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2.仲直りの醤油めし
2ー8
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「さっき……」
どこまで踏み込んで良いものかと思いながら、先ほどのことをたずねようと口を開く。
すると、それに被さるように同時に和樹くんが言った。
「今日はごめんな。ケイちゃんを振り回した感じになって」
「そんなことないよ。私は和樹くんと一緒に夜市に来られて良かったよ」
また自分を責めてほしくなくて、私は誤解されないように言葉を選んだけれど、嘘は言っていない。
確かに突然夜市に行くことになったときは戸惑った。
けれど、あんなに人でにぎわう松山の街は新鮮だったし、夜市を見て回る和樹くんはとても楽しそうだったから、私は連れてきてもらえて良かったと思っているし、決して振り回されたとは思っていない。
「うん、ありがと。でも人混みがすごくて疲れたやろ。本当は手を繋いであげられたら良かったんやけど……」
和樹くんは冗談混じりに笑う。
私はむすび屋の外では幽霊の和樹くんには触れることができない。ただ見えて声が聞こえているだけだ。手を繋ごうとしてもきっとすり抜けてしまう。
その現実こそが、今目の前で強がって笑っている中学生の和樹くんがもう亡くなっているということを知らしめてきて、胸が痛い。
“兄ちゃん……!”
彼の感情が露になった、今にも張り裂けそうな切ない叫びを聞いてしまったから余計に。
もしかしたら、和樹くんの隠したいのだろう“苦しんでいる原因”を見てみぬフリをするべきなのかもしれない。
気づかないフリをして、私も和樹くんと同じノリで笑って返せば良かったのかもしれない。
だけど、どうやら私はそんな真似ができるほど器用ではないらしい。
出来損ないの笑顔を張り付けることもできずに「そうだね」と返した声は、和樹くんにはどんな風に聞こえただろうか。
和樹くんはそんな私を見て、どこか諦めたようにため息を吐き出した。
「……ケイちゃんも何か言いかけてたよね」
「それは……っ!」
「いいよ、思わず“兄ちゃん”って呼んだのも聞かれとったやろうし」
まさかこのタイミングで、今一番気になっていることを切り出してくるとは思わなかった。
「……兄ちゃん、俺のせいでバスケ辞めちゃったんよ」
何と言っていいかわからずに黙る私に、和樹くんはヘラりと困ったように笑って明るい口調で言った。
「俺もな、小学校の高学年の頃から、バスケやっとったんよ」
さっきまでの空気を全く感じさせない話しぶりに、少しホッとする。
「俺、結構上手かったんやで? 先輩たち差し置いて試合のレギュラーやったし」
「そうなんだ」
和樹くんは活発な男の子という雰囲気で、スポーツをしていたと聞いて納得する。彼がバスケットボールをドリブルして走る姿が思い浮かぶ。
「けどな、死ぬちょっと前にケガしてしまったんよ」
「……え?」
ここ、と和樹くんが私に見せてくるのは、彼の左足だった。
「幽霊になったからか、今は何ともなくなっとるんやけど、全治二ヶ月やって言われとった」
私が何かを言う前に私の顔を見て、「同情なんていらんよ」と和樹くんは苦笑いを浮かべる。
「でも、俺がこんなんやけん、兄ちゃんのことも傷つけてしまったんやろうな」
「和樹くん……」
思わず名前を呼んでしまったのは、和樹くんが泣いていたからだ。
幽霊になっても、生前のことを後悔しているんだと聞かなくてもわかった。
「バスケのレギュラー外されて落ちこんどった俺を、兄ちゃんは慰めてくれとったんよ。慰めてくれとるんやって、わかっとったんよ。でも……」
徐々に大きくなる声の震え。唇を噛みしめ、頭を抱えてその場に崩れ落ちるように座り込む和樹くんの背中を擦ろうとしたけれど、私の手はもどかしくも宙を切るだけだった。
もっとも同情なんていらないと前置きしていた和樹くんにとっては、迷惑なだけかもしれないけれど。
「俺自身、気持ちが上手く整理できなくて、自分のことしか見えとらんかったんよ」
和樹くんは懺悔するように、肩を震わせながら続きを口にした。
「それで勢いのままに……兄ちゃんに大っ嫌いって。心にもないことを言って家を飛び出して、謝れないまま俺は……」
観覧車が空高く上がる。
目の前には松山の温かい夜景が広がり、それを暗い空から星たちが見下ろしているようだった。
「兄ちゃんは、俺が死んだのは自分のせいだと責めて、まるで責任を取るとでもいうようにバスケを辞めちゃったんだ」
滲んで見えるその風景が、やけに胸に染みた。
どこまで踏み込んで良いものかと思いながら、先ほどのことをたずねようと口を開く。
すると、それに被さるように同時に和樹くんが言った。
「今日はごめんな。ケイちゃんを振り回した感じになって」
「そんなことないよ。私は和樹くんと一緒に夜市に来られて良かったよ」
また自分を責めてほしくなくて、私は誤解されないように言葉を選んだけれど、嘘は言っていない。
確かに突然夜市に行くことになったときは戸惑った。
けれど、あんなに人でにぎわう松山の街は新鮮だったし、夜市を見て回る和樹くんはとても楽しそうだったから、私は連れてきてもらえて良かったと思っているし、決して振り回されたとは思っていない。
「うん、ありがと。でも人混みがすごくて疲れたやろ。本当は手を繋いであげられたら良かったんやけど……」
和樹くんは冗談混じりに笑う。
私はむすび屋の外では幽霊の和樹くんには触れることができない。ただ見えて声が聞こえているだけだ。手を繋ごうとしてもきっとすり抜けてしまう。
その現実こそが、今目の前で強がって笑っている中学生の和樹くんがもう亡くなっているということを知らしめてきて、胸が痛い。
“兄ちゃん……!”
