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2.仲直りの醤油めし
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今年の三月末。お兄さんと言い合いになった末に家を飛び出した和樹くんは、自転車で友達の家に向かうところで飲酒運転により操作を誤った車にはねられて亡くなった。
思えばちょうどその頃、そういった悲惨な事故についてのニュースがいくつもテレビでやっていたように思う。
陽気な笑顔の下に、やはり和樹くんはつらい気持ちを抱えていた。まさか自分から打ち明けてくれると思わなかった。
大好きで尊敬していたお兄さんがきっかけでバスケを始めた和樹くんにとって、お兄さんのバスケをして輝いている姿が憧れだった。
それなのに自分のせいでお兄さんがバスケを辞めてしまった。そして和樹くんはお兄さんと仲違いしたまま亡くなってしまったのだ。
間違いなく、和樹くんをこの世に縛りつける未練はお兄さんのことなのだろう。
苦しくて、つらくて、もうどうにもできないことだとわかっていても、あきらめきれなくて、和樹くんの気持ちを思えば、私まで胸が苦しくなった。
前回のおばあさんのときは、奇跡的にチャチャと会うことができて、チャチャにもおばあさんが見えていたから良かった。
あとから晃さんから聞いた話では、動物は第六感に優れているため、幽霊が見えることが多いらしい。
だけど、人間はそういうわけにはいかない。
和樹くんをお兄さんと会わせたところで、お兄さんが元々幽霊が見える体質でなければ、どうすることもできない。
和樹くんの未練を解消させたいけれど、すでに亡くなってしまった和樹くんをお兄さんと仲直りさせて、さらにはお兄さんにバスケを続けるように説得することなんて、できるのだろうか。
「うーん……」
夜市から帰った深夜。私は一人、むすび屋の食堂で頭を悩ませていた。
初めてむすび屋に来た日に通してもらった談話室と受付カウンターを挟んで反対側に位置する食堂は、それほど大きい部屋ではない。白いテーブルが四つと、それぞれのテーブルに対して四つずつ椅子が置かれている。
私は一番奥のテーブルに備え付けられた椅子に座って、今日の出来事を振り返っては小さくうなり声を発した。
和樹くんの話を頭の中で整理しようと考えたけれど、良い案が浮かばないまま時間だけか刻々と過ぎていくことに焦りを覚える。
しかし、今回ばかりはどうして良いのか本当にわからなかった。
「ケイちゃん、どしたん? 考え事?」
頭を抱えて考え込む私の頭上から、少し心配そうな声が降ってくる。
顔を上げると、拓也さんがそばに立っていた。
食べ物を持ってきてくれたみたいで、拓也さんの持つお盆の上には何やら定食のような品揃えが並んでいる。
さっきから感じていた食欲をそそる匂いは、この匂いだったのかな。
考えることを中断して、思わず料理に視線を移す。
「今夜のまかないは豪華なんですね」
「真剣に悩みよるように見えたけど、やっぱり食欲には勝てんのんやな」
からかい混じりに笑う拓也さんに少しムッとするものの、目の前に置かれた定食によってそれは一瞬にして吹き飛んだ。
お盆の中央には若鶏の唐揚げ、そしてそれを囲うように茄子の漬け物、味噌汁、炊き込みご飯が置かれている。
「良いじゃないですか、それだけ食事が楽しみってことなんですから。唐揚げ定食、美味しそうですね。嬉しいです」
夜市では和樹くんに遠慮して、結局何も食べずに帰ってきたからお腹はペコペコだった。
「違うって。それのメイン、唐揚げじゃなくて、醤油めしやって」
「醤油めし? この炊き込みご飯のことですか?」
言われて見れば、普通の唐揚げ定食に比べてご飯のボリュームがあるような気がする。
「まぁ、炊き込みご飯でも間違いないな。醤油めしは、濃口醤油でご飯を炊き込んだものだし」
「あ、晃さん……!」
いつの間に近くに来ていたのか、晃さんは淡々と醤油めしについて説明しながら私の向かい側の椅子に腰かける。
晃さんの前にも私の目の前に置かれたものと全く同じ醤油めし定食が並んでいた。
「松山の位置する愛媛県中予地方では、昔から祭りや祝いごとで、食べられていたらしいぞ。俺らのじいさんも大好物だった」
「へぇ、そうなんですか」
醤油色のご飯の上には、鶏肉や油揚げ、人参、コンニャク、タケノコ、山菜などの具材が盛りだくさんに乗せられている。
「まぁまぁ、そんなににらめっこせんと食べてみ?」
まじまじと醤油めしを眺めていた私に、クックッと喉を鳴らして拓也さんが笑う。
「……いただきます」
