伊予むすび屋の思い出ごはん

美和優希

文字の大きさ
上 下
29 / 69
2.仲直りの醤油めし

2ー17

しおりを挟む
「まだ和樹のことで全く自分を責めんなったわけじゃないけど、和樹の分もちゃんと頑張るから」

「兄ちゃん……」

「ほら、仲直り、な?」


 いつも兄弟でそうやって仲直りしていたのだろう。


 弘樹さんが和樹くんのいる方へ右手をグーにして突き出す。

 和樹くんもそこに向かって右手でグーを作り、弘樹さんのそれとくっつけた。


「ありがとう……」


 お礼を言った和樹くんの頬を伝った涙が一筋、真夏の太陽の光を反射して煌めいた。

 姿が見えていない弘樹さんは一通り言いたいことを言い終えたようで、手に持っていたお弁当を再びカバンに戻すと私の方へ向き直った。


「って、俺の自己満足なんやけどな」

 本当は和樹くんが見えているんじゃないかと何度も疑ったけれど、やっぱり違ったらしい。

 照れ隠しのようにおどけてそんな風に言ってくる姿を見て、私は首を横にふった。


「そんなことないです。和樹くんにちゃんと聞こえてますよ。和樹くんもそこで、弘樹さんに向けてグーのポーズ、してます」

「……やといいけど」


 弘樹さんは少し驚いたように目を瞬いたあと、はにかむように笑った。

 見えてなくても、声が聞こえていなくても、二人の間にできていたわだかまりはもう感じられなかった。


 別れを告げて自転車で走り去っていく弘樹さんの後ろ姿を、和樹くんと見送る。


「……最後に兄ちゃんに会えて良かった」


 そう言った和樹くんの身体はうっすらと光に包まれて、向こう側の風景も綺麗に透けて見えている。

 霊の身体が持つ独特の透け感ではない。

 この光は前にも見たことがある。



「何かもう、兄ちゃんの気持ちがすごく伝わってきて、今ので充分やわ」


 ──成仏するんだ、和樹くんは。


「これも全部、ケイちゃんのおかげやで」


 ありがとう。ニッと和樹くんらしい笑みを浮かべて、和樹くんはスーっと夏の空に溶けて消えていった。


「……私のおかげだなんて、買い被りすぎだよ」


 返した声はもう、和樹くんには届かない。

 だけどそれでいい。

 和樹くんの“想い”が、納得のいく形でむすびついたのだから。

 私は晴天の空を見上げて微笑んだ。


 *


「そうかそうか。良かったやん、何か安心した」


 むすび屋に戻って、和樹くんのことを伝えると、皆ホッとしたような表情になった。


「はい。でも、本当に偶然弘樹さんに会えただけで、私は何もしてないんですけどね」

「そうとも限らんと思うよ。ケイちゃんと出会って今日までのことがあったけん、和樹くんは兄ちゃんの気持ちを最後に聞くことができたんやし。和樹くんの兄ちゃんだって同じやよ。晃もそう思わん?」


 朝のまかないの醤油めしのおにぎりを食べながら、拓也さんは晃さんにたずねる。


「そうだな。ケイは無駄に話しやすいというか、人に警戒心を抱かせないところがあるから、それが上手く実を結んだな」


 晃さんは箸を下ろした腕を組みながら、拓也さんに同意する。


「無駄にって、何か言い方酷くないですか!? 拓也さんも笑わないでください!」

「ごめんごめん」


「そう怒るな。おまえのおかげで、和樹と和樹兄との想いをむすぶ・・・ことができたんだから」

 さっきの意地悪な声とはうってかわって優しい声。

 晃さんは、優しい笑みを浮かべていた。


 “民宿むすび屋”

 この名称は、先代のオーナーである晃さんたちのおじいさんが命名したそうだ。人と人との結びつきを大切にしたいという思いからつけられたのだと、ここで働き始めたときに聞いた。

 一般のお客様だけじゃなく、民宿の特性から、生きている人間の想いとこの世をさまよう霊の想いをむすぶ架け橋となればという願いも込められているらしい。


 私は、少しでもその役割を果たせたのだろうか。


 穏やかに過ぎていく夏の朝。

 雲ひとつない青空から、一段と煌めく陽の光が窓から射し込んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

ラスト・チケット

釜瑪 秋摩
ライト文芸
目が覚めたら真っ白な部屋にいた。 いつの間にか手にしていたチケットで 最後の七日間の旅にでる。 オムニバス形式で七人が送る七日間の話――。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...