彼の感情が露になった、今にも張り裂けそうな切ない叫びを聞いてしまったから余計に。
もしかしたら、和樹くんの隠したいのだろう“苦しんでいる原因”を見てみぬフリをするべきなのかもしれない。
気づかないフリをして、私も和樹くんと同じノリで笑って返せば良かったのかもしれない。
だけど、どうやら私はそんな真似ができるほど器用ではないらしい。
出来損ないの笑顔を張り付けることもできずに「そうだね」と返した声は、和樹くんにはどんな風に聞こえただろうか。
和樹くんはそんな私を見て、どこか諦めたようにため息を吐き出した。
「……ケイちゃんも何か言いかけてたよね」
「それは……っ!」
「いいよ、思わず“兄ちゃん”って呼んだのも聞かれとったやろうし」
まさかこのタイミングで、今一番気になっていることを切り出してくるとは思わなかった。
「……兄ちゃん、俺のせいでバスケ辞めちゃったんよ」
何と言っていいかわからずに黙る私に、和樹くんはヘラりと困ったように笑って明るい口調で言った。
「俺もな、小学校の高学年の頃から、バスケやっとったんよ」
さっきまでの空気を全く感じさせない話しぶりに、少しホッとする。
「俺、結構上手かったんやで? 先輩たち差し置いて試合のレギュラーやったし」
「そうなんだ」
和樹くんは活発な男の子という雰囲気で、スポーツをしていたと聞いて納得する。彼がバスケットボールをドリブルして走る姿が思い浮かぶ。
「けどな、死ぬちょっと前にケガしてしまったんよ」
「……え?」
ここ、と和樹くんが私に見せてくるのは、彼の左足だった。
「幽霊になったからか、今は何ともなくなっとるんやけど、全治二ヶ月やって言われとった」
私が何かを言う前に私の顔を見て、「同情なんていらんよ」と和樹くんは苦笑いを浮かべる。
「でも、俺がこんなんやけん、兄ちゃんのことも傷つけてしまったんやろうな」
「和樹くん……」
思わず名前を呼んでしまったのは、和樹くんが泣いていたからだ。
幽霊になっても、生前のことを後悔しているんだと聞かなくてもわかった。
「バスケのレギュラー外されて落ちこんどった俺を、兄ちゃんは慰めてくれとったんよ。慰めてくれとるんやって、わかっとったんよ。でも……」
徐々に大きくなる声の震え。唇を噛みしめ、頭を抱えてその場に崩れ落ちるように座り込む和樹くんの背中を擦ろうとしたけれど、私の手はもどかしくも宙を切るだけだった。
もっとも同情なんていらないと前置きしていた和樹くんにとっては、迷惑なだけかもしれないけれど。
「俺自身、気持ちが上手く整理できなくて、自分のことしか見えとらんかったんよ」
和樹くんは懺悔するように、肩を震わせながら続きを口にした。
「それで勢いのままに……兄ちゃんに大っ嫌いって。心にもないことを言って家を飛び出して、謝れないまま俺は……」
観覧車が空高く上がる。
目の前には松山の温かい夜景が広がり、それを暗い空から星たちが見下ろしているようだった。
「兄ちゃんは、俺が死んだのは自分のせいだと責めて、まるで責任を取るとでもいうようにバスケを辞めちゃったんだ」
滲んで見えるその風景が、やけに胸に染みた。
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