恥ずかしい気持ちになりながら一口、口に含むと、醤油の芳ばしい香りとご飯の熱が口の中に広がる。
今年の三月末。お兄さんと言い合いになった末に家を飛び出した和樹くんは、自転車で友達の家に向かうところで飲酒運転により操作を誤った車にはねられて亡くなった。
思えばちょうどその頃、そういった悲惨な事故についてのニュースがいくつもテレビでやっていたように思う。
陽気な笑顔の下に、やはり和樹くんはつらい気持ちを抱えていた。まさか自分から打ち明けてくれると思わなかった。
大好きで尊敬していたお兄さんがきっかけでバスケを始めた和樹くんにとって、お兄さんのバスケをして輝いている姿が憧れだった。
それなのに自分のせいでお兄さんがバスケを辞めてしまった。そして和樹くんはお兄さんと仲違いしたまま亡くなってしまったのだ。
間違いなく、和樹くんをこの世に縛りつける未練はお兄さんのことなのだろう。
苦しくて、つらくて、もうどうにもできないことだとわかっていても、あきらめきれなくて、和樹くんの気持ちを思えば、私まで胸が苦しくなった。
前回のおばあさんのときは、奇跡的にチャチャと会うことができて、チャチャにもおばあさんが見えていたから良かった。
あとから晃さんから聞いた話では、動物は第六感に優れているため、幽霊が見えることが多いらしい。
だけど、人間はそういうわけにはいかない。
和樹くんをお兄さんと会わせたところで、お兄さんが元々幽霊が見える体質でなければ、どうすることもできない。
和樹くんの未練を解消させたいけれど、すでに亡くなってしまった和樹くんをお兄さんと仲直りさせて、さらにはお兄さんにバスケを続けるように説得することなんて、できるのだろうか。
「うーん……」
夜市から帰った深夜。私は一人、むすび屋の食堂で頭を悩ませていた。
初めてむすび屋に来た日に通してもらった談話室と受付カウンターを挟んで反対側に位置する食堂は、それほど大きい部屋ではない。白いテーブルが四つと、それぞれのテーブルに対して四つずつ椅子が置かれている。
私は一番奥のテーブルに備え付けられた椅子に座って、今日の出来事を振り返っては小さくうなり声を発した。
和樹くんの話を頭の中で整理しようと考えたけれど、良い案が浮かばないまま時間だけか刻々と過ぎていくことに焦りを覚える。
しかし、今回ばかりはどうして良いのか本当にわからなかった。
「ケイちゃん、どしたん? 考え事?」
頭を抱えて考え込む私の頭上から、少し心配そうな声が降ってくる。
顔を上げると、拓也さんがそばに立っていた。
食べ物を持ってきてくれたみたいで、拓也さんの持つお盆の上には何やら定食のような品揃えが並んでいる。
さっきから感じていた食欲をそそる匂いは、この匂いだったのかな。
考えることを中断して、思わず料理に視線を移す。
「今夜のまかないは豪華なんですね」
「真剣に悩みよるように見えたけど、やっぱり食欲には勝てんのんやな」
からかい混じりに笑う拓也さんに少しムッとするものの、目の前に置かれた定食によってそれは一瞬にして吹き飛んだ。
お盆の中央には若鶏の唐揚げ、そしてそれを囲うように茄子の漬け物、味噌汁、炊き込みご飯が置かれている。
「良いじゃないですか、それだけ食事が楽しみってことなんですから。唐揚げ定食、美味しそうですね。嬉しいです」
夜市では和樹くんに遠慮して、結局何も食べずに帰ってきたからお腹はペコペコだった。
「違うって。それのメイン、唐揚げじゃなくて、醤油めしやって」
「醤油めし? この炊き込みご飯のことですか?」
言われて見れば、普通の唐揚げ定食に比べてご飯のボリュームがあるような気がする。
「まぁ、炊き込みご飯でも間違いないな。醤油めしは、濃口醤油でご飯を炊き込んだものだし」
「あ、晃さん……!」
いつの間に近くに来ていたのか、晃さんは淡々と醤油めしについて説明しながら私の向かい側の椅子に腰かける。
晃さんの前にも私の目の前に置かれたものと全く同じ醤油めし定食が並んでいた。
「松山の位置する愛媛県中予地方では、昔から祭りや祝いごとで、食べられていたらしいぞ。俺らのじいさんも大好物だった」
「へぇ、そうなんですか」
醤油色のご飯の上には、鶏肉や油揚げ、人参、コンニャク、タケノコ、山菜などの具材が盛りだくさんに乗せられている。
「まぁまぁ、そんなににらめっこせんと食べてみ?」
まじまじと醤油めしを眺めていた私に、クックッと喉を鳴らして拓也さんが笑う。
「……いただきます」
恥ずかしい気持ちになりながら一口、口に含むと、醤油の芳ばしい香りとご飯の熱が口の中に広がる。
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