ」

「……すみません、どうしても見捨てることができなくて……」


 私の言い分に、晃さんははぁと肩を落とす。


「飛び入りの幽霊の客なんだから、事情を話して後日出直してもらうこともできたんじゃないか?」

「それはそうなんですけど……」


 うう……確かにその通りだ。

 幽霊は人間と違って、宿に泊まることが必須ではないと聞いている。だから、本当ならまた改めてお客様として迎えるべきだったと思う。

 晃さんの言い分は正しいから、何も言い返すことができない。


「どしたん? 二人して。ケンカは暇なときにしてほしいんやけど」

 さっきまで厨房で黙々と盛り付けをしていた拓也さんが、いつの間にか私たちのそばに歩いてきていた。


「何を揉めとったんか当ててやるわ。さっきケイちゃんが連れてきた霊のことやろ」

 私と晃さんの表情を見て、「やっぱりな」と拓也さんはうなずく。


「今更追い返せる訳でもないけん仕方ないやろ。来る者拒まず去る者追わず。来る人に最大級の癒しを提供し、迷える者には手助けを。それが、むすび屋のコンセプトやろ?」

「だが……」

「優しいケイちゃんのことやけん、きっと放っとけんかったとかそんなところやろ。これも勉強のひとつとして、談話室で待ってもらっとる霊のことは、ケイちゃんに責任をもって対応してもらえば万事解決やん」

 な、ケイちゃん。と、拓也さんは私の立っていたすぐそばの冷蔵庫からメロンを取り出す。

 決して責め立てる風ではなく、むしろ私を庇ってくれていることはその口調から伝わってきたものの、それはそれで荷が重い。